第13話 カレーライスと惚れ薬。

 昼の忙しい時間を迎えた食堂の隅で邪魔にならないようにしながら、カレーのレシピを修正して大鍋いっぱいに作ると料理人たちに感謝されてしまった。レシピに書かれた材料の量がしっかりと確定したことで、誰が作っても同じ味に出来るようになった。ここから個性が出てくるのは、もっと先の話だろう。


 ルカはカレーライスを二皿食べきった。美味いと感謝されるのは、気分が上がる。料理の腕にさっぱり自信がない私にとって、本当に魔女のレシピ様様だ。ヴァランデールの〝救世の魔女〟は四年前にこの世界に召喚された異世界人で、あちこちに出没して料理を作っていると噂になっている。この町にも来てほしいと料理人たちは思っているらしい。


「それにしても、この世界の人って、気軽に異世界人召喚し過ぎじゃない? 異世界人だって、人生あるのよ?」

 ルカに文句を言うと苦笑される。

「四年前、世界が滅びそうだったんだ。ヴァランデールは仕方なく異世界召喚を行ったと聞いている」

「私は教祖の命令で召喚っていうしょぼい理由だわ。何だか、この差が激しすぎて寂しいわね。私もどうせなら、世界を救いたかったわ」

 口を尖らせるとルカが笑い出す。さっきからルカの笑顔が妙に可愛く見えるのは何故だろう。少し考えながら、私はたっぷりと砂糖を入れたホットミルクを飲む。久しぶりの砂糖の甘さが嬉しい。教団施設では、はちみつだけが使われていた。


「アズサは俺の救世主だろ? 俺は救われたぞ」

 ルカの大きな手が、私の頭を撫でる。何だかもう慣れてしまったので、撫でられるままにしておく。頭の上のゴーグルを避けて撫でて、最後にポニーテールにさらりと触れる。何だか猫にでもなった気分だけど、悪い気はしない。

「そう言われれば、そうね。それで満足するわ」

 レシピを見て料理を作っただけなのに。そうは思いつつも、魔物の肉しか食べられなかったルカが心から喜んでいるのが判るから良かったと思う。ルカの笑顔を見れるのは嬉しい。


 食堂を出て、町へと出ることにした。宿屋に戻るかとルカに聞かれたけれど、体調は良いし、少し気分を変えたかった。

 先日滞在したバルディアと違って、アヴルは落ち着いた雰囲気の石で出来た建物が並んでいる。道は全て石畳、馬車や馬が走る道と歩道がきっちりと分けられているので、避ける必要もない。


 あちこちにある白い大理石で出来た箱のような建物は、女神を祀る神殿。ルカによると、銀神教は新興宗教で、広く一般的に信じられているのは創世の女神らしい。教団施設内では全く聞いたこともなかった。


「私、食堂でバイトでもしようかしら」

「バイトって何だ?」

 片仮名の短縮言葉は自動翻訳しないこともあるらしい。アルバイトと言えば、仕事だと意味が通じた。ルカが欲しい物があるなら遠慮するなと言うけれど、いつもいつもルカの財布からなのは気が引けて仕方ない。どうしても働いて稼ぎたいと言うと、ルカが折れた。

「仕方ないな。稼ぎに行くか」

 ルカの言葉に、私は笑顔で頷いた。


 路地裏の一画に、小さな店がぽつりと建っていた。深緑の三角屋根。周囲と違ってベージュ色のレンガで作られていて、ツタに覆われている。朽ちかけた木の看板。ペンキの剥げた木の扉。いかにもな雰囲気の店構えで笑ってしまう。


