第20話
セッカは歩き続ければ
彼女が選んだ道は、早く着くが険しい道だ。
元気のある状態でも越えるのに苦労するのに、怪我人二人を連れて行くような場所では無かった。
状況も悪い事に、ルカの足も限界を迎えつつあった。
「ルカ。もう無理しなくていいから私にもっと体重を乗せて」
腕を組み替えて、彼の足が楽になるようにする。道も出来るだけ緩やかな方を選ぶようにした。
それでも、山を越えるには急な場所がある。
「はあ、はあ、はあ、」
「セッカ……」
彼女の身体はすでに前から所々悲鳴をあげはじめていたが、なんとか堪えていた。
だがそれも、そろそろ本当に辛くなってきていた。
彼女はツチカドにもらった弓を横にしてカガリの膝の裏と自分の腹で挟み、縄でそれを固定している。両手が塞がってしまうことを恐れてのことである。
これがカガリの体とはうまく合ってくれてはいるのだが、セッカの腹に食い込む。
(ああ、本当にもう少し鍛錬しておけばよかった……)
実は久しぶりの戦闘であれだけの人数を相手したので、肋骨を一本か二本、ひびが入るか折られている。
すでに感覚が鈍くなっており、痛いのか痛くないのかもよくわからない。
それでもルカに無事に栢間まで届けると言ってしまった以上、自分は彼を何としてでも導かなくてはならない。
「うっ」
導かなくてはいけないのだ。
「ルカはここで待ってて。これを登ったらカガリさんを置いてまた戻るから」
「……」
目に前には大きな岩と、急な斜面。
流石に一度には登れない。
一向に目を覚まさないカガリに不安を覚えながらも、背中で彼の心臓の鼓動を感じ、懸命に山を登る。
縄を解いて彼を横たえると、また下に戻って次はルカを登らせなくてはならない。
「ゴホッ、ゴホッ」
口を押さえた手を見下ろすと、ねっとりとした血が付いていた。
袖で口をぬぐい、手についた血は木に擦り付ける。
巾着の中にはあと少しだけ痛み止めが入っているのだが、それは全てルカに渡している。
目を閉じて唇を噛みしめる。
次に目を開いたときには、決心してまた斜面を下った。
背中に乗れ、とルカに言うが彼は首を横に振る。
「流石におれは無理だよセッカ。その身体じゃ尚更だ」
「ルカだってもう足、本当は限界なんじゃないの? 私が一番元気なんだから大丈夫だよ」
「セッカ……」
ルカの顔は歪む。
「いや、おれにはまだ右足がある。上から縄を垂らしてくれれば平気だ」
なんとか背負う以外の方法をひねり出して、そう言った。
「……わかった」
セッカはまた上まで登り、縄をしっかりくくりつける。
ルカは垂らされた縄に捕まり、よじ登り始めるが、片手片足ではうまく登れやしない。
セッカはそれを見かねてまた降りてきて、ルカが登るのを必死に支えてやる。
「っしょ!!」
「ハア、ハア、」
やっとの事で登り終えて、二人はその場に寝転がった。
「流石に、くる、しい、な」
「あり、がとう」
息も絶え絶えで、しばらく動けない。
(風に人里の匂いが混じってきている。もう少しだ)
汗をぬぐい、またカガリを背負う。
「もう少しだ。あとはきっと険しい道もないだろうから、足元にだけ気をつけて」
「ああ。わかった」
このまま下っていけば、栢間に続く。
(あと少し、あともう少しだからっ……)
セッカは必死だった。
もう言葉を発するのにも腹の全体に激痛が走る。心の中で自分を励ますしかない。
さらに悲痛な事に、下り坂は上り坂よりも身体に響く。
ガクン。
「セッカ!」
彼女はとうとう膝をついてしまった。
その反動と共に、胸元から何かが落ちる。
「あ……」
セッカはそれを握る。
(返すの、忘れてたや)
それは数日前にアスマから借りていた御守り。
