悪人と淘汰

 この世に善人はもういない。なぜならば彼らは既に淘汰されたからだ。



 心が優しく勇敢な人間は、狡賢く卑怯な人間に刺されて死んだ。

 だから良い人の遺伝子は後世に残らない。そうやって人は進化してきたのだろうと思う。

 植物のような肉体的な多様性は、人には無い。

 しかし人には思想や性格の多様性が有る。

 その人の思想や性格がその世界にマッチしていれば、生存確率が上がる。

 だから騙されるより、騙す人が生き残ってきたのだ。

 だから奪われるより、奪う人が生き残ってきたのだ。

 だから傷付くより、傷付ける人が生き残ってきたのだ。

 だから殺されるより、殺す人が生き残ってきたのだ。


 本当にそうか。

 本当にそうだ。


 人の事を善だと信じ疑わない純粋さが、騙されて借金を作った。借金まみれの者を純粋だからという理由で高く評価し、その人の子供が欲しいと思うだろうか。

 一人の女性を取り合った時、相手の事を思うがあまり、女性を奪われてしまったその男の元に「私よりも相手の事を考えて、奪わないでくれてありがとう。好き」などと言って帰ってくる女性がいるであろうか。

 一方的に傷つけられてもう前も見れない、生きていくのが辛い、死にたいと思っている人間の元に、子供を作ろうと言ってくれる人が居るのだろうか。

 殺された人間と子作りをする人が居るだろうか。


 そうだ。

 善人は全員悪人によって殺された。

 善人の遺伝子はもう、無い。

 悪人は悪人が作った社会で「これが善だ!」と主張する。

 悪人は悪人が作った理論で「これが理だ!」と主張する。

 悪人は悪人が作った倫理で「これが義だ!」と主張する。

 悪人は悪人が作った道徳で「これが正だ!」と主張する。


 そういう悪人によって作られた価値観や固定観念に囚われた慣習によって縛られて生きていくのが世の常だ。

 性善説か性悪説か、どちらかではない。

 性善説も正しく、性悪説も正しい。しかし今この現代社会において善なる人間が生まれないと言うのが事実だ。

 昔は居たのに、全員死んだ。

 突然変異で、善人が生まれたとしても圧倒的マイノリティに心が折れて死ぬだろう。世の中の凶悪さに吐き気を催して心の底から「生きていけない!」と思うだろう。


 私は、死ぬのがいけないと思った事はない。

 この世は今語った通りの世界だからだ。

 まともな感覚を持っていられる人間は紛れもない悪人だ、と私は断ずる。

 善人ならば、こんな世界では平衡感覚すら失うだろう。

 

 私はマイノリティだ。

 だがしかし善人ではない。

 更にしかし善人を善人と決めつけないだけマシだとも言える。

 今、皆が目にしている善人はなのであることを忘れることなかれ。


 私のこのマイノリティを挫きたければ挫け。

 その悪意を持ってこれからも生きて行きたくば行け。

 私はマイノリティの底で嘆き苦しみながら、貴方の凶悪さを叫び続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る