第2話 ジョナサン
「そろそろ加湿しませんか」
「はいはい」
背後から、加湿器が私に呼びかける。
一人暮らしなのに、家電AIが話しかけるので、つい独り言が増えていく。
「おじさんもしゃべったらいいのに」
振り返ればおじさんは、バスルームにいた。おや、と思って見ていると、トランクス一枚になったところでこちらを向いて、しゃっとばかりにシャワーカーテンを閉める。芸が細い。
時々、おじさんが、私が眺めていることに気づいているのでは、と思うことがある。
動画サイトで音楽を聴いていると踊っていたり、ネットで本を購入した後で、おじさんの家に小包が届いたり。
偶然なのか、私のパソコンの履歴とリンクするようにプログラムされているのかはわからない。
ただ、同じように動くことが増えると、愛着が増す。ミラーリング効果、なのだろうか。
ついつい、おじさんを眺める時間が増えていく。
「はあー、もう、仕事が終わんないよ」
明日までに仕上げなければならない書類を、渋々家で片付けていた。
愚痴も出る。
テーブルに突っ伏して、書きかけの文章の最後に『おじさーん』と打ち込んでみる。
なんの役にも立たないことくらい、分かってる。分かっちゃいるけど、やってしまうのだ。疲れているのだ。
こんこん。
「ん?」
こんこん。
「んん?」
がばりと顔を上げると、おじさんがモニタに向かって、ノックをしていた。
「なんなの、それ、ありなの?」
なにやら、白くて四角いモノを、内側からモニタに押し付けている。
「え? ど、どうりゃいいの?」
慌ててカーソルを四角に合わせる。
しゅん、とメモ機能が起動して、おじさんの手元の白い四角が消えた。
『はろー、ジョナサンだ』
メモには、そう書いてある。
「おじさん、ジョナサンていうの?」
音声認識はしないのか、驚いて口を出た呟きには反応はない。
すでにおじさんことジョナサンは、小さなソファに座って、本を読んでいた。
ちょっぴり嬉しくなって、俄然、仕事をする気になった。
それから時々、おじさんが手紙をくれるようになった。
いつもモニタの内側から、ノックをして私を呼ぶ。
気がつかずにいると、丸められた紙が床に打ち捨てられており、それはもう読むことができない。
「くそぅ」
口汚く、私は悔しがる。
熱帯魚が、懐いて餌をねだってくるような、そんなわくわくがあった。
『お風呂に浮かべるアヒル』
その日、ジョナサンからもらった手紙には、そう書いてあった。
「欲しいのかな」
戯れに、ネットでお風呂に浮かべるアヒルを購入してみた。
当たりだ。
ジョナサンの家に届いた小包から、黄色いアヒルが出てくる。
『ありがと』
手紙をくれたジョナサンは、意気揚々とシャワーカーテンの向こうに消えた。
鼻歌でも歌っているのか、バスルームから音符マークが流れ出る。
「どういたしまして」
これは、ハマりそうだ。
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