第14話 情報屋の依頼と魔物退治と。

「ふつーの酒場じゃない」

 ルカに連れてこられたのは、酒場だった。お昼を随分過ぎた時間なのに人が大勢食事をしていて、食堂とは違う独特の雰囲気が漂っている。


「ま、そうなんだがな」

 ルカが私の手を引いて店に入ると「ルカだ」という声があちこちで囁かれる。悪い意味での囁きというより、どこか憧れや称賛のような声に聞こえる。


「よっ! ルカ。久しぶりだな。いつの間に子供ができたんだ?」

 カウンターで一人食事をしていた眼鏡の中年男性が、ルカに声を掛ける。

「こいつは成人してるぞ。俺の連れだ」

 途端に、賑やかだった酒場が凍り付いたように静まり返った。


「え?」

 私が辺りを見回すと賑やかさが戻ったけれど、ちらちらと私を見る視線を感じる。

「魔物退治の依頼なら五件溜まってる。誰も行く奴がいなくて困ってたんだ」

 眼鏡の男は情報屋だと名乗った。ルカは渡された紙を見て、三件を取り上げた。


「あとの二つは恐らく魔物じゃねーだろ。人が成りすましてるんじゃねーか?」

 ルカはそう言って、目撃場所や時間、習性について指摘した。

「成程。調べてみるか」

 人が魔物に成りすまして、他者が近寄らないようにすることは多々あるらしい。そこが良い猟場であったり、貴重な薬草がある場所、時には盗賊団や犯罪集団の隠れ家の偽装に使われる。


「……甲冑服を着ているのに剣を持ってない。面白いお嬢ちゃんだ」

 情報屋は目を細めて私を見ている。ルカが私の肩を抱きよせた。

「怪我させたくねーだけだよ」

「よっぽど大事なんだな」

 情報屋の言葉に、ルカが言葉に詰まる。そうか。この甲冑服は私が戦う為じゃなくて、怪我をさせない為だったのか。ルカのわかりにくい優しさに、今更気が付いて顔が赤くなる。


「一杯飲んでいくか? おごるぞ」

 笑う情報屋にお礼をいいつつも、ルカは断った。それは正解だと思う。周囲の興味深々な目が、質問責めにしたいと語っている。頬が熱くて恥ずかしい。


「アズサ、一番近いヤツ、片付けに行くぞ」

「そうね。行きましょ、ルカ」

 ルカの言葉からは逃げるぞという意味が感じ取られる。私も同意だ。見知らぬ人々に玩具にされるのはお断りしたい。


 町を歩いていると視線を感じた。何気なく見回すと、二階から見下ろす若い男と目が合った。白金髪に緑の瞳。上品で綺麗な顔。優美なデザインのシャツを着てタイを結んでいる。男が何故か笑顔を見せる。

「アズサ、どうした?」

「何でもない」

 ルカの声で我に返った私は、男から視線を外してルカに笑いかけた。


 第一の目的地は、町から徒歩二十分の森の中。木の間から町の壁もしっかり見える距離。肉屋で買ってきた鹿の巨大なレバーを地面に置いて、剣で斬り裂くと濃厚な血の匂いが漂う。一帯を丸く囲むように護符を木の枝に刺し、近くの茂みに隠れて待機する。


