第14話

「セッカ様、若長様がお呼びです」


 朝。気づかぬうちに女中からの呼ばれ方が変わっている。


「今行きます」


 質の良くなった着物をまとい恐る恐る後をついていく。


「セッカ様をお連れしました」

「入れ」


 中にはココンとツチカド、他にも束並の高官と思われる者たちと栢間の守子かみこが控えている。



「朝から悪いな。オレが頼んだんだ」

「いえ」


 一体なんの用で呼ばれたのだろうか。セッカの表情は硬くなる。

 ツチカドは気にせずに続けた。


「セッカ。お前はなぜ森を出てココン殿についた?」


 さて、どう答えるものか__

 もしかすると自分はとんでもない場にいるのではないか?


 彼女は己に集まる視線に内心冷や汗をかく。


(一体私が来る前に何があったというんだ?

 ……落ち着け。この人の前では繕った言葉などいらない)


 たった十日の仲であったが、この男の人柄はわかっているつもりだった。



「それが私の天命であるからです」


 彼女の答えは簡単だった。

 しかし、羅仙らせんの森へ導かれた男にならわかるだろう。彼女の言う天命とは胡散臭い例えなどでは無く、誠に与えられたものだということが。


「天命__そうか」

「はい」


(彼はわかっているはずだ)

 セッカは信じるしかない。



「それはなんと?」

「ココン様をお助けするようにと」

「ほぅ」


 ツチカドは顎に手を置いて何か考える姿勢になる。


 それを静かに見守るココンは自分を助けるとはどういうことなのか、セッカに問いたいが、沈黙を守った。



(ふむ。羅仙の神森かみもりからの使者がそう言うか……。ちと試してみるか)


 ツチカドは何かを思いついたらしい。


「ならばその心意気がどれほどのものか見させてもらおう。命の恩人であるそなたが、そなたの天命である長に命をかけるのであれば、我も背を任せよう」


 厳粛たるその語りに、セッカの背筋は伸びた。


(つまり私が、この同盟を結ぶかどうかを決めるということか__)


「私にできることであれば、喜んでいたしましょう」


 返事を聴き満足そうにツチカドは笑う。


「そうか。サコン、龍山りゅうざんに彼女を案内しろ」

「! ツチカド様、もしや」


 ツチカドの側近は顔を青くした。


「あぁ。……セッカ、そなたにはこれから龍山の崖に建つ垂本寺すいほんじにある弓を取ってきてもらう。それができればそなたの勝ちじゃ」


 その瞬間、今まで沈黙を極めていた束並の高官たちはざわめいた。


(龍山の垂本寺すいほんじ……)


 セッカも噂は聞いた事があった。

 断崖絶壁に建てられた寺。

 そこに一本だけ続く道は決して険しくはないが、とても狭く、その高さと恐怖で辿り着くのには度胸がいる。

 いや、険しくはないとはいったが、遥か昔に造られたというので、歩く道すらあてにはならないだろう。


(ふぅ、毒見をしなくていいときたら、次は山登りか……)


 セッカは笑った。


「謹んでお受けいたしましょう」


 やる以外の道などないのだ。



 セッカは一日の猶予をもらい、準備に取り掛かった。


(動きやすい服が欲しいな。それと縄も一応持って……)


 足りないものはツチカドが用意してくれた。


「セッカ様、龍山に行かれるとは本当ですか!」


 女中に泣きつれて、どこかの誰かさんを思い出す。


「はい。夕餉には戻れるように頑張りますね」


 明日の朝一番に龍山に向かう。距離はそう遠くないので弓さえ持ってくれば早く帰れる。


 山に行くのであればついでに薬草でも取ってくるか、など本人は悠長に支度をしていた。


「セッカ、いるか?」

「はい」


 昼餉をとって部屋で休んでいると外からアスマの声がした。


「どうかされました?」

「どうかって……。大丈夫なのか?」


 彼は心配そうにセッカを見下ろす。


「まだ垂本寺がどのようなものか見ていないので、よくわかりません」


 セッカは正直に答えた。


「俺も色々聞いて回ったが、まさしく断崖絶壁、あそこには世を悟った僧ぐらいしか行かないらしい」


「そうなのですか? ではなぜツチカドどのは弓を取ってこいと言うのでしょうね?」


「いや、そうじゃないだろ……」


 呑気にほかの事を話し出すセッカにアスマはため息をついた。

 ふと廊下から足音が聞こえ、そちらを振り向いた。


「アスマ、何してる?」

「ウカイさんか。ちょっと様子見を」


 そこにはウカイがいた。


「そうか。話してるところ悪いが、娘、ココン様がお呼びだ」

「はい」


 次に案内されたのは、ココンの泊まる部屋であった。


 何故呼ばれたのか、この状況でわからないわけはなかった。


「娘、お前の言う天命とはなんだ」


 本人に話す日がこんなに早くやってくるとは思っていなかった。聞かれなければ黙っているつもりでもあったのだ。


「少し、私の昔話をさせていただくと______」



 彼女は、自分が川に流されて死にかけていたところでカミの声を聞き、キヌガに占ってもらい『カミの子』がココンであるとわかり、神聖な森を出て仕えに来たことを話した。


「カミの声、か……」


 話を聞き終えたココンはそう呟いた。


「それでお前はわたしに命を懸けるというのか?」

「はい。私は誰になんと思われようが、天命の為ならば命も惜しくありません」


 それはつまり、ココンがカミを信じれなくても構わないという事であった。


「そうか」


 ココンの目はセッカをはっきり捉えていた。



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