第11話 特別な力
班長は剣をかまえた。そして、爆弾もだ。強化班の最後の仕事だったのだろう。班長はミルクに問う。
「巨大な天使とやらのために戦っているのだったな、ミルク。はっきり言って、意味不明だ。そして、何故大岩を巻き込んだ?」
ミルクは答える。
「私は物語の主人公だ。つまり、勇者にふさわしい。物語の主人公には、どんなヘタレでも何かしら能力がある。特別な力とでも言っておこうか」
「大した自信だ。中二病とは恐ろしい。それとも、自らをごまかすための理由か。大岩よ、こうなった以上は手加減はしない」
と、班長は言う。
僕は、班長に疑問を投げかける。
「班長! 売る者はもう必要ないだろう。何故戦う必要がある?」
班長は即答する。
「売る者のメンバー達は、売る者しか知らないのだよ。心が弱いと笑うがいいさ。俺達は、売る者を失うことを恐れている。リサにはかなわないというコンプレックスもある」
「ちい」
と、僕。戦いは避けられない。いくぞ、データソード。班長とミルクが互角なら、僕の力量で勝敗は決まるはずだ。
重装備のミルクと軽やかな班長。そして、二人についていけない僕。情けないぞ。僕は今まで何をしてきたんだ。姉さんなら目の前にいるのに……。僕はミルクの足手まといだよ! ここは焦ってもダメだ。どうする? やるしかない。しかし、チャンスはなかなか巡ってはこない。ならば作ればよい。我が剣よ、今こそ力を発揮してくれ!
僕は班長に突っ込む。しかし、班長に軽くあしらわれてしまった。だがミルクなら、スキをついてくれるはず。ミルクは叫ぶ。
「何やってんだー、大岩!」
しまった。班長には爆弾が残されていたんだ。ミルクが僕をかばってくれる。こちらが不利な展開になる。しかも、僕の力量不足が大きな原因だ。畜生、ここまで来て僕は何も出来ないのか……。
ミルクが優しく僕に言う。
「私は、巨大な天使を操れるのは、大岩だけだと思っている。ここでキサマを失うことは、私に勇者の資格がなかったということだ。大丈夫だ。私には特別な力がある」
「悔しいよ。僕は物語の主人公にはなり得ないな」
と、弱音を吐く。
僕をかばいながら戦うミルクは、ただ僕を惨めにする。ここまで『能力』が欲しいと思ったことはない。強くなりたいと思ったことはないんだ。一日や二日で強くなれるものではない。ただ、悔しい。しかし、ミルクは優しく微笑む。まるで女神のようだ。
しかし、次第に班長の方が優勢になっていく。それを見て、僕は叫ぶ。
「僕のことは忘れろ、ミルクー!」
「それは出来ない相談た、勇者的にな」
と、ミルクは余裕を見せる。
「ふん、だが油断は出来ん」
と、班長は気を引き締める。両者ともクリーンヒットはない。しかし重装備のせいか、ミルクの動きが鈍くなる。
今だ! 姉さんの魂よ、データソードに宿れ! そして僕は、班長へと突撃する。
「行けー」
「大岩、お前では無理なのだよ」
どうなった? 僕はどうなったんだよ。僕の体から血が噴き出す。班長の剣は僕を貫く。ミルクの声が聞こえる。
「大岩ー!」
僕は最後の力を振り絞る。
「ミルク、特別な力とやらで班長を倒してくれ。姉さんを頼んだぜ」
そして僕は倒れた。意識は微かに残っている。僕も特別な力が欲しかったな。物語の主人公になり得ない僕という存在。モブキャラとしての最期。もう僕は戦えないよ。姉さん、無事でいてくれ。
ミルクと班長の戦いの均衡は、完全に崩れた。ミルクが後手に回る展開が続く。班長の剣さばきが冴える。僕さえいなければ、ミルクは勝っていたかも知れない。もう無理なんだよ……。しかし、ミルクは諦めない。その時、ヘルの声が聞こえた。
「大丈夫ですよ、大岩さん。あなたは負けません。では、またお会いしましょう」
「ヘルか。ここでの励ましは無意味だ」
「そうでしょうか」
と言った後、ヘルは姿を消す。
班長の鋭い剣による突き。
「もらったー!」
ミルクのカミナリの剣は、弾かれる。それでもミルクは拳で対抗するが、これはもうダメだな……。その時だった。データソードが桁外れの反応を示す。データソードだけでなく、爆弾も、そして僕の体も、人間離れした動きを見せる。一体何が起きた? 何か嫌な予感がする。
恐らく、姉さんがどうにかしてくれたのだろう。何故だ? どうやって? 解らない。だけど、ミルクを助けるのが、今までの経緯から言って優先だろう。届け! 僕の力。班長の剣は、僕のデータソードによって弾き飛ぶ。決着の時だ、班長!
