第18話 旅の日々と珈琲牛乳。
晴れ渡る秋晴れの中、ルカと私は狼に似た魔物の群れに囲まれていた。三十匹は軽くいる。
「あー、誰だよ、五匹くらいーとか抜かしてた奴は!」
「あれよ、絶対依頼料をケチったのよ!」
ルカと依頼者に対して文句を言いながら、魔物を斬っていく。
「くっそー! 追加料金請求してやるからなー!」
「もちよ、もち! ついでにお酒をおごらせるわ!」
「馬鹿! お前、この前も記憶なくしてるだろうが!」
「大丈夫! 今度は加減するわよ!」
この異世界のお酒は本当に美味しい。ついつい飲み過ぎて、記憶が曖昧になる。隣にルカがいてくれるという安心感があるから飲めるのだけれど。
魔物三十六匹は、比較的短時間で片が付いた。
「二匹は持って帰って肉にするか」
ルカは魔物の肉のパイが好物になってしまったらしい。肉を食べなくてもよくなったのに、時々肉を持って帰る。干し肉でも生の肉でも、両方味が違って美味しいらしい。
魔物の肉を聖別できる程、強い神力を持つ神官がいる神殿は王都にしかない。聖別された魔物の肉は高額でやり取りされるけれど、ルカは王都には絶対に近づかないから食べる分だけを持ち帰る。
「あの村、乾燥トマトあるかしら? 今切らしてるのよね」
「何っ? マジか!」
大袈裟に叫ぶルカが可愛くて笑ってしまう。
「あ。魔物の皮が欲しいって言ってる魔術師いたな」
ルカが魔物の耳を切り、皮を剥ぐ横で、私は牙と爪を抜き取る。血塗れの魔物の死体も、もう慣れたもの。
ルカと背中合わせに戦うことを楽しいと思うと同時に、嬉しいと思う。ルカとの旅も楽しい。いつも男のような扱いだけれど、私の体調が少しでも変わると、狩りを中止して宿屋でのんびり過ごす。
ルカは特に何も言葉にしない。わかりにくい優しさに、私は護られている。その優しさに応える為に、私は食事を作る。ルカの優しさと同量にはならないだろうけど、少しでもルカに何かを返せることが嬉しい。
■
その日、私たちはアヴルの隣町にいた。人が少ないアヴルと違って、割と人が多い。白い漆喰壁と赤い屋根の建物で統一された綺麗な街並み。落ち着いた内装の、それなりに高級な茶店で赤色のハーブティを飲みながら、私はルカを待っていた。
「こんにちは。お嬢さん」
白金髪で緑の瞳の男が声を掛けてきた。上品で綺麗な顔立ち。どこかで見たような気もするけど思い出せない。
私は無言で無視することに決めたのに、男はいろいろと話し掛けてくる。
「……連れを待っていますので、話し掛けないで下さい」
嫌な態度だけれど、この茶店から出ることはできない私は、冷たくあしらうしかない。ルカとはぐれたら、私には連絡方法がない。
「お連れは本当に帰ってくるのですか?」
男の言葉が私の不安と神経を逆なでした。
「ルカは帰ってくるわ。今までもそうだったもの」
ルカは時々、一人で別行動をするけれど、必ず帰ってきた。心細いと思うことはあっても何か理由があるのだろうと思う。どこに行って何をするのか詳細を聞いたことはない。
「ルカ? ……今はそう名乗られていらっしゃるのですね」
「ルカを知っているの?」
男の言葉に反応してしまった。今は、ということは昔の名前は違っているのだろうか。ルカはルカだと思いつつも、知りたいという気持ちもある。
「はい、よく存じ上げておりますよ」
改めて男を見るとシンプルだけれど上質な服を着ている。きっちりとアイロンでプレスされ、一般国民の服とは違うことがよくわかる。貴族なのかもしれない。それなら、貴族の頃のルカを知っているということか。
「ルカ様がお戻りになるまで、ご一緒しても?」
男が優雅に微笑む。
「どうぞお好きに」
ルカのことを聞きたいという誘惑に負けた。男の話を聞いて、ここを動かなければルカが帰ってくるだろう。ベルの父親の配下なのかもしれないけれど、男は完全に一人だ。
同じテーブルに座った男が注文したのは珈琲だった。この店は注文と同時にお金を払うシステムで、普通のお茶の五倍近い金額を支払っている。
「最近、外国から輸入されるようになって流行り始めた珈琲というものです。思考が明瞭になるという話があります」
男は、そう言って出てきた珈琲を砂糖なしで飲み始めて、苦いですねと笑う。今まで、この世界では紅茶も珈琲も見たことがなかった。珈琲の香りが懐かしくなった私も、珈琲とミルクを頼んだ。
少し大きめの器に入れてもらった珈琲に、砂糖とミルクを入れる。いわゆる珈琲牛乳状態。カフェオレだとか、そんなお洒落な名前は似合わない。
「懐かしー」
砂糖をたっぷり入れたから甘い。頭が痛くなりそうな程の甘さに頬が緩む。一気に飲み干すと、男が笑顔で見ていたことに気が付いた。ちょっと恥ずかしい。
「もう一杯いかがです? ご馳走しますよ」
笑顔のままの男が言った。
「いえ、自分で払います」
ルカの知り合いかもしれなくても、見ず知らずの男におごってもらう理由がない。私が断ったにも関わらず、男は二人分の珈琲とミルクを注文してしまった。
男は綺麗な顔に似合わず不器用で、砂糖を入れようとして砂糖壺を倒し、ミルクの入った瓶をテーブルから落としかけて、私がぎりぎり受け止めた。
「貴女と同じ物を飲んでみたいのですが、どうしたらいいのですか?」
眉を下げた困り顔で聞かれれば、放っておくわけにはいかなかった。珈琲に控えめに砂糖を入れ、たっぷりのミルクを入れて渡す。
「我々は、砂糖というものを使うことがないのです」
男は苦笑しながら、ガラスの棒で珈琲を混ぜる。
「何故ですか?」
「砂糖を取るのは、私の階級では忌避される行為なのです」
貴族は砂糖を取らないのか。一般国民は普通にというより、砂糖を過剰に使っている。隣の席に座る女性たちも、絶対に溶けないだろうという量をお茶に入れて飲んでいる。
何気なく自分の珈琲を飲むと、少し苦い。ぴりりと舌が痺れる苦さは、珈琲の苦さとは違う気がする。
「あれ?」
「大丈夫ですか?」
心配気な表情の男の姿がぶれて見える。視界がおかしくなって、頭が割れそうな程の頭痛が始まった。指先が震える。
男は珈琲を混ぜるだけで一口も飲んでいない。何故?
体に力が入らない。椅子から落ちそうになった所を男の腕で支えられた。
「離して」
ルカの腕ではないことが、これほどまでに不快なものだとは思わなかった。
「顔色が悪いですから医術師にみてもらいましょう。ルカ様には連絡を入れますから安心してください」
男がざわつく周囲に聞こえるような声で言った。
「……今回はカードゲームに参加させませんよ」
男の優しい囁きで、酒場で会ったことを思い出した。あの時も不快で、逃げる為に賭けのテーブルに座った。
体に力が入らない。嫌な汗が額ににじむ。
私は男に抱えられるようにして、茶店から連れ出された。
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