第17話

「さてと」


セッカは守子とココンが去ったのを確認すると、弓に手を伸ばした。

男たちは皆、ココンを逃そうと懸命に相手を食い止めているが、相手はそれなりに強いらしくすでに死者は出ていた。

彼女もこの際命が惜しいので、力を出し惜しみする訳にはいかない。


そう覚悟を決めてからは凄まじかった。


ありったけの矢を飛ばし、それが無くなると刺さってる矢を抜いてまた飛ばす。

近づいてきたものには短剣で応戦し、彼女を恐れて逃げるものにも容赦はしなかった。


「ここから先は行かせない」


大量の敵を相手に、セッカは服を赤く染めて戦った。

もう前も後ろもわからぬほどにそこを走り回った。


ドサ


今。目の前の敵から短剣を抜く。

どうやら最後の1人だったらしい。

切れる息を落ちつかせながらあたりを見回す。


そこにはセッカ以外、立っているものはいなかった。


彼女は唇を噛んだ。


__誰も助けられなかったのか。


あれだけ必死に戦ったのに、味方すら立っているものがいない。


「ウゥ」


うめき声が聞こえ、ハッとした。


(まだ生きている人がいる!)


セッカは声のする方に集中する。


「大丈夫ですか。今止血を」


小柄な武人が頭から血を流していた。


(この人……)


その男にはセッカにも見覚えがあった。

ウカイが何かと重宝していた男だ。

間者として優秀だとココンに話していたのを偶然耳にしたことがあったのだ。


「カガリさん。気をしっかり」


確か男の名前はカガリであった。


セッカは自身の前身頃を短剣で切り落とすとそれで止血をする。


どうやら傷はそこまで深くないらしいが、頭の傷だ。また気を失ってしまう。


(この人なら担げるか)


束並の山登りで用意していた縄をカガリと自分に巻きつける。カガリの体にあたる場所には気休めにだが布を当てておいた。

縄は彼女に食い込んだが気にしている暇はない。

いつ敵の援軍が来るか……。

この状態では流石のセッカでも死んでしまうだろう。

自分はやれるだけのことはやったのだ。

この場の足止めは十分しただろう。


(帰ろう。栢間かしまに)


彼女はこれからの道をどう進むか、頭の中で整理する。


(少しきついけれど、山脈を越えようか)


人ひとり背負って越えるのは骨が折れるだろうが、そのまま進んでも相手に遭遇する可能性が高い。


「待ちやがれ……っガハッ」


足元を見ると血を吐きながら敵がセッカの足首を掴んでいた。


「……。ねぇ」

セッカはその男に問いかけた。


「あんたら、どこからの回し者だ?」


短剣を縛り付けてある左手を男に向ける。


「おれも助けろっ。そしたら教えてやる」


この男は彼女の戦う姿を見ていなかったのだろうか?セッカは冷徹な目で男を見下ろす。


「みてわかんない?あんた脅されてるの」


男は歯をくいしばる。


「わかるさ。あんたがおれを殺せることも」

「ならはやく吐け。こっちだってここには長くいれない」

「斗戒だ。ただ、それをわかってこの仕事を受けたのはおれくらいだろうな」


(どういうこと……)

セッカは困惑したが、確かに敵の戦略にはまとまりが無かった。


「おれは言ったぞ。あとはここで死ぬだけか?」


男は白い顔にうっすら笑みを浮かべてこちらをみている。


次はセッカが歯をくいしばる番だった。


(こいつは持ち帰って話を聞いた方がいいのは確かか……)


「あんた歩けるか」


セッカは焦る心を落ち着かせて男に問う。


「ああ。ちょいと鳩尾に鉄拳食わされただけだからな。このくらいたいしたことは無い。ただ、右の肩は外れてて腕も折れてるだろうな」


「……あんたが私たちを殺さない保証は?」

「おれの形見の刀をお前に渡す」

「……」


動く左手で体を起こすと懐から小刀を出す。

セッカは一瞥だけすると、気を引き締め直した。


「早く立て」

「よしきた」


男はココンと同じくらいの歳だろうか。

立ってみるとセッカの背は彼の肩ほどの高さだ。


「うっ」


どうやら血を吐いたせいで体調は良くないらしい。


「裏切るなよ」


セッカはそう言うと、辛うじて空いている自分の首の後ろに男の腕を回してやる。


「ありがとう嬢ちゃん。おれは栢間につくよ」


返事はしなかった。

もしこの男が裏切るようなことがあれば、責任を持って殺して自分も栢間を去ろう。

一度拾ってしまった命だ。

自分の人を見る目を信じるしかなかい。


「山脈をこえる」

「そうだな、おれもそれがいいと思う」


二人いや、三人は地獄絵図を抜け出して栢間へと歩みを進めた。




「他の追っ手の気配はないな。このまま抜け道を通って栢間まで一気に帰ろう」


ウカイは追っ手の首を馬の上からはねると減速して辺りを見回した。


「はい」


こんな時のために抜け道はいくつも用意してある。


今ここにいるのはココン、ウカイ、アスマ、レイゲン、クロハエだけだ。

途中まで数名ついてきていたのだが、馬を譲ったりして自ら命を捧げたのだ。


ココンは拳を握りしめていた。


「一体どこのどいつが……」


外見からではどこのものか判断がつかなかったのだ。皆ばらばらの格好をしており、使う戦術も様々。


「わかりませぬ。今は一刻も早く栢間に帰り、援軍を送るしかないでしょう」


「そうだな……飛ばすぞ」


彼の一言で馬を走らせる。



(セッカ……)

アスマは列の先頭で馬に揺られる。

先ほどまで自分の前にいた彼女の温もりはもう感じられない。


「くそ」


今まで幾度も修羅場を抜けてきた。

日々鍛錬を積みそれなりに強くなったつもりであった。

だが、今はどうだ?

命令と言えど、自分より年下の娘を戦場においてきたのだ。

確かに彼女を乗せたままココンの護衛には支障が出てしまうが、それくらいなんとも無いほど自分が鍛えていれば、ウカイにあんな合図をさせることはなかったのだ。


(くそっ!!)


アスマはまた馬の腹を蹴る。
















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