第10話 囚われの後継者
キツキツが突っ込む。
「さっきまで、俺達とサッツ軍は戦っていたんだぞ」
しかし、サッツは余裕の態度を崩さない。クルミも警戒している。キツキツはクルミ以上だ。ヘルのダンスも、サッツには通用しないぞ。しかし、サッツは僕達と戦いに来たのではなく、交渉は来たという感じだ。
サッツはゲラゲラ笑いながら言う。
「金の力は偉大だ。その力でサッツ軍は撤退させた。いいデータがとれたよ。自由というものは人々を縛る。何をしていいか解らないため、目的と法律があった方が現代の人間は生きやすい。それでもミルクは自由を求める。そして俺は、自由を求めるほど心が強くない。強くないヤツらは縛られた方がいいのさ」
キツキツは、その言葉に対して文句をぶつける。
「都合のいいようにしたいだけだろう」
サッツはそれを気にせず言う。
「俺の目的よりもキサマらの現状だろう。売る者は力を使い果たした。後継者候補は誰か解るかな?」
「売る者の後継者だと!」
と、僕達はかなり驚く。サッツは少し呆れて言う。
「今までで何かおかしな事はなかったか?
例えば、身近な人間の様子がおかしいとか。データソードつまりは強化班の機能の低下とか。それらをミルクは見逃さなかった。ミルクは優秀な副官だよ。勇者という自由に挑むが、失敗ばかりの女さ。ああ見えて彼女はストイックだ。妥協を許さない。そこから見たものは、キサマらにも大きく関係する。だから、今我々は協力すべきだろう。ビジネスの今回の目的は、ミルクと合流することさ」
クルミはサッツに探りを入れる。
「お金はどちらが支払うビジネスかしら?」
「ほう、やはりミルクに見た目は似ているな。クルミよ、そうだな、成功すれば、キツキツ町の強化に人材を派遣しよう。もちろん金は取らない。しかし、働き次第だ」
サッツはこう言って、どしりと構える。
キツキツが少しイラついて問う。
「さっさと本題に入ってくれ。やはり売る者の後継者候補の一人は、リサさんだろう?」
僕は、一つ気が付いたことがある。
「リサ姉さんの様子がおかしかったのは、そういうことか。しかし、サッツが姉さんと関わって何の得がある?」
サッツはゆっくりと答える。
「大岩達は今、現実世界とやらに戻るすべがない。もちろん、俺にもない。しかし、ミルクとウシダさんにはあるのさ」
キツキツは今までのいきさつを整理する。
「つまり、サッツは大岩達の世界に用がある。そして俺達は、リサさんの行方を直接追えるということだな?」
「俺の力は頼りにしていい」
と、サッツは答える。
……そして物語の舞台は、売る者とリサの所へしばらく移る。リサは驚く。
「これが『売る者』の正体!」
リサが目にしたのは、一つのカセットテープ、そこから、青年売る者の声が聞こえる。
「私は実体を映すことに、限界を感じ始めている。リサよ、大岩を想うなら、私の後継者に成ってほしい。君は優秀だよ。ただ、私の記憶を受け継ぐだけだ。『リセットボタン』を押せるのは、君だけになるのさ」
リサは言う。
「売る者よ、私はリセットボタンに興味はない。私が『売る者』となって、何の得があるというのだ。私は、人として生きる未来に希望を見た」
売る者はリサを試している。そして、リサこそ売る者にとって最高の人材だった。弟である大岩へのリサの感情により、売る者の計画は大きく狂うことになった。
そしてもう一つ、売る者には試したいことがある。リサなら、リセットボタンを必要としない『売る者の時代』を、築けるかもしれないという微かな期待である。売る者はリサに問う。
「私の記憶が怖いのか? 恐ろしいのか?」
リサは本気で答える。
「当然だ。他人の記憶が流れるなど、どうなるか解りはしないさ。売る者というのも、本名ではないのだろう? 売る者が何を見てきたかは知らないが、リセットボタンの設計図を作ろうなどと考えるほどだ。それほど世界が、そして人が怖いのか?」
カセットテープから、青年の声が再び放たれる。
「この世界にはクズしかいない。物語のようにはいかないのだよ。そして私の記憶を受け継ぎ売る者と化したリサは、この世界の頂点に立つのだ。リサが記憶に打ち勝てば、自由と秩序のどちらでも選べるのだ。私には何の才能もなかった。世界と戦えなかった。気持ちだけだった。それでは人類を覆せない。リセットボタン完成の前に、必要のないものだと思いたいのかも知れないな。私はもう長くない。この星ヘルは、自らが作ったものに絶望を感じつつ、守ろうとしている。後は任せる。私の分身の一人、リサよ」
「売る者よ、言いたいことはそれだけか?
