第15話

「あの、サコン様。弓ってお寺の中にあるという事でよろしいんですよね」


「はい。ツチカド様が置かれたので確かかと」

「え。ツチカド様は垂本寺にいかれた事があるのですか」


「はい。その時は臣下の皆で止めたのですが。いつのまにかお一人で行かれていたのですよ。あの時は大変な騒ぎになりました」


「へぇ、なら望みがないわけではないのか」


 サコンとセッカ、それにアスマは翌日、龍山に訪れていた。

 サコンはセッカの見張り、アスマは無事に彼女が寺にたどり着けるか見届けに来た(と言ってもセッカは一人で寺までは行かせよと決められたのでアスマは下で待っているだけだが)


「あそこですね」


 セッカが見上げる先には、壁に埋まるようにして建つ寺。


(結構高いが、足場が一つという訳ではなさそうだ)


 セッカは断崖絶壁と聞いて、草木も生えぬ岩肌を想像していたのだが、足場になりそうな凹凸はたくさんあった。


(これなら昼餉には帰れそうだ)


「セッカさん、あそこに見える道がわかりますか? あれを行けば昼過ぎには寺に着くでしょう。……どうかご武運を」


「ありがとうございます。あの、この山のものは採っても平気ですか?」

「? あぁ、もし何かに使うようでしたらどうぞご自由に」


 サコンは突然の質問に首を傾げたが、自己完結したらしくセッカに答えた。


「よかった。それでは行ってきます」

「あ、ちょっと待って」


 歩き出そうとしたアスマが引き止める。


「これ、貸してやる」

「御守り?」


 アスマがセッカの首にかけたのは御守りだった。それもだいぶ色がせている。

 彼も心配してくれているという事だろう。


「あぁ。気をつけろよ」

「ありがとうございます。すぐにお返ししますね。では」


 セッカはそれを胸元に隠すと、真っ直ぐに寺目がけて駆け出した。


「な! お前、道そっちじゃないぞ!」


 そう。真っ直ぐに。

 隣に続く一本道など無視して山を登り始めたのである。


 引き止めようとアスマは山に入ろうとしたが、サコンに止められた。


「いけません。ここからは彼女ひとりでとのことですから」

(……あの阿保女…。何がすぐに返しますね、だ)


 もう全く姿の見えなくなってしまったセッカに思わず心の中で毒を吐くアスマであった。





 そんな彼をよそに、セッカはどんどん先へ進んでいた。


「久しぶりに好き勝手できる!」


 彼女は嬉しそうに山を駆け上がる。

 途中、珍しい薬草を見つけては腰の巾着に詰め、木の実を見つければ一房摘む。


 里とは常に山とある。彼女はその里の生まれで、父親に育てられた。ヒューガとともにいた時は秋から冬は決まって山で暮らしていたので、この地形には慣れていた。


「ふぅ(寺はあそこか)」


 立ち止まって、首が痛くなりそうなほど真上を見上げる。ここからは岩肌がちらほら見える崖になっていた。


 勿論、寺までの道が鉄の鎖で標されていたが、彼女は気にしない。


(登るか)


 凹凸を見極めて足場を選び登っていく。

 途中、どうしても道がない時は手足の先だけでよじ登る。


「しょっと!」


 真っ直ぐ、真っ直ぐ進んで来たセッカはあっという間に寺までたどり着いてしまった。


「うん。絶景、絶景」


 寺から見下ろす景色は素晴らしかった。

 束並の横を流れる大河はまるで海のようだ。


「さて。弓を取って降りるか」


 中に入ってみれば、仏壇の前に弓が供えられていた。


「凄い。なんて立派な弓なんだろう」


 思わず手にとって隅々まで観る。

 黒く艶を放ち、どうやらいくつもの材料が組み合わせてつくられているようだ。

 こんな弓は見た事がなかった。


(傷なんてつけたら大変だ)


 セッカは弓に置いてあった布を巻きつけてから背負う。帰路は弓を傷つけないように、行きより気を遣って山をおりた。


「えっと、確かここらへん」


 山を降りたセッカは、サコンとアスマが待つであろう合流地点についた。


 二人は何やら話しながら握り飯を食べている。


「あぁ、間に合わなかったか……」


 昼餉には降りてくるつもりだったのだが、寄り道をしすぎたらしい。

 彼女の手には丸々太った野鳥が握られていた。三人で焼いて食べようと思って狩ってきたのだ。


「セ、セッカ?! お前もう戻ってきたのか!」


 彼女に気がついたアスマは驚きながらセッカを見た。

 その背中には弓らしきものがちゃんと背負われている。


「あの、よかったら鳥を焼くので一緒に食べませんか」


 セッカは鳥の足を持った左手を突き出した。


「は?」

「え?」


 男二人は驚いた。

 短時間で戻ってきたかと思えば、狩の難しい野鳥を差し出して、一緒に食べないかと平然と聞く女。


 __こいつ、何者なんだ?

 二人とも同じことを思った。



「た、食べませんよね……。すいません、でもやっぱり食べたいので城に帰るのは少し待ってください!」


 返事をしない二人に、そう言い放つと腕をまくり、少し離れた場所で鳥をさばき始める。


「わ、悪い。驚いただけだ。火、起こすか?」

「あ、お願いしていいですか?」

「私も手伝います」

「よかった。皆んなで食べましょう」


 セッカは嬉しそうに微笑むと、手慣れたように処理を終わらせ、三人は肉汁滴る肉にかぶりつくのであった。



「いや、塩を持ってきて正解でした」


 セッカは満面の笑みで肉を食べる。


「もしかして、最初からそのつもりで?」


 はは、と笑って答えを濁すセッカにサコンは度肝を抜かれた。


(どんな精神をしているんだ、この子は……)


 自分にクニの未来がかかっているかもしれないという命懸けの大勝負の時に、昼餉を考えていたなど、普通でない。


「そうだ、さっき山でノイバラを見つけたんです。弓が傷つくのが怖くて採れなかったんですけれど、サコン様、持っていて貰ってもいいですか?」


「え、また山に入るのですか?」


「あ、駄目でしたか? 山まできて何も持って帰らないのはどうかと思ったのですが」


 ノイバラは確か、ココンが好んで食べていた木の実だ。土産に丁度いいと思って場所は覚えて来ていた。


「あ、いえ、駄目ではないです……」

「よかった。すぐ採ってきます」


 セッカが山にまた戻った後、


「ねぇ、あの子はいつもあぁなのかい?」

「いや、俺も初めて見たので驚いてます」


 サコンとアスマがそう話していたのを彼女は知らない。



「サコン様、すいません、本当は木の実を採るつもりだったんですけれど、それを入れる籠ががなかったので、途中で出てきた猪を捕まえてきました」


(もう、無茶苦茶だ__)


「っ、サコン殿……」

「す、すまない。大丈夫だ」


 サコンは山から出てきたセッカが大きな猪を引きずってきたのを見て、立ちくらみがした。


(ツチカド様、あなたって人はどんな子に助けられてるんですか)


 この賭けは始まる前から彼女の勝ちだったのだ、とサコンは悟った。






 その日目撃された、猪を引きずって城に入って行く娘のことは、城下町でしばらく噂されたそうだ__





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