そしてそれを握る自分の腕の、すっかり血に染まってしまったイアからもらった組紐が目に入った。
(帰らなきゃ)
それからのことはもう自分でもよく覚えていない。
次に目を覚ましたときは布団の上だった。
「セッカ!!」
瞳を開くと目に飛び込んできたのはイアの顔だ。
「イ、ア……?」
自分が出した声はからからだった。
起き上がろうとすると身体に痛みが走る。
「あ、まだ動いちゃダメよ。肋骨の骨一本は折れてるって。これ、水よ。ゆっくり飲んで」
イアが頭だけ起こして水を飲ませてくれる。
「あのカガリさんと、ル、……モグラは?」
「二人とも平気よ。カガリ様は昨日目を覚まして、モグラ様はココン様と何回も面会してるわ」
「よかった……」
話を聞く限り、ルカはうまくやっているらしい。
「何が、何が、『よかった』よ!!」
「え」
驚いてイアの方に顔を向ける。
彼女は大粒の涙をまぶたに浮かべていた。
「もう死んだって聞かされてたのに、カガリ様が生きてたって大騒ぎになって、そしたらお宮に怪我人が運ばれてきて、そこにセッカも居て。
モグラ様から聞いたのよ? あなた、怪我してるの黙ってカガリ様を担いで山脈を越えてここまで来たって。運ばれてきたとき、セッカの顔真っ白で死んじゃうのかと思って怖かった! 四日も目を覚まさないし!」
「え、四日!」
「そうよ! どれだけ心配したかと」
「あ! イア!」
セッカが急にイアの名前を呼ぶので、どこか悪いところがあるのか慌てる。
「ど、どうかしたの?」
「ごめん、組紐、赤くなっちゃった」
「組紐?」
そこで何を言われているか理解する。
「もう、それくらいまたあげるわよ」
「え、でもあれ、すごく気に入ってたんだよ。大事にしようと思って! っ!!」
力説が始まろうとした瞬間、肋が痛み出す。
「だ、大丈夫?」
「あはは。大丈夫だよ」
セッカは笑った。
「イア、ただいま」
「おかえり。おかえり、セッカ!」
イアは笑いながらまた涙をこぼす。
「泣かないでよ、イア」
「誰のせいだと思ってるの」
二人は笑いあった。
「なんだい、騒がしいねぇって、目が覚めたのかい」
そのあとツミが来るまで医者を呼ぶのも忘れて二人は話に夢中になっていた。
「こら、イア。一応セッカは怪我人なんだ。お医者様を呼んできなさい」
「は、はい!」
「ああ、それと長様にもね」
「わかりました」
「またね、セッカ」と一言残し、イアは慌ただしく部屋を後にした。
「ツミさん」
「なんだね」
「お薬、ありがとうございました」
あの薬には本当に助けられた。
セッカは栢間を目前として膝をついてしまったとき、薬の中に媚薬を見つけたのだ。
一か八か、入っていた媚薬を痛み止めがわりに全て飲んだせいで、あとの記憶は無いのだが。
「ハァ、あんたも無茶するもんだね」
「はは」
この際、終わりよければ全て良しということにしておいてほしい。
「まあ、よく帰ってきたよ。あんたが死んだと聞かされて、仕事に身が入らないやつが沢山出て困ってたところなんだ」
「そんなことが?」
「ああ。だから今は怪我を早く治してまた仕事を頑張りな」
「ツミさん……。ありがとうございます」
「礼には及ばないよ」
そうこうしていると医者が部屋に入ってきて診察を済ませる。
「安静にね」
「はい。ありがとうございました」
その時に初めて自分の身体を見たのだが、あちこちに赤黒い痣ができていた。
技を受けた時の受け身が取れていなかったせいだ。
(ハァ、こんな姿を師匠に見られたら笑われる)
処方された薬を飲んで、セッカはまた瞳を閉じていった。
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