第11話
「もうすぐだ」
背中から声がかかる。
目の前には懐かしい
「(いつ見ても)立派……」
「そうだな。……うまくいくといいんだが」
最後のは同盟に対してのことであろう。
それくらいはセッカも心得ていた。
出迎えに来た使者に案内され、一行は堀で囲まれた平城へと入る。
彼女も城に入ることは初めてなので、じっと建物を見回す。
中に入るとココン等は丁重にもてなされた。
「セッカさん、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
こちらの女中はセッカにも寛容だった。
地下から湧き出た湯殿に案内され、服も洗う間に着る新しいものを用意してくれる。
(毒見の女中ごときに申し訳ない……)
しかし、旅ではろくに水浴びもできなかったので、願ってもみない申し出だった。
(気持ちいい)
温かい湯を浴び身体をほぐせば、気分もすっきりする。
今は昼過ぎ。
セッカは束並の女中に取り合って仕事をさせて貰うことにする。身分の低い彼女が何もしないではいられないないのだ。
「持ちますよ」
重そうに荷物を運ぶ女性から軽々しくそれを受け取り、てきぱきと運ぶ。
「セッカさんは力持ちなのですね」
女中は重石をしてもびくともしなさそうなセッカに驚く。
「はい。また重いものがあれば使ってください。いつでも運びますから」
「まぁ……」
目の前の女中は爽やかに笑う彼女に頬を染める。
セッカは美少年を思わせる女だった。肩にかからないくらいの髪を後ろで低くひとつに結い、暗い色の着物を着れば中性的な印象になる。目にある
そして女性に優しく接するので、実は栢間でも極一部から人気があることに本人はまだ気がついていない。
別段背も高くない彼女を男らしく感じさせるのは、長い間武術を学んでいるからだろう。
周りにいた女たちも思わずそちらを振り返ってセッカに視線を奪われる。別にそちらの気があるわけではないが、それでも何かが惹きつけるのだ。
束並の城の女たちには、他国から来た彼女はさらに珍しく映るのだろう。
「セ、セッカさん。よろしければ後で一息つきませんか?」
「え? 良いのですか?」
「はい。ぜひ!」
どうやらここに来て無自覚の女ったらしが目覚めてしまったらしい。
皆ほとんど自分より年上なのだろうが、セッカさん、セッカさん、といつの間にか引っ張りだこになっていた。
(私、何かしたかな……)
肝心の彼女はあまりにも重宝されるので不思議に思うのであった。
「セッカさん、そろそろ将軍さまと若長さまが会談を始めるそうですよ」
「もうそんな時間ですか。それはどちらの部屋で?」
「わたしが案内します」
セッカは部屋まで案内してもらうと、ウカイの姿を見つけた。
彼がいるということは近くにココンもいるのだろう。
「あぁ、お前か」
「もう始まってしまいましたか?」
セッカは焦った。何かあれば呼ばれるだろうと勝手に思っていたのだが、それは間違いだったのだろうか。
「いや……。娘。今回、この城にいる間、毒見をしなくてよくなった」
「え。それでは……」
「お前は女中としてだけここにいなさい」
「か、かしこまりました」
「よかったな」
(“よかった”か……。本当にそうなのか?)
ウカイの言葉に何も口に出さず、一礼してから部屋から離れる。
突然のことで理由が知りたかったが、もう決定事項だ。セッカは言うことを聞くしかない。命令されたことにそれ以上の理由など必要ないのだ。
「セッカ?」
「アスマさん」
その先でアスマとすれ違う。
「いつもと服の色が違うから一瞬誰だかわからなかった」
そう言われて、彼女は自分の服に視線を落とす。
束並が用意してくれた服は青に染められている。栢間で女中に支給されるものは、桃色であったので全く色が異なった。
「そう言うアスマさんも。よく似合っていますよ」
彼が着ているのは、束並特有の形の着物だ。袖は腰まであり、丈は足首が少し見えるくらいの長さだ。筒のような作りで、帯で腰を締めている。
「いや、どうにもこれだと動きづらい」
栢間では、束並の着物の腰より下が動きやすいように大きく裂け、その中には軽くて動きやすくするために改良を重ねられた袴を履く。
いま着ているものは脚の動きが制限されるので、動きにくく感じるのは当然だった。
「もしかして、毒見のことはもう聞いたか?」
セッカが歩いてきた方向を見て、アスマは尋ねる。
「はい。まさかしなくていいと言われるとは思いませんでした」
「俺もだよ。なんでも向こうの将軍様がそんなものは必要ないとおっしゃったらしい。ココン様も今から同盟を結ぼうとするクニに信頼をみせたいと踏んだんだろう」
(なるほど)
思いがけず理由を知ることになり探る手間が省ける。
「しばらくここに留まるだろう。城の見張りに札を貰えば城下に下りていいそうだから、合間を見つけて行くといいよ。あまり長くは行けないと思うけれど」
「本当ですか! ありがとうございます」
それを聴くとセッカの顔はぱっと明るさを増す。
(じゃあ、お萩を食べに行って、お土産を買おう!)
「ほどほどにな。俺たちも仕事があるから気にかけてやれないが、女中とうまくやるんだよ」
「はい。みなさん良くしてくれるので大丈夫です」
「じゃあ」
彼女はアスマと別れてから、彼が自分を探していたのだということに気がついた。
(わざわざ言いに来てくれたのか。彼も忙しいから、これからはそんなに顔を合わせないだろうな)
女中としてここに置かせてもらうので彼ら武人と、生活は似ても似つかない。
(せっかくの機会だから、色々やらせてもらおう)
特に待遇が悪いわけではないので、自分は自分のことだけ考えてこの城にいよう、と決心するのであった。
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