第18話
「嬢ちゃん。ちょっと休まねぇか」
山を越え始めてから必死に足を前に進めることに集中していたセッカは左側に顔を向けた。
「そうか。ごめん」
彼女は休めそうな場所に腰掛けて縄を解く。
カガリを横たえて様子を見るが、やはり脳を揺らしたからか意識がない。
「水を汲んでくる」
セッカは男に睨みをきかせてから器を持って水が出る木の枝を短剣で叩き切る。
(あとは……)
「おかえりー」
男は呑気に戻ってきた彼女を迎える。
セッカの腕には小枝が抱えられていた。
「腕みせて」
男の折れた腕に添え木を当て、応急処置を施す。
「嬢ちゃんは優しいんだな」
処置をする間に男はそういった。
しかし彼女はそれを聞いて胸がチクリと痛む。
彼女は今、この男を試したのだ。カガリを犠牲にして。
今目の前にいる男は右腕と左足を損傷しているが、その気になればここから逃げ出すことができるし、それどころか二人を殺すこともできるだろう。
「逃げないの」
男は笑った。
「その様子だと、おれが男ひとり背負った女の子からならとっくに逃げられることに気がついているんだろう?」
それは図星であった。
正直言っていつ刃を向けられてもおかしくない状況で彼女はこの山を登っていた。
男は続ける。
「悪い悪い。あんたは必死で道を開いてくれてるのにな。……おれは『
嬢ちゃんなら気がついたかもしれないが、あいつらは適当に雇われただけの集団だ。
これが調べてみれば面白いことにそれを手引きした裏幕は斗戒のお偉いさんらしい。
おれはその証拠も掴んでいる。
本当はうまく抜けるつもりだったんだが、ちょっとしくってな。今はこの有様だ」
「それで栢間に? 間者と思われて殺されるかもしれないよ」
「あー、それはたぶん平気だ。おれはこれでも二つ名を持つ男だぜ? 栢間の若長からも仕事を受けたことがある」
それを聞いてセッカは目を見開いた。
「あなた、敵じゃないの? というか、なぜそれを早く言わない」
思わず口から愚問が飛び出す。
「さぁ? でもおれは栢間につくといったろ? まさか束並と手を結べるとは思って見なかった。なかなかやるよ。あんたのところの若長は」
「そう、なんだ」
セッカは男に汲んできた水を渡してやる。
「嬢ちゃん、名前は?」
「……セッカ」
「そうか。覚えとくよ。あんた只者じゃないだろ? さっきの戦い方は。
おれはルカだ。『土竜』の本当の名前を知るなんてそうそうないぜ? あ、もちろん本名だってバラさないでくれよ?」
「なんて呼べばいいの?」
「んー。二人の時はルカでいい。それ以外はモグラでいい」
セッカは頷くと、再び口を開く。
「ルカ。私はあなたを生きて栢間に届ける。だから、ココン様の力になって」
「ああ。いいさ。あの人はきっと何かを成し遂げるだろう。おれの勘はよく当たる」
出会いは最悪だったが、このとき二人の間には何か新しい関係が生まれていた。
「とりあえず急ごう。情報もそうだけれどカガリさんを早く医者にみせたい」
「! へぇ、こいつカガリっていうのか」
名前を聞くとルカは横たわっている男に興味を示す。
「知ってるの?」
「ああ。確か結構なやり手だろ? おれも名前しか情報が掴めなかったんだ」
「……知らなかった」
「偶然それを助けたにしても、嬢ちゃんは人を見る目があるな」
「そうだと信じるよ?」
セッカはルカの目をじっと見つめ返した。
さっきの口約束には何も根拠は無いのだ。信じたくても信じきってはいけない。
「セッカは賢いな。大丈夫だ。でもあんたが疑わしいと思えばその小刀でおれを刺せ。毒が仕込んであるからすぐ死ぬ」
「使わないことを願うよ」
彼女は胸元に入れた彼の小刀を思い浮かべた。
(裏切られたらその時はその時だ)
もうこれ以上疑ってかかっても疲れるだけだ。セッカは『土竜』の噂くらい耳にしたことがあった。情報を売買し、時には殺しもする、凄腕の仕事人。
(もう少し年寄りだと思ってた)
「なぁ、セッカ。今までどんどん山を登ってるけれどこれ合ってるのか?」
「平気だよ。ここは一度通ったことがある。険しいけれど栢間にはすぐ着くはずだよ」
「へぇー。ほんと、おれ今若長よりもセッカのことが気になるよ」
ルカは目を丸くしてセッカの姿を捉えている。
「それは栢間についてからね」
セッカは再びカガリを背負って縄でくくる。
今度は片手だけだがルカが手伝ってくれるのでうまく身体に乗った。それだけでも随分と担ぐのが楽になった。
「悪いな。本当はおれが背負うべきなんだろうが……」
「その肩と足では無理だよ。本当は肩より足のほうが痛いのでしょう?」
「バレてたか」
セッカはそこで思い出した。
「そういえば痛み止めも巾着に入っていたかも」
右手でゴソゴソ腰につけた巾着を漁る。
「あった。これ噛みなよ。気がつくのが遅くてごめん」
「ありがとう」
まさか、ツミたちが買ってくれた薬がこんな風に役立つとは思ってもみなかった。
「あとどのくらいかかるだろうな」
「歩き続けて一日」
「ははっ。まぁ、頑張るさ」
足の痛むルカを見かねて、再びセッカは肩を貸してやる。
「悪い。セッカも__いやなんでもない」
__辛いだろうに。
ルカは言いかけた言葉を飲み込んだ。
足を引っ張っている自分がそれを言っても仕方ないのである。
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