「これ、目立ちすぎでしょ」

「やっぱり見えるのか」

 ルカが呟いた。この魔道具屋は強い魔力か神力が無ければ店は見えずに、空き地に見えるらしい。

「そういえば、ルカって魔力があるの?」

 全然聞いたこともなかった。いつも護符を使うだけだ。


「魔力が多少な。水と光の属性だ」

 ルカが何故か溜息を吐く。

「魔法が使えるの?」

「……俺は力の制御が下手だから独りじゃ使えねぇよ。格好悪りぃから言えなかったんだよ」

 ルカが口をへの字にする。少し耳が赤いのは、恥ずかしいからだろうか。ちょっと可愛い。


「魔法を使えなくても、剣を使えるならカッコイイじゃない」

 背中を叩けば、ルカがさらに情けない顔をする。

「それ、慰めると見せかけた、追い打ちってヤツだろ?」

「あ、わかった? やっぱ、魔法の方がカッコイイものねー」

 意地悪くにやりと笑えば、ルカがさらに落ち込む。


「嘘よ。魔法なんてよくわかんないし、どうでもいいわ」

 教祖が見せていた奇跡の力が、実は大規模な手品だったとルカに聞いてから、奇跡にも魔法にも過剰な期待はしていない。私が使う浄化の術程度の、便利な何かなのだろうと思う。

 エーミルが神力を使って奇跡を起こしたのは、私を召喚した時と、私を最後に拘束した時だけだ。


「おや。ルカじゃないですか。ひさしぶりですね」

 店内に入った途端に声を掛けられた。黒いローブを着ているのは魔術師。淡い黄色の長い髪、黄緑色の瞳に銀色の眼鏡を掛けた少し年上の美形。


 ルカが木のカウンターの上に、魔物の爪と牙が入った袋を置く。

「これ、いくらになる?」

「ちょうど、今作っている薬の材料で爪が欲しかった所です。……これは、状態がいいですね」

 魔術師は、袋の中身を出して、私が引っこ抜いた爪と牙を興味深げに確認している。大抵、折れたり切られた状態で持ち込まれることが多いらしい。どちらも普通の倍額で引き取られた。


「ほら。アズサ」

「ありがと。でも、全部は受け取れないわ。元々ルカが獲った物でしょ?」

 金貨も数枚入った革袋を手渡されたけれど、私は爪と牙を抜いただけだ。


「……ルカはうちにも預かり金が沢山ありますよ。きっと他にも預けているでしょう」

 魔術師がくすりと笑う。ルカが苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「お前、それを言うか。守秘義務っつーのはねーのかよ」

「知られてもいい相手なのでしょう?」

 魔術師の言葉に、ルカが言葉に詰まった。


 ルカがお手洗いを借りると言って、店の二階へと上がって行った。魔術師は数枚の護符を引き出しから取り出した。見慣れた模様はいつもルカが使う護符の一種。


「おまけにこれをお付けしましょう。使い方はルカに聞いて下さい」

「ありがとうございます」


 店の中には、何かよくわからない動物の干物や毛皮がぶら下がり、乾燥した植物やカラフルな鉱物がガラスの瓶に入って整然と並んでいる。


「女性に人気の薬はいかがですか?」

 魔術師は人の良い顔で微笑む。何かと聞けば「惚れ薬」と言われて脱力する。

「惚れ薬にも段階があります。確実で即効性があるのは、呪い成分を含んだこの薬。取り扱いを間違うと使った側が死にます。こちらは精霊の祈りを溶かし込んだ薬。あ、これも間違うと死にますね」

 この魔術師がおすすめという薬は、軒並み死に至るらしい。相手ではなく薬を入れた人間が、というのは面白い。


「それくらいの副作用を覚悟しないと、薬で誰かに好きになってもらうなんて、無理ですよ」

 魔法に代償は必要ですと魔術師が笑う。

「使う相手がいないわ」

 本人の意思を曲げてまで好きになってもらいたいは思えないしと苦笑すると、魔術師がそれは良いことですと微笑む。


 ルカが戻って来て、私たちは魔道具屋を出た。

「私も魔物を狩ろうかしら」

「あー。あぶねぇぞ……と言いたい所だが、まぁ、アズサの腕なら大丈夫か」

 ルカは迷うような顔をするけれど、私はどうしてもと食い下がった。


「よし、情報屋の所に行くか」

 ルカは私の手を掴んで、歩き出した。

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