第10話
町を抜けてから半日が経っていた。
気候は穏やかで、たまに吹く風が心地よい。
(天候まで味方につけるのか。さすがはカミの子だ)
前で特別な馬車に座っているであろうココンを想像する。
がたごと、と音を立てながら進むそれは二頭の馬で引かれているが、彼の乗る部分には揺れないように細工がしてあるとアスマが教えてくれた。
さすが、「
一時、休憩をはさみ、木が点々と生える草原をはしれば、あたりは暗くなってきた。
先回りして野宿の準備をする隊と合流する。
セッカもその場所についてからは、アスマと別れて下男に混じった。
中には見知った顔もいたので、彼女は安心した。
夕餉になるとココンは守子と共にひとつの鍋を囲んだ。
旅ではお
(それもそうか、彼もまだ二十六の男だ。孤独を悟るのは、師匠くらいになってからだよな)
セッカは自分の木でできた器に、雑炊をよそってもらうと、ひとり、木の下でそれをすすった。
ここでは、毒見など必要ないということは言われなくともわかっていた。
片付けを終えれば更にすることはなく、皆も就寝に入っていく。
ココンの為に張られた天幕にはレイゲンが付いていた。
セッカは、天幕から少し離れた場所に座った。膝を折り、腕で抱え込むようにして小さくなる。短剣の一本を袖に隠し持ち、彼女は瞳を閉じた。
こんな場所でセッカに手を出す者など誰もいやしなかったが、近づくものもおらず、ぽつんと一人取り残されていた。
だが、そんな彼女を気にかける者はいた。
(もっと近くに来て横になればいいのに)
アスマはココンに言われたように、紅一点のセッカを見守っていた。
端の方で小さく丸くなった少女に声をかけようかと迷ったが、あらぬ噂をたてられるのも面倒だ。彼は、彼女が助けを求めるまでは特に何もしなくていいか、と放っておくことにした。
野宿を繰り返すこと三日目。
今日が最後になるだろう。慣れてきた外での給仕を終えて、セッカは自分の背を任せる木に寄りかかる。
これまで慎重に旅を進めてきたが、だいぶ
疲れのたまる旅の後半戦もあと少しの辛抱で終わる。警護たちは、嬉しそうに話しながら今日の夕餉を平らげていた。
(明日には束並か。そろそろ体を伸ばして寝たいな)
セッカは旅の途中では、身体を伸ばして寝るようなことはしない。寝るのも人より短い時間で足りるので、目が覚めてからはじっと気配を探るようにしている。
自然に置かれれば、いつなん時でも警戒を怠ってはいけない。気を抜いていては、気づかぬうちに死んでいるかもしれないのだ。
キヌガと暮らしたあの森もたまにだが、小屋のすぐそこを腹を空かせた獣がうろつくこともあった。
『迷ったら死ぬ、やらなければ死ぬ、弱いものが死ぬ』
いつか父に言われた言葉は、いつも頭の中で反芻する。
己が生き物としてこの世にいるかぎり、生き残るためにはこれが全てであった。
(何か、来る)
微かに吐息が聞こえる夜。
セッカは瞳を開き、ゆっくり腰を浮かしてその場を振り返る。
手には短剣をいつでも抜けるように構え、そのままぴくりとも動かないで、林の奥を見据えている。
アスマがいち早く、彼女の行動に気がついた。彼も守子。人の動く気配には敏感であった。
(なんだ……何かに警戒している?)
彼も彼女の見ている方向に目を凝らすが、何も見えない。
「どうした」
ただならない雰囲気を醸し出すセッカに近寄り、小さく声をかける。
「何か、来ます」
アスマは、はっとしてセッカから林へ視線を移す。
(何かいるな)
決してその目で相手を捉えた訳ではなかったが、彼の六感がそう訴えていた。
「目の届くところにいろ」
一言告げて、アスマは寝ないでココンの番をしているウカイと目を合わせ頷くと、腰の長刀に手をかけた。
ザァアーー
一陣の風が吹き抜ける。
「グゥワァン、ワァンッワンッ」
「山犬だっ!」
アスマは初めに襲いかかってきた一匹を薙ぎ払う。現れたのは、口からよだれを垂らす山犬だった。
警護たちも慌てて身を起こし加勢する。
数は少なかったのであっという間に犬たちは生き絶えた。
きっと食べ物の匂いに寄ってきたのだろう。
セッカはアスマの一番近くで山犬退治を見ていた。
(全く無駄がなかったな……)
セッカを気にしながらも、次々に刀を振るう彼にはまだまだ余裕があった。
「大丈夫か?」
「はい」
木の下で待機していたセッカにアスマは声をかける。
「そうか。それにしてもよく気がついたな」
彼はセッカの身を案じてはいなかった。
それもそうだろう、あの程度自分の見える範囲にいる者くらい簡単に守ることができる。
そんなことより、彼女が自分より早く異変に気がついたことのほうが気になっていた。
「勘、ですよ」
「勘? どこからくるかもわかっていたのにか?」
「アスマさんも気づかれていたでしょう?私は森に近かっただけですよ」
アスマはますます眉間にしわを寄せる。
彼のそれは、守子になる以前の幼い時から積み重ねた経験によるものだ。
彼女と同じ勘で済まされては納得がいかない。
不服そうなことを察したのか、セッカは付け加えた。
「それと、匂いですかね。少し獣の臭いが強かったので」
「匂い、か……確かセッカは鼻が効くんだったな」
「はい」
「そうか」
どうやら納得したらしい彼に、セッカはほっと息をついた。
別に隠している訳ではなかったのだが、自分がそれなりに武術ができると知られたら、このままではいられないかもしれないという不安があり、そういう話は避けているのだ。
すっかり目が覚めてしまった彼女は、血の匂い漂う森でじっと朝を待った__
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