「こんなに街に近いのに魔物が出るのね。誰も退治に出ないの?」

「俺たち結構簡単に狩ってるけどな、普通の人間が魔物を狩ることは難しい」

「何? 普通じゃないっていうの?」

「そりゃそーだろ。普通の奴は空中に刀を出したりしない」

 ルカが苦笑するけど、私だって何が自分に起きてるのかよくわかっていない。ただ、『呼べ』と言われるから、呼んでいるだけなのに。


「……魔物狩りは人死にがでるのが普通だ。だから依頼料も高い」

 料金を聞いてびっくりした。個人で依頼してくる者は貴族や裕福な商人で、あとは村人や町の住人がお金を出し合って依頼するらしい。

「ま、俺は金より食い物が目的だったけどな」

 今までの報酬は、すべて情報屋に預けていて、合計金額は聞いたこともないとルカが笑う。全くもって大雑把。でも、それがルカらしくていい。


「来た」

 ルカの声に口を閉ざすと、狼に似た魔物が姿を見せた。一匹、二匹と増えて八匹になった。

「よし、情報通りだな」

 ルカが護符を発動させた。水色の光の鎖が魔物を取り囲む。最初に気が付いた一匹が逃げようとして、光の鎖に弾き飛ばされる。


「行けるか?」

「もちよ、もち!」

 もちろん、という昔の口癖が飛び出したことが懐かしい。ルカが先に飛び出して、魔物を斬り始める。


 囲い込み猟というものになるのだろうか。狭い範囲で互いの背中を護りながら戦う。最初のモノクロの風景が見えることはなくても、魔物を斬る度に刀の歓喜は強く伝わってくる。


 目に力を込めれば、魔物の動きが遅く感じる。ルカを護って生き残りたいという願いが私の力になる。


 刀は軽く、斬撃は重く。飛び散る血が視界を覆っても、高揚した心が歓喜に震えるのは隠せない。血を見ることが嬉しい訳じゃない。命を賭けた戦いの中、一分一秒でも生き延びることができることが嬉しい。


 視界の端から襲ってきた魔物の爪を咄嗟に腕で受ける。ララ特製の手袋は、鋭い爪にも傷すらつかない。これが魔法効果というものなのだろう。攻撃を受ける瞬間に、手袋が紅く一瞬光る。


 横薙ぎに胴を斬り、別の魔物の首を斬る。首が皮だけで繋がった状態でも魔物はまだ動いていて、刀で胴を貫けば音を立てて倒れた。


 八匹の魔物すべてが片付いた。

「よし。終わりだな」

「倒した証拠ってどうするの?」

「普通は右耳だな」

 ルカが魔物の耳を斬り落とす横で、私は爪と牙を抜く。


「それ、どうするんだ?」

「お金に困ったら売ろうかなって」

 ルカと一緒にいれば困ることはなさそうでも、いざという時の為。欲しい物があれば言えとルカは笑うけれど、これは私の心の保険だと言えば、納得された。


 血塗れのルカに浄化の術を掛けるといえば、少し考えるような表情を見せて、抱き着いてきた。

「え? 何すんの?」

「このまま浄化の術を掛ければ一度で綺麗になるだろ?」

 成程。ルカの力には敵わないとわかっているので、そのまま浄化の術を掛けると二人ともすっきりした。


「無駄に使うなよ。浄化の術は一日一回だ」

「嫌よ」

 反射的に拒否の言葉が口から飛び出てルカが苦笑する。日本に比べると格段に不衛生な世界では、浄化の術をやめることなんてできない。


「じゃあ、あまり使うな。また倒れるぞ」

 不調だったのは生理のせいだと思っていたのに、浄化の術は力を多く使うものなので体に負担が掛かると言われると渋々ながらも納得するしかない。


「この魔物の死体は?」

「放置しておけば消える。その間は、魔物が寄り付かないからいいだろ」

 死体が消えるということに違和感はあっても、この世界ではそういうものだ。ルカは私の手を掴んで、歩き始めた。


 宿屋の隣の食堂に寄って、確保していたカレーライスを食べた。部屋に戻ったのは夜も早い時間で、まだ全然眠くない。

「ね。お酒飲みたいんだけど。飲んだことないのよ」

 私はルカに言ってみた。この世界では水の代わりに弱い発泡酒を飲むけれど、普通のお酒を飲んだことはなかった。


「あー。そうか。一応成人してるもんな」

 この国の成人は十八歳以上だ。他の国では十五歳や二十歳と結構バラバラだと聞いている。


「よし。一緒に飲みに行くか!」

 ルカが笑って、私の手を掴んだ。

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