第13話
大広間に集められた栢間の一同は、束並のものと酒を飲み交わし、宴は盛り上がっていた。
「はっはっはっ!」
「そうか!あんたもそう思うか!」
男たちは顔を赤く染めて楽しそうに騒いでいる。
(酒ってやっぱり薬だよな)
セッカは端の方で料理をつつきながら、冷静に場を眺めていた。
男同士で語り合っているもの、美人な女に酒を注いでもらいさらに頬を染めるもの、と様々だ。
一つ段が高くなった場所で長と将軍様も酒を酌み交わしているが、遠目で見てもココンは自制しているように見える。
ウカイとアスマ、クロハエ、レイゲン、つまりは
その証拠にどれだけ騒いでも決してその場を動いてはいない。
対する束並の将軍は先程から何杯も酒を飲んでいるが、顔色ひとつ変えない。
ばち
セッカはふとこちらをみた将軍と目があった気がして、慌てて顔を伏せた。
(今、目があった?)
クニの頂点に君臨するものと目を合わせるなど罰当たりな、とツミがいれば叱られていただろう。
今顔を上げて、もし将軍がこちらを見ていたら……
セッカは嫌な思考を紛らわすために、目の前に並んだ果物に手を伸ばした。
「セッカさん! お酒は飲まれます?」
頬が少し赤くなった女性がお酌をしようとセッカの元まできてくれる。
よく見てみれば、彼女はいつもお茶に誘ってくれる女中であった。
「え、私は女ですが」
「ふふ、いいじゃないですか。わたし、あなたにお酌がしたくてこの係をとったんですよ?」
艶やかに微笑む彼女に何も言えず、酒を注いでもらう。
「ありがとう」
一口飲んで笑えば、目の前の女性は片手で顔を隠してしまう。
「あの、どうか?」
「いえ、いえ! なんでもありません。あぁ、どうしましょう、わたしったら……し、失礼します!」
手に隠された顔は薄っすら桃に染まっていた。
「セッカさん、あたしからもお酌させてください!」
「あ、わ、わたしも!」
「な、私が一番よ。セッカ様、どうぞ」
「ちょっと……」
それを見ていた他の女たちは、出遅れまいと次々にセッカの名を呼ぶ。
「え、ちょ、ちょっと……」
彼女はたぷたぷと注がれていく
それを見かねた男たちは、「これはとんだ女ったらしがいたもんだ」とがはがは笑ってる。
(お、女ったらしって、私のこと?!)
今までそんなことを言われた事がなかったので、思わず
セッカの周りに女の人だかりが出来たのを目に入れたツチカドは感嘆の声をあげる。
「ほほぅ、ココン殿の家来には女を寄せる女がいるか! はっはっはっ、実に愉快。名はなんと申すか?」
「あぁ、セッカですか。あれはよく働くと栢間でも評判のある女中です」
(“セッカ”?)