ここでミルクが叫び声をあげる。
「大岩ー、すぐにそこから放れろ!」
どういうことだ? 声が聞こえる。
「これが私の力。そして記憶。私は『売る者』? 違う、リサという一人の人間だったはず」
班長はリサ姉さんの剣の前に散る。最後にこう言い残して。
「フハハハハ。やはりリサにはかなわないよ」
ミルクは僕の手を引っ張る。
「逃げるぞ、大岩。今のリサは無敵だ」
こんな状況だけど、僕には確かめたいことがある。僕はミルクに向かって言う。
「なあ、ミルク。僕は主人公なのかな? 特別な力はあるかな? 姉さんを助ける力はあるかな?」
「バカなことは考えるな。今はとにかく逃げろ、大岩」
と、ミルクは僕を引っ張る腕に力を入れる。
リサ姉さんは、僕を生かすために売る者の記憶を受け入れた。戻ってきてくれよ姉さん。ミルクがぽつりと呟く。
「この程度なのか、売る者の力は?」
ここで姉さんの動きが止まった。そして口を開く。
「私はまだ九十パーセントほど、売る者をコントロール出来るのだ。これがゼロになった時、リセットボタンは起動する。大岩、私に最後のユメを見せてくれ。そして、成長した力で私を倒せ」
そう言う姉さんは、にっこりと微笑んだ。
ミルクは、班長戦でもう戦う力を残していない。どうしたらいい? ミルクは言う。
「勝つのは無理だ。ここは生き延びることが先決だ」
だが、僕は敢えて言う。
「今はまだ十パーセントしか、姉さんの本来の力を発揮出来ない。僕は勇者ではないが、この物語の主人公だ。ならば、特別の力で姉さんを助ける!」
「言うだけならたやすい、物語の主人公は一人なのか二人なのか知らないが、この世界を動かす覚悟はあるのか、大岩!」
「ないね」
「何だと!」
と、ミルクは驚く。
僕はここで宣言する。
「僕のデータソードは進化した。姉さんの心と共に。想いこそ特別な力だ。ならばその力で、僕は姉さんを食い止める!」
ミルクは笑い出す。
「約束しよう、大岩。何時か知識の果てで会おう。どちらが本当の主人公なのか。私は、大岩を何時までも待っている」
今の姉さんより、僕の力が上回っている。いけるぞと思ったんだが、姉さんの動きが少しずつ良くなってきた。売る者の『侵食』が始まった。早い決着が望まれるようだ。
「強くなったなあ。あの大岩がなあ……」
と、姉さんはつぶやく。
僕は姉さんに文句を言う。
「僕には失うものはないと確かに言ったよ。でも、姉さんは知っている。僕も人も変り続けるんだ。僕が姉さんを失うことなど出来るものか!」
「どこまで変わり続けるか、見届けたかったな。大岩の可能性は、データソードを何時か超える」
と、リサ姉さんは涙を流す。
ミルクは、後方から作戦を僕に伝えていく。
「大岩、リスクは捨てる。今ならリサを仕留められる」
「ミルクの作戦はいいが、姉さんは必ず元に戻す。リサ姉さんの精神力なら可能だ」
と、僕は自分の意見を貫く。
「くっ、これこそが特別な力かも知れない。姉さんの心を守る戦いだ。主人公の資格はある」
と、ミルクは僕を励ます。
データソードの今の力は絶大だ。だが僕はそれだけに頼らず、データソードの進化を超えてやる。戦いは始まったばかりだ。二十パーセント。姉さんは支配されたか? まだ間に合うはず。剣と剣がぶつかる。爆弾が大爆発を起こす。しかし、決着は着かない。
売る者の時代は嫌いだ。売る者の時代は、リサの時代へと移り変わるのさ。しかし、どうすれば売る者の侵食は止められる? ミルクさえ手段が無いようだ。姉さんは苦しそうに言う。
「限界が近いぞ、大岩。早く止めを刺してくれ。売る者の侵食が続けば、取り返しのつかないことになる」
「出来るかよ、姉さん」
と、僕僕は叫ぶ。バトルは続く。
あれからどれぐらいの時間が経過しただろう。もう無理なのか? 僕には何の能力も無いのか? 誰も姉さんを止めることは出来ないのか? 諦めてたまるかよ。姉さんの顔は苦しみに歪む。
