応援コメント

差別と区別」への応援コメント

  • 弱者は救済されるべきである。区別は差別によって境界が変わる。現状から変えるには強いベクトルが必要である。この三段論法により、世の中の◯◯イズムの方達はやり過ぎてしまうきらいがあるのですが、その過程では既存の感覚からするとおかしいと感じる理論もまま出てきます。中にはおかしいも含めて議論させることが目的の集団も見受けられます。めちゃくちゃ強く押した後、少し緩めるとそれが普通に感じる性質が私たちにはあるのかも知れませんね。えっ無いですか。

    作者からの返信

    須藤二村さん
    コメントありがとうございます!

    いや、あるかも知れません。
    これは心理学だったかなんだったかの専門家が仰っていた例え話ですが、
    「付き合ってください!」
    と素直に言った場合は
    「すみません」
    と断られてしまいます。
    しかし
    「結婚してください!」
    とぶっ飛んだことを言った場合は、
    「すみません」
    と断られますがそのあとにすかさず
    「ならせめて付き合うだけでもダメですか?」
    と聞くと
    「ええ、じゃあ、まあ、はい」
    とOKされるんだとか。ホントかよと思っていましたが、ようは『断ることに対しての罪悪感』を刺激したやり取りなんですよね。
    だから須藤二村さんが言うように、強く押した後に少し緩めると——というのはそれに当てはまるので、多分その通りなんじゃあないかなと思います。

    なんにせよ、偏った意見は押し付けるものではないですね。あくまで意見は意見として存在し続けるべきです。


  • 編集済

    難しいですね。

    差別と区別の間に
    もうひとつ言葉があればいいのかもしれません。

    世の中には
    一言では表せない事象や感情が
    溢れているように思います。
    名前が付いているもののほうが
    少ないのかも。

    作者からの返信

    ぴおにさん、コメントありがとうございます。
     そうですね。
     どう言い表せばいいものか分からない物が多いという事、その通りだと思います。
     そして逆に先に言葉が出来てしまって、定義を後付しているものもあると思います。