その名を聞いたツチカドの熱は一気に冷める。
「なぜ、気づかなかった……」
「? ツチカド殿、どうかされたか?」
茫然とした表情で腰を浮かせ、立ち上がるツチカドにココンは首を傾げた。
彼はそのまま段を降りて真っ直ぐに女だかりに歩いて行く。
将軍が通る道は自然と開かれ、男のお出ましに気がついていないのは彼女たちだけだ。
「セッカさん、ほら、こっちも!」
「わ、私はもう…」
ツチカドの耳にはひとりの声だけがよく聞こえる。
(さっき顔を合わせた時、懐かしい気がする訳だ)
「セッカ__
オレを覚えてはおらぬか」
セッカは低い声に名前を呼ばれてそちらを振り返る。
声の主を目の前に捉えた彼女の瞳は大きく開いた。
「あ、あなたは……七年前の」
そこまで言うか言わないか、ツチカドはセッカの脇に手を入れて、座っていた彼女をそのまま視線まで持ち上げた。
「わっ」
「やはり、セッカか!! 大きくなったな!」
その瞬間、会場にはどよめきが走る。
「え、あの、将軍様……」
「え、ど、どういうこと?」
セッカを下ろすと、次は頭をぐりぐりと撫で回す。
「もう会えないとばかり思っていた。いつ外へ?」
「二年ほど前に」
「そうか。仙人は元気にしていたか?」
「はい。変わりなく」
彼のいう仙人とはセッカの師匠キヌガのことである。
ツチカドは、セッカが森にいる頃に傷だらけで迷い込んできた二人のうちのひとり。
腹に深い傷を負っていたのにも関わらず、山を越えようと歩いていたところで気を失ったと話していたことを、セッカはよく覚えていた。
「おい、皆よく聞け。この娘はオレの命の恩人だ。丁重にもてなせ!」
「御意!」
「それと、酒を足せ! 今日は呑むぞ!」
「はっ!」
セッカは壇上にまで連れていかれ、どんどん豪華な食事を出される。
「え、わ、私こんなには!」
「いいから、いいから。将軍様の恩人様なんて、神さまみてーなもんさ。あんたは好きなようにしなされ!」
料理を運ぶ男にそう言われる。
(ど、どうしたものか……)
正座のまま、あたりを見回せば栢間のものたちが目をまん丸にしてこちらを見ているのが目に入る。
「なぁ、娘よ」
セッカは、ぜんまい人形のように音を立てて首をそちらに回す。
「コ、ココン様……」
(ひぃ、なぜこのお方と同じ壇の上にいるのかっ)
すぐ下にはウカイもいる。
「お前はいつツチカド殿とあったのだ?」
「七年ほど前に……」
「どこで?」
「ら、
正直に答えていくより他はない。
セッカは自分の行く先はどうなってしまうのか、心配になった。
そこで何やら指示を出してきたらしいツチカドが遅れて登場した。
「いや、まさかなぁ。あの時はまだオレの腰ぐらいの背じゃなかったか?」
「もう少しあったと思いますよ。ツチカド様が森を出なさったあと、さらに伸びました」
昔話しは些細な事から始まった。
「私、あの時はあなた様がどんな身分の方が存じなくて。ご無礼をお許しください」
「何、セッカが謝る事はない。オレはお前さんに感謝してもしきれないんだ。きっとあのままだったら、オレはあそこで死んでいただろう」
セッカはツチカドを見つけたときのことを思い出した。
その日は、夕餉の獲物を捕まえようと少し森の奥まで狩に出かけていた。
野鳥を二羽捕まえ血抜きをし、小屋まで戻ろうとしていた時、血塗れで倒れる彼を目撃したのだ。
腹の傷はひどく、急いで止血をして師匠を呼んで二人で運んだ。
「いえ。あなたが無事でよかった。傷の方は大丈夫でしたか?」
彼女はあの傷で、たった十日しか休まずに森を出ていった男のことが気がかりだったのだ。
「あぁ。あそこは不思議だな。君たちが手当てしてくれた傷はあの後すぐに塞がった」
「それは良かった」
「まだ感謝したい事がたくさんあるんだ。傷もそうだが、あの後仙人に言われたとおり進めばオレはここを治めることができた。
本当は礼をしに羅仙に行きたかったのだが、機会がなくてな。すまない」
「そうでしたか……」
まさか、自分が助けた男が一国の長になっているとは思ってもみなかった。
宴も後半だったので、ツチカドは話し足りなさそうではあったが一度お開きにする。
セッカは新しい部屋に案内され、手厚くもてなされた。
羽毛がたっぷり詰まった布団に身を許すが、なかなか眠りにつくことができなかった。
(私、ココン様の邪魔をしてしまったのではないだろうか……)
しかし、あの状況を自分で回避することができたかと言われれば、否。
過ぎてしまったことは仕方ないので、考えないようにして目を閉じるのであった。
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