「大岩の気持ちは解っている。だがその優しさは、私を苦しめるだけだ。後七十パーセント」
「くっ、それでもだ」
と、僕は意思を貫く。
ミルクの作戦はいいのだが、売る者の力がリサ姉さんに宿ってきやがった。ミルクは僕に話しかける。
「知識の果てとは理想だ。今行くことが出来なければ、リサは戻らない。クルミと大岩が多重世界のどこかで残した記憶、それはその戦いの後悔でしかない。大地と海にきっとそう刻まれたのだろう」
「知ったことかよ」
と、僕。知識の果てに置いてきたものの正体は、後悔だったのか。次は違うぜ、なあミルク。
姉さんは叫ぶ。
「いい加減に情を捨てろ、大岩」
僕も言葉を返す。
「最後まで僕の想いを捨てられなかったのが、今の姉さんの姿だ。そのことに今気付いたことが悔しい。僕がどれだけ姉さんに想われていたか、今になるまで気付けなかった」
「それが成長というものだ」
と、姉さんは強調する。
「そうだとしても……」
と、僕は食い下がる。
売る者の侵食は進行していく。やばいぞ! どう出る? 今のデータソードより、売る者の記憶を受け継ぎつつある姉さんの方が、強くなってきたぞ。ならば、僕がデータソードを上回るのみだ。戦いの中で、姉さんは少しずつ自我を失っていく。もう僕はどうしていいか解らない。
だからこそ、今僕は想いを姉さんにぶつけてやる。いくぞ、準備はいいか!
「僕は主人公ではなくてもいい。特別な力もいらない。ただ姉さんに、僕の想いが届けばいい。いつもの甘くて厳しい姉さんがいい!」
「うがー」
と、姉さんがもがき出す。僕の言葉が効果ありなのか? 解らない……。
ミルクがつぶやく。
「大岩のヤツ、やりやがった。その言葉と心意気のどこが特別でないというのだ?」
姉さんは僕に向かう。
「大岩……、ありがとう。私は現実に戻って来れたのだな」
そして、僕と姉さんの距離は縮まっていく。姉さんは売る者を制御することに成功したんだ。
姉さんが僕を抱きしめようとする。僕もそれに身を委ねる。その時、ミルクが突然大声をあげる。
「大岩、リサ、放れろー!」
何だ? どうなった? ビームが姉さんを貫く。ビームを放ったのは妖精ヘルだ。そして、姉さんは倒れた。
「姉さーん!」
と、僕は叫ぶことしか出来ない。
ミルクも困惑状態だ。
「こんなことがあっていいものか! 大岩とリサの想いは通じ合ったというのに……」
姉さんの心臓は止まっている。ウソだろ! 妖精ヘル! 何が目的だ?
目的など、どうでもいい。ヘル、許さん! 初めから何者か解ったもんじゃなかった。僕は何故ヘルを警戒しなかったんだ……。ヘルは無表情で、こちらに話しかけてくる。
「これで、『リセットボタンを押せる存在』はいなくなりました。私はこの星そのもののヘルです。どんな攻撃も意味をなさない。例えばこういうことです」
「ヘルー!」
僕はヘルの体を剣で切りつける。ヘルは、表情一つ変えることはない。そして、大爆発が起こる。
ヘルは説明する。
「私は、この星そのものですよ。私を攻撃するということは、当然この世界を壊すことになるのです」
「ふざけるなー!」
と、僕は怒りを隠せない。ミルクは僕を止める。
「ここは作戦の練り直しだ。リサのことは残念だったが、ここで怒りに任せて世界を壊すのは得策ではない」
「うげー」
と、僕は納得出来ない。
ミルクの言っていることは多分正しい。ヘルは我々に告げる。
「またお会いしましょう」
そして、何事もなかったかのように去っていく。
「待ちやがれ!」
と僕は言うしかないぞ。リサ姉さんは、まだこれからの人だった。怒りはまだまだ収まらない。その怒りは一生収まらないのではないかと思うほど……。
私はそう、この星ヘル。リサさんに止めを刺した者。そんな中で、キツキツさんを中心とした『サッツの乱』は、最終の局面を迎えていた。サッツのユメは叶うのか?
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