第12話 異世界料理でオムライス。

 目覚めは爽やかだった。

 昨日、医術師のイヴァーノからもらった痛み止めを飲んでから、痛みはない。一緒にルカが眠っているのも慣れた気がする。


 一人用のベッドは、この世界の男性に合わせてあるから大き目でも二人では狭い。密着以上に抱き枕状態。


 ルカを叩き起こそうとして、やめた。ルカの腕に包まれながらエーミルを思い出す。エーミルは私が元の世界を想って泣いていると、そっと寝室に入ってきて、召喚したことを謝罪しながら抱きしめてくれた。キスを期待したこともあったけれど、子供のように抱きしめるだけ。物足りない思いと、元の世界に帰りたい気持ちとが複雑に交ざり合って八つ当たりしたこともあった。


 もう一月以上が経っているのに、独りでいるとエーミルの最期の綺麗な笑顔を鮮明に思い出す。

 一緒に過ごした三年間は温かい思い出ばかりのはずなのに、あの笑顔を思い出すと不安になる。エーミルは神を選んで、私はエーミルを選ばなかった。何度も繰り返し自分に言い聞かせていなければ、おかしくなってしまいそうで怖い。後を追って死ぬなんて怖すぎる。そう思っている筈なのに、死ぬ方法を考えてしまう。


 隣に明るく笑うルカがいると、エーミルを思い出しても死ぬ方法を考えたりはしない。――寂しい時に誰かが隣にいることが、こんなに安心できることだとは思わなかった。


「どうした?」

 ルカの胸に頬を寄せた途端に、優しい声が降ってきた。抱き枕のように抱く腕の力が強くなる。

「別に」

 恥ずかしいと思いながらも、抵抗するのは諦めた。私はエーミルがいなくて寂しくて、ルカはずっと独りで寂しいから私を隣に置いている。ただそれだけで、大した意味は無いのだろう。


「そろそろ起きるわ。昨日はごめんなさい」

 ルカに声を掛けると腕が解かれた。少し名残惜しいと思う。

「すまん。俺が気が……」

「謝るのは私よ。もっと自己管理をするべきだったわ」

 ルカの言葉を遮って、私は謝罪した。ルカは全然悪くない。

「ね。果物もいいけど、お腹すいたわ」

 私は、さらに謝罪の言葉を重ねようとするルカに笑い掛けた。


     ■


 手っ取り早く宿屋の隣にあった食堂に入って、メニューを見た途端に私は声を上げた。

「え? オムライスに炒飯にから揚げ? ドリア? カレー?」

 メニューに書かれているのは、信じられない物ばかり。誤翻訳ではない。間違いなく、この国の言葉で当て字で書かれている。


 注文を聞きに来た店員によると、これは隣国ヴァランデールが異世界から召喚した魔女の料理で、非常に流行っているらしい。


 異世界人をほいほい召喚し過ぎでしょ、と内心突っ込みを入れながらも、日本料理を食べられることに心の底から感謝するしかない。


 朝からオムライスは、お腹に重いかなと思いつつも注文すると、オムライスに酷似した料理が出てきた。見た目はまぁまぁ許容範囲。兄の作るオムライスよりは美味しそうだ。添えられたスプーンとフォークに目を瞠る。


「嘘っ。スプーンにフォーク!?」

 私の叫びにルカが驚き、店員が苦笑する。カトラリーもヴァランデールの魔女が広めているらしい。この世界にはスプーンやフォークというものがなくて、いつも手づかみ。この食堂に来て、初めてカトラリーを目撃した。手で食べなくて済むというだけで、文化的印象がはるかに上がる。


