第19話
部屋に入ってきたのはひとりの幼い少年だった。その表情はけがれのない笑顔だ。そして、僕たち三人には気付かずに、少年は机に座ってノートに何かを書き込んでいる。僕は少年に話しかけた。けれども反応がなかった。お坊さんはフム、と何かを考えているようだった。サクラちゃんは泣き止んでいる。
僕は少年の書いている文字を見た。見たことのない文字を書いている。ノートが文字でびっしりと埋め尽くされていく。お坊さんはまだ考えている。サクラちゃんは何も言わない。僕は少年をひたすら見つめる。
少年が何かをひとりで話した。外国語だろうか。その声は優しい声だった。部屋の中をはしゃいで走り回る少年。よく状況がわからない。
「ケンタくん、サクラちゃん、私のお経を聞いてほしい」お坊さんはそう言ってお経を唱えた。すると段々少年の言葉に変化が現れた。僕は少年の言葉が理解出来るようになった。お坊さんはお経を唱え終えた。
「ママ‼️ ママ‼️ 早く来て、勉強が終わったよ!」少年の声でそう聞こえる。すると少年のママらしき人が部屋に入って来る。ママは少年をぎゅっと抱きしめた。なんだろう? これは。
「さぁ、遊びに行きましょうね」少年はママに連れられて部屋の外に出かける。部屋は再び密室となった。
「お坊さん、今のはいったい?」僕は聞いた。
「私の推測だが、これは誰かの世界に迷いこんだらしい」
「え? それでは僕たちは見えていない?」
「そのようね、ケンタくん」サクラちゃんが言った。
僕は先ほどのノートを見た。すると文字が理解出来るようになっていた。書いてあるのは次の通り。
〈今日は、遊びに行った。町は緑で豊か。空は鳥が歌う。何もない町だけど、ひとりで遊んだけど、いっぱいいっぱい森の友だちがいるよ。ラララ、歌おう。ラララ、太陽が恵みを与える。ラララ、風が踊る……〉
一応、全てを読んでみたけど、大したことは何も書かれていなかった。どうやら日記のようだ。
僕とサクラちゃんとお坊さんの三人で少年の帰りを待った。何も会話が起きない。静かな密室は時間すら止めるかのようだ。
すると、少年が泣きながら部屋に戻ってきた。僕たちは少年を見つめる。そして、泣きながらベッドに潜り込む少年。何があったのだろうか。ひたすら泣いている少年。ママが入って来る。そして、「ねえ、泣かないの。男の子は強くなくちゃ」と少年の頭を撫でた。
しばらくはママが少年に子守唄を歌う。その子守唄は優しかった。僕も眠くなってきた。そして、少年は完全に眠りに入った。ママは部屋を出た。
僕たち三人は少年の寝顔を覗きこんだ。すやすやと幸せそうに眠っている少年。しかし、この一部始終が全く意味がわからない。いったいなんの話だろうか?
そして、僕たちは眠りについていた。
目を覚ました僕は立ち上がった。少年は起きている。お坊さんとサクラちゃんも起きていた。ママが入って来る。ママは少年にキスをした。嬉しそうな少年。しかし、次にこんな言葉を耳にする。
「ねえ、人間界を支配するのはあなたなのよ? そのためにはあなたが魔王になるのよ?」
僕とサクラちゃんとお坊さんは顔を見合わせた。そして、お坊さんはこう言った。
「これは魔王の世界の時間だ。それも過去のだ」
僕は信じられない。まさかこんなに幼い少年があの巨人になるだって? 僕は自分の目を疑った。
いったい僕たちに何を見せようと言うのだ?
少年は部屋の中をはしゃいで走り回る。ママはそれを見て微笑んでいる。幸せそうなこの親子にいったい何があったというのだろうか? サクラちゃんはお坊さんにこう言った。
「ねえ? 何かおかしいと思わない?」
お坊さんは考えている。僕は少年をひたすら見つめる。本当に何があったのだ? そして、ここから脱出出来るのか?
「魔王になるぞ‼️ そして、人間たちをやっつけるんだ‼️ ママ‼️ 強くなるよ!」
どうやら僕たち三人は迷宮に迷いこんだようだ。
無限のニワトリ 野口マッハ剛(ごう) @nogutigo
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