第9話
十二日。それはあっという間に過ぎ去る。
セッカはその日、いつもと同じように早く起きて厨房を手伝っていた。
「ほらよ」
仕事終わり、オコゼはセッカに巾着を渡す。
「これは?」
「乾燥させた果物が入ってる。旅の途中にでも食え」
中を覗くと木の実やらなんやらが、ぱんぱんに詰まっていた。
「こんなにたくさん……。ありがとう、オコゼさん」
「いいってことよ。早く戻って、また厨房を手伝えよな」
「はい」
セッカに門出の品を渡すをするのは、オコゼだけではなかった。
「セッカ。これ、みんなから」
「えっ、みんなって……」
イアが差し出したのは、薬の匂いが漂う巾着。中には解毒薬もあった。
「こんな高価な薬、受け取れないよ」
セッカは困惑した。
いつの間に用意したのだろうか。
「女中のみんなで出し合ったのよ。それに、ツミさんが沢山だしてくれたの」
「ツミさんも?」
あまりそういうことをしなさそうな、年老いた女中を思い浮かべる。
「うん。みんな、セッカのこと大切な妹みたいに思ってるの。……無事に帰ってきて。これは私から」
イアは青と紺、銀、など美しく編まれた組紐をセッカの腕に巻いた。
「ごめん、私、何も用意してないよ」
「いいのよ。お土産楽しみにしてる」
最後に熱い抱擁を交わし、セッカは暮らし慣れた大部屋を出た。
ココンの朝餉に向かうと例のごとく、毒見を終わらせる。
「娘、持ってけ」
ぶっきらぼうに言われてウカイに渡されたのは、いつか没収された自分の剣が二本。
「良いのですか」
危険物としてとっくに処分されたと思っていたセッカは、思わず聞いた。
「あぁ。……形見か何かか?」
「はい。父と母の……」
受け取りながら答える。
「もう、触れることは無いかと……」
セッカは二つの剣を抱え込んだ。
その様子を見たココンとウカイは顔を見合わせた。女中の出身などいちいち気にすることがなかったので、初めて聞く娘の悲話に驚いたのであった。
「ありがとうございます。精一杯、努めさせていただきます」
腰に二本の短剣を差し、セッカは
「うん。わたしのために頑張ってくれ」
__忠義な娘だ。
ココンはまっすぐな瞳を持った毒見役の娘に感心した。男であれば、いい警護になれただろう。
(惜しいな)
彼は、よく働くという評判も耳にすることが少なくないセッカを、出来るだけ気にかけてやれ、と
何しろ、今回の旅に女は彼女だけなのだ。
「君はアスマの馬に乗れ。大事な毒見役が途中で死んでは困るからな」
優しいんだか、嫌味ったらしいんだか。ウカイはセッカにそう告げると、自分はさっさとココンの側に行ってしまう。
セッカは目の前にいる自分より少し年上にみえる、アスマという名の守子を見た。
「ウカイさんはココン様以外に興味がないんだ。気にすることはない。俺はアスマ。君は?」
彼らは守子だ。自分たちの主人以外を気にかけるなど、面倒でしかないだろうに。しかし、どうやら彼には嫌がられてはいないらしい。
「セッカと申します。ご迷惑をおかけします」
「セッカか。そんなに堅っ苦しくなくていい。俺も元は町の子だ」
アスマは気さくな青年だった。
心底、彼と一緒の馬でよかった、と思うセッカであった。
「馬は初めてか?」
「いえ。乗ったことがあります」
言ってから、セッカは自分の失言に気がついた。
(もしかして、乗ったことがあるというのはまずかったか? でも嘘をついて、乗り慣れていることを見抜かれるかもしれないし。
あ、もしかすると乗れるんだったら、違う馬に乗れと言われる?
いや、だからと言ってこんな娘に与える馬なんてないよね?)
「そうか。でも、今回は長旅になるから何かあれば言ってくれ」
「はい」
どうやら杞憂だったらしい。
(なかなか骨が折れるな)
栢間の長の守り手と共に行動するには、迂闊な言動はしない方がよさそうだった。
二人で馬に乗ることなど、父ヒューガと以来だったので、自分の後ろに乗るアスマに一瞬どきり、とする。
父とは違う、鍛えられた身体をもつ青年にセッカはなんだか気後れしてしまった。
考えてみれば、こんなに男性と近い距離に長時間いることは初めてだった。
(……こんな人がこの世にはたくさんいるんだ。やっぱりお宮にいても、もう少し鍛錬しておくべきだった)
自己嫌悪に浸ってはいるものの、彼女は女中として人一倍働き、人知れず身体が鈍らないように鍛えていた。
ただ、やはり実践形式での鍛錬はできないので勘が鈍っていないか、心配になるのである。
彼女の馬は、列の中央、ココンの後ろについた。
お宮から町の入り口まで、話を聞きつけた町衆たちが集まって見送りに来ている。
(師匠。あなたの守っていたクニは温かい場所になっていますよ)
馬に揺られ、見渡す景色をしっかり目に焼き付ける。
彼女がこうして目に入るものを覚えているのは、昔、師に森の外を聞かれてもわからない、覚えていないことを恥じていたからだ。今ではある程度のことは聞かれればなんでも答えられるまで、無意識に脳味噌は働いていた。
(よし。必ずイアに土産を買って帰ろう)
自分を妹といってくれた彼女たちにも何か用意しよう。
セッカの顔に悲哀の色は無かった。
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