第12話
本当はすぐにでも同盟の話を切り出したかったのだが、将軍はそれを拒むように次から次へと、会話を転換していく。
今も束並の職人がつくる弓を見せようと話を持ちかけ、明日にでも共に行こう、と予定をたてられてしまう。
将軍、ツチカドは勇ましい
七年前に戦にあれた束並をその手で平定し、今は豊かさに人も移り住むというほどクニをまとめあげた男は纏う空気も一味違う。
その男の前では神童と呼ばれる若長、ココンも小さく見えた。
(何もできないで終わるわけにはいかない)
ココンは長といえども、まだ三十もいかぬ青年だ。歳のせいで舐められることは今までにもあったが、その頭のきれの良さで切り抜けてきていた。
(ツチカド殿はわたしを試している。使える小僧かどうか__今は彼に付き合おう。わたしとて彼から学ぶことがあるはずだ)
会話の途中、ココンは意識を改めた。
(同盟の話は、わたしが認められた後だ)
顔つきが変わったことに気がついたツチカドは、小さく口の端しをあげる。
(ほぉ、いい顔になった。切り替えが早いな)
それから、ココンはツチカドで見せられるものを熱心に観察した。
全てを自分に取り込もうとする姿勢は、ツチカドに好印象を与える。
(ふむ。そろそろ話を聞いてもいいか)
ツチカドは自分が優勢だということを重々にして理解していた。
まだ自分の半分ほどしか生きていない若造と同等の条約を結ぶとのかと初めは思っていたのだが、なかなか骨のある小僧であった。
自分の立場を理解し、感情に流されることなく受け入れることは、位が高いもの程できない。ツチカドはそれを身を以て知っていたので、ココンにさりげなくカマをかけていた。
「さて。それでは話を聞こうか」
四日の昼、やっとココンはその機会にありついた。
*
「んん、美味しい!」
念願のお萩にかぶりつくのはセッカである。
「そうだろう? 束並のはぎといったら、もちもちしたコメと、あずきの程よいこの甘さ。甘いものが好きな子にはたまらんだろう?」
「はい! この、ちょっとした塩っけもたまりません」
「だろう!」
亭主と何故か意気投合して、会話を弾ませているともう一つおまけしてくれる。
「ありがとう、味わって食べるよ」
「おう。また来な!」
セッカは城下町をひとり、ぶらぶら散策していた。
長と将軍は、ふたりで出かけることが多いと聞く。同盟の話はどうなっているのかよくわからないが、まだここを発つ日が発表されていないのでもうしばらくお世話になるだろう。
彼女は十分、束並を満喫していた。
栢間にいるときほど自分のすべき仕事はなく、終わると従者に開放された湯殿に行く。少し濁った湯には色々な効能があるらしく、なんだか肌の調子が良くなった気がした。
町におりれば隅々まで足を運ぶ。
使い所のなかった給料が貯まっていたので、好きなように使った。
もちろん、綺麗な細工が施された簪をイアに買い、薬を買ってくれた他の女中の為にも紅を買った。ツミには何を買うか悩まされたのだが、珍しい匂いの香を見つけた。
(あぁ、ひとりでこうしているのもいいな……)
旅していた時を思い出して、そんなことを思った。自由気ままに見て回るのは、楽しくて仕方ない。
(そろそろ戻らなくては)
でも、こうして城に入れるのも栢間に仕えたからできることだ。
(悪くはないか)
どうにも平和ボケしそうであったが、これはこれでこの生活が気に入っているセッカであった。
*
「ココン様……」
ウカイはためらいながらも主人に声をかけた。
「あと一押しなんだ。あの方も同盟の重要性についてはわかってくれている筈なんだ。あとは彼の決定打となる何かさえあれば……」
ココンは腕を組んで唸った。
交渉はいいところまできている。
しかし、なかなかあの男を頷かせる事が出来ないでいた。
(ツチカド殿は迷っておられるのだ……)
決め兼ねている。
これが、一番今のツチカドをあらわす簡単なことばであろう。
「……」
必死に知恵を絞る主人に、ウカイも何か出来ないかとは思ったが、思いつくことは無かった。
「ココン様、レイゲンです」
「入れ」
襖の向こうからの守子の声が少しの沈黙を破った。
「どうした」
「はい。ツチカド様から今晩は大広間に皆を集めて宴でも、とのことです」
「わかった。用意しよう。皆にも伝えておいてくれ」
「はっ」
レイゲンはすぐに部屋を後にする。
「宴か。なんならひとつ剣舞でも舞うか?」
レイゲンがしめた襖を見て、ココンは言った。
「それはやめた方がいいかと」
「……冗談だ」
真面目に答えたウカイに苦笑いで返すのだった。
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