「いっただきまーっす!」

 手を合わせてから、オムライスを一口。……微妙な味に半眼になるのは許して欲しい。兄のオムライスより不思議な味だ。


 中途半端な時間で店内に他のお客がいないのをいいことに、私は厨房へと突撃して味が違うと訴える。レシピ通りだと言うので、出せと要求すると見せてくれた。


「……ん? これ、書き間違いじゃない? 一つかみ? 一つまみの間違いでしょ」

 レシピには、あきらかに書き間違いの部分がある。誰かが隣町の食堂で書き写してきたもので、こういう味なのだと思っていたと料理人が苦笑する。


 絶対に間違っているから見本を作らせてほしいと押し切って、オムライスとから揚げとサラダを作る。調味料の分量が間違っているだけで、材料は揃っていた。


「料理もできるんだな」

 壁際で見ていたルカが感心したような声を上げる。よく考えれば、自分の目玉焼きや焼き物ばかりで、料理らしいものをルカの前で作った覚えがない。


「家庭料理よ。あー、元の世界にいた頃は、味より量だったわー」

 懐かしい。男兄弟五人と父母と祖父母。私を入れて十人分の食事は、当番制で作っていた。味付けなんて適当で、食卓に調味料を置いておいて自分で味付けするのが基本だった。


 レシピを見ながら、間違っていそうな部分をチェックする。

「あ。そうか。大さじとか小さじっていうのがないわけね。だから青ぶどうの粒一つ分とかなのね」

 とはいえスプーンのサイズはバラバラだ。どうするかと考えた時に、自分の荷物の中身を思い出した。三年間使ってなかったのだから、残っている筈だ。


「何だそれ?」

 私が鞄から取り出した小さなプラスチックのパックを見て、ルカが首を傾げる。

「洗口液よ。この液体が十五ミリリットルで大さじ一杯と同じなの」

 ミリリットルと言ってもルカも料理人たちも首を捻るだけだ。この世界の測定単位は統一されていない。それぞれの国ごとに基準が異なっていると聞いている。


 洗口液の消費期限はあと一年あった。アルミの蓋を開いて、中身を慎重にスプーンに入れて、丁度入る何本かを選ぶ。


「このスプーンが大さじね。この三分の一が小さじ」

 これは魔女の料理の味付けを決める物だと説明すれば、料理人たちが喜んで、スプーンを測って印をつけ始める。


 大さじ、小さじ、一カップが決まると調理が迷いなく進めることができる。料理人たちは熱心に素人の私の手際を見ていて恥ずかしいと思いつつも、お腹が空いている私はさっさと調理を終えた。


 一通りの騒動が終わった後、ようやく食事になった。私の前にはオムライスとスパイスたっぷりのから揚げ、温野菜サラダが並んでいる。ルカは魔物の干し肉を食べながらお酒を飲む。


「いっただきまーっす!」

 オムライスを口にした途端に懐かしさで頬が緩む。この世界に来てから三年。異世界でお米が食べられるなんて思わなかった。ちょっと旨味が足りないと思うのは、きっと化学調味料が一切入っていないからかもしれない。でも、美味しい。


「……さっきから思ってたんだが、美味そうな匂いがするな」

 魔物の肉以外で、美味そうな匂いだと思うことはなかったとルカが呟く。


「試しに食べてみる? あーん」

 オムライスをスプーンですくってルカの口元に運ぶ。戸惑いの表情ながらも口に入れたルカが目を瞠る。


「……美味い。味がある……」

「え? 普通でしょ? あ、食べる?」

 ルカのもう一口という視線の要求に、私は皿ごと譲ることにした。食べ掛けのオムライスをルカの前に移動させて勧めると、物凄い勢いで食べ始めた。


「ちょっと……泣く程美味しい?」

 恥ずかしい。大の男が泣きながらオムライスを食べているのはいくら美形でも異様だ。店内には他のお客はいないけれど、店員が目を泳がせて、厨房へと引っ込んだ。


「……この八年、肉以外の物が食えなかったんだ……」

 あっと言う間にオムライスを綺麗に食べつくしたルカがぽつりと呟いた。ハンドタオルをそっと手渡すと、ルカが涙を拭う。そうだった。ルカはずっと魔物の肉ばかりだ。ちょっと可哀想かもしれない。レシピは写したから料理はいつでも作ることができる。そう思った私は、から揚げもサラダも譲り渡す。


 ルカが食べている間、厨房を覗いて許可をもらって二人分の炒飯を作って戻る。ルカは少し多めの炒飯も綺麗に食べきった。


「……十八歳の成人の祝いの日、出された料理に聖別されていない魔物の肉が混ぜられていた。俺と俺の友人たちが知らずに食べた」

 ルカが初めてお酒ではなく、私が淹れたハーブティを飲んでいる。理由はわからないけれど、私が淹れたお茶は味がわかるらしい。


「気が付かなかったの?」

「食べている時は、とびきり美味い肉だと思った。他の料理が砂か石のように感じて、その肉ばかりを食ってた。そのうち、誰かが異常だと言い始めたが、食べるのを止められなかった」

 ルカの言葉で、魔物の肉が美味しそうだと思ったことを思い出す。あの時、ルカが止めていなければ、私も同じようになっていたのだろう。


「祝いの席を用意してくれたのは、一つ下の異母弟だった。髪の色が徐々に赤くなり始めて、混乱した俺たちは、唯一髪の色が変わっていない異母弟に詰め寄ったが、自分は知らないと言い張った。一体誰が仕組んだのか……当時は証拠がなかった」

 聖別されていない魔物の肉を食べると髪が赤くなる。元々赤い髪の人間もいることはいて、この血赤色は独特の色らしい。


「私の元の世界の料理なら食べられるってことかしら」

「そうだな。今までどんな料理を食べても、砂か石のようだった。この料理には味もあるし、美味い」

 魔女のレシピを見て作っただけなのに、美味い美味いと連発されると少し恥ずかしい。機会があればもっと作ってあげたいと、ちらりと思う。


「でも、お茶は? 普通に淹れてるだけよ?」

 試しに店員が淹れたお茶を飲むと、味がしないとルカが言う。


「よくわからんが、アズサの手にかかると何でも美味いってことか」

 ルカの言葉に調子づいた私は、カレーを作るべく、厨房へと再度乗り込んだ。

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