ならば断る。この星で一番の力を手にしても、私は私を取り戻すことは、出来ないだろう 」
リサは、売る者の言葉一つ一つを真剣に考える。リサは、リサという一人の人間として存在したい。受け継いではいけない力、例えどんな苦しみや希望をもたらしたとしても……。そして売る者とは、青年の強い後悔が生んだモンスターだ。ミルクが勇者に成れたなら倒される存在ではないかと、リサの頭には浮かんだ。売る者は、リサに最後の時まで交渉するつもりだ。もちろん、強引に受け継がせることも可能だ。
しかしそれが出来ないのは、売る者も元は人間に過ぎないということだ。
「リサよ、キミはデータソードの強化より、私の記憶を拒むことを選んだ。まだ少しだけ時間が残されている。それまで、リサは囚われの後継者候補だ」
「フン、キサマも所詮人の子だったか」
と、リサは強がっているが、悩んでいる。売る者の力は、それだけ魅力的なのだ。
リサはつぶやく。
「大岩は来てくれないのだろうな。あの世界のゲートは、売る者にしか開けない」
売る者の願いに、リサは屈したくなかった。主人公大岩の選択をただ待つのみである。残酷な時は、少しずつ過ぎていく。データソードの未来を切り開くべく、大岩はサッツと協力する。……そして、舞台は再び大岩のところへと戻っていく。
そして僕はサッツを信じ、売る者のところへと辿り着いて見せるさ。リサ姉さんは、やっぱり僕の姉さんだよ。売る者なんて、この世界に必要ないんだ、クルミは僕に問う。
「大岩は、売る者の戦闘班と戦うのよ。元の仲間と戦う覚悟はあるの?」
「当然だ!」
と、僕は勢いで言う。キツキツも辛そうだ。姉さんとキツキツは、この時、かなり打ち解けているように見えた。
ところが、サッツはとんでもないことを言い出す。
「はっきり言って、俺はお前ら三人を戦力とは見ていない。俺一人で十分だよ。何故協力したかというと、ミルクを利用するためだったのさ」
「すごい自信だな」
と、キツキツはその言葉を適当に受け流す。僕達はただ進むだけだ。敵はいない。サッツの影響力はここまで大きいのかよ。
しばらく進むと、ミルクがくつろいでいた。ミカンはついでに、ミルクからゲーム機を取り上げているようだったな。ミルクがこちらに気付いて、軽く挨拶をしてくれる。
「よう、社長ともこれでお別れか。私は大岩と共に、リサのところへと急ぐ。社長には、戦闘班とやらを潰して貰えれば用はない。社長の目的は、売る者の遺した技術だったな」
「ああ、契約金も払うさ」
と、サッツは答える。
ミカンが寂しそうにミルクに向かう。
「これでミルク様とはお別れ……」
ミルクがニコリとして、それに答える。
「また会うことはあると思うがな。とにかくこの関係とはさよならだ。じい様の魔法がそろそろ始まるぞ」
サッツはユメをみる。
「俺の弱き心に祝福を!」
サッツの行動を読んでいた売る者戦闘班が、遂に動き出す。サッツのパワーは予想を大きく上回っていた。僕がサッツでも、戦闘班には相当手こずると思っていたんだが、サッツは、被弾しつつも突き進む。これがデータに過ぎない存在かよ。売る者は、サッツほどの力を想定していただろうか? まあいい。今は仲間だ。
そこにウシダさんが現れる。
「クルミよ、キツキツ君と共に行くがいい。私は最後に、売る者に対し一矢報いてやった」
ミルクはウシダさんに対して怒る。
「じい様はまだ最期の時ではない!」
「そう思いたいものだ」
と、ウシダさんは少し弱々しく言う。ウシダさんの人生は、これで報われるのだろうか?
ミルクがそばにいたんだ。これで、ということはないさ。
ミルクはサッツに声をかける。
「社長、私はとりあえず契約は果たした。縁があったら、ビジネスの話も検討しよう」
「フン、食えない女だ」
と、サッツはニヤリとする。ミルクは僕の手をとって言う。
「行こう、大岩!」
「えっ、ああ」
と僕。キツキツもこちらへと向かう。
「行くぜ、相棒」
と、キツキツが言ったところで、クルミがキツキツを止める。何故?
クルミはキツキツに言う。
「その場の空気を読みなさい、キツキツ」
「えっ、そういうことか」
と、キツキツ、どういうことだよ? まあいいさ。キツキツは叫ぶ。
「一緒には行けないか、後方支援は、僕とクルミに任せろ!」
「了解」
と、何故かミルクが応えた。僕は、とりあえずカエル暦五百二十二年に、約一年ぶりに戻って来たんだ。サッツとは方向が異なるのか? さあ姉さん、無事でいてくれよ。サッツほどではないがミルクは強い。ミルクが戻ってきたのも、久しぶりなのかな? 勇者の証を求めて、ミルクは突き進む。
リサ姉さんは、今何を思う? 売る者の戦闘班も限界のようだ。いくぞ! 待っていてくれ、姉さん! ヘルが後ろでダンスを踊っている。実に鬱陶しい。僕はヘルに問う。
「姉さんの選択が気になるのか? 怪しい妖精ヘルよ」
「怪しい、は余計ですよ、大岩さん。私は、この世界にリセットボタンは必要ないと思いたいのです。でも、やはりリサさんなら、どう転んでも安心でしょう。だから私は、遠くから眺めています」
そう言ったヘルは、キツキツとクルミのところへ移動する。
ミルクが僕に声をかける。
「急ごう。巨大な天使は何処にある? 私はここにいるよ、知識の果てに辿り着く日のために」
「わかったよ」
と、僕は適当に返事した。
そして、我々の前に立ち塞がるのは、戦闘班の班長だ。実力は、ミルク同じレベルとみていいだろう。班長にはそれなりにお世話になったが、ここは通して貰うぜ。行こう、ミルク! マップもコンパスも用意したんだろ。
私は妖精ヘル。窮地に追い込まれた大岩さん。きっとリサさんが助けてくれる。しかし、それほどの力には代償が必要です。大岩さんの示す心は、『特別な力』なのか? 売る者の置いてきたもの『後悔』を、大岩さんは払拭させる。データソードをリサさんの魂、と語るのは? 大岩さんは、今売る者の時代が試される。
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