第19話

「もうすぐだ!」


 一日半、馬を走らせれば栢間かしまの入り口も見えてくる。

 ココン一行は栢間に到着するや否やすぐに増援の手配を始めた。

 何か手がかりを掴まなくては、戦で倒れたであろう同胞に面目が立たない。


「俺の馬も用意してくれ」


 アスマはすぐに武器を補充して出発しようとするが、レイゲンに止められた。


「アスマ。やめとけ。その状態で行ってもなんの役にも立たない」


 もとから静かな物言いのレイゲンに辛辣な言葉をかけられてはアスマも押し黙る。

 たしかに、この二日近くココンの為に精神を削った。肉体的疲労もある。だが、彼は死んでいるかもしれないとわかっていても『彼女』を探しに行きたかったのだ。


 あの女子のことだ。もしかすると死体に混じって寝ているかもしれない。ひょっとしたら本当に彼女が言った通り、歩いて帰ってくるかもしれない。


「レイ……」

「ダメだ」


 レイゲンは横にしか首を振らない。


「俺は行く」

「っ! おい。アスマ!」


 彼はレイゲンに背を向けて、再び馬に乗ろうと踵を返した。


 が、


「ウッ」

「頭冷やしな」


 振り返った先にいたクロハエが手刀を叩き込んでいた。

 アスマは一瞬にして崩れ落ちる。


「ハァ。クロハエ、もっと穏便に済ませろよ」

「いや、今のこいつはそんなんじゃ止められないよ。……こんなに呆気なく手刀入れられちゃって。レイゲンの言う通り行っても役に立たないだろうよ」

「……」


 クロハエはアスマを俵担ぎにして部屋まで運ぶ。


「それにしても、ウカイさんも残酷だよな。女を置いてけって。あ! なぁ、もしこれが束並つばなみに知れたらやばいんじゃないか」


 顔を青くしてレイゲンの顔を見る。


「まずいかもな。だが、彼女はここでは女中でしかないことくらい将軍もわかってるはずだろう」

「でもなぁ……。まぁ、あの状況じゃココン様の安全が第一優先だもんなぁ」


 うーん、と眉間に皺を寄せながらクロハエはぶつぶつ呟いていると、前方から取り乱した女中が走ってくるのが目に入る。


「なんだ?」


 ほかの女に抑えられそうになるのを振り払ってこちらに向かってきている。


「あ、もしかしてこれ?」


 クロハエは担いでいるアスマに目を向けた。


「ご無礼をお許しください! 行きにアスマ様と共に馬に乗っていた毒見の女中を知りませんか!」


 クロハエは困ったようにレイゲンを見返した。


 今、アスマが気を失っていて本当に良かった__


 二人は同じことを考えていた。


「すまない。彼女はきっともう戻ってこないだろう」


 残酷だが、真実を伝えることしか彼らにはできない。


「うっ。ウゥゥ__」


 女中__イアはその場に泣き崩れた。


「セッカの馬鹿。お土産持って帰ってくるって約束したじゃない。ううん。帰ってきてくれるだけでよかったのにっ」


 後から追ってきた女中たちが慌ててイアを立たせようとするのをレイゲンが止めた。


「いい」


 その一言で他の女中はイアに抱きついて一緒に涙を流した。


 クロハエとレイゲンは静かにその横を通り過ぎる。

 セッカという女中について二人はよく知らなかったが、人徳のある人物であったようだ。


 彼らはそれから、言葉を交わさずに別れた。

 この仕事についてから数年経つが、何年経っても仲間が死んだときの、胸の奥に小さなしこりが出来たような感情に慣れることはない。





 それから暫くして調査に向かった者たちが戻ってきた。


 戦場の有様はひどく、仲間も敵もみな同じ屍と化していたそうだ。


 ただ、その遺体の中には女の姿をしたものはいなかったそうだ。そしてココンが重用していたカガリという武人もその遺体が発見されていない。

 さらに不思議な事には、敵は仲間内で争いを始めたのか、味方から矢を受けている者がいたそうだ。

 しかし、その真相を知る者はもはや誰も生きてはいない。





 事件があってから三日目の夕方。

 その知らせは突然、宮に伝えられる。


「カガリさんが生きてたぞーー!!」


 使いの下男が声を上げて、宮を駆けた。



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