第8話

 セッカはいつもと同じように、毒見を行うために長の食卓に向かった。


「毒見に参りました」

「入れ」


 今日も美味しそうに湯気を漂わせた料理が並んでいるが、彼女の鼻は衰えていなかった。

 いや、毒の匂いを嗅ぎ分けるなど元から人のもつ普通の鼻ではない。


夾竹桃きょうちくとうの匂いがする)


 この匂いだとかなり薄められているが、常人(彼女の里では、里以外の人をそう呼ぶ)であれば三日、悪くて七日は寝込むだろう。


(どれだ? どれに入っている?)


 彼女はひとつひとつ、普段より慎重に毒見をした。神経を研ぎ澄ませている分、ココンとウカイがこちらを気にしているのが良くわかる。セッカは己が試されているとみた。



(これか……)


 今回は初めて毒を盛られたときとは違い、小さく一口かじった。


「このおひたしに夾竹桃きょうちくとうの毒が入っております」


 ウカイは問う。

「なぜ夾竹桃きょうちくとうとわかる」

「匂いがします。私の鼻はよく効くのです」


 ぱち、ぱち、ぱち。

「見事」

 ココンは手を鳴らしてセッカを褒めた。

 セッカは慌てて頭を下げる。


「お前を試させてもらった。微量の毒では君に効かないかもしれないが、ココン様にはそれが命取りだ。もしこれで毒をあてれなければ、他の者を出すところであった」


 ウカイはその強面のままでそう言った。


(よかった__)


 首の皮一枚繋がった思いのセッカは心のうちで安堵した。



「ココン様」


 ココンは頷く。


 __まだ何かあるのか。

 セッカは珍しく長と会話を交わしていることを不思議に思った。



「娘、お前には毒見としてわたしと共に束並つばなみにまで行ってもらおう」


「かしこまりました」


 突然の命であったが、次は慌てることなく深々と礼をした。


「出立は十二日後だ。準備はこちらがするから、普段通りに生活しなさい」


「はい」


 他の毒見、いや味見を終わらせ、セッカは自分の夕餉をとりに食卓を退出した。




「いただきます」

 いつも働き回っているので、彼女のお腹は毒見の分では膨れない。


(美味しいっ。今日の汁物は具がたっぷりだ)


 料理長のつくる食事は、差があるもののどれも非常に美味しくつくられており、毎日の楽しみであった。


 しばらくこれが食べれなくなると思うと、束並に行きたくなくなるが仕方あるまい。

 彼女は無意識にいつもより噛み締めて食事をしていた。


「あ、セッカ」


 イアはセッカを見つけると近くに来る。

 耳を貸すようにセッカに顔を寄せた。


「ねぇ、聞いた? 長様、束並に行くそうよ?」


「うん。もう噂になってるんだね。さっき毒見としてついてくるように長様にいわれたよ」


「えぇっ……」

 イアはそれを聞いて、悲痛な声をあげる。


「それが仕事だし」


「だからって、なんでセッカがそんなことをしなくちゃいけないのよ。まだ私より若くて、働き者で、こんなに__」


「ちょっと、イア。泣かないでよ」


 怒り出したと思えば、目に涙を浮かべ始めたイアにあたふたする。

 周りも何事かとこちらを伺っていた。


「だっ、だって……」

「うん。いいから、とりあえず出よっか」


 セッカは残りのご飯をかきこむと、イアの手を引き広間を出た。


「もう、なんでイアが泣くかなぁ」


 井戸の水で手ぬぐいを濡らして絞りながら、セッカは泣いているイアに溜息をついた。


「ご、ごめん。そうよね、セッカのほうが辛いに決まってるよね」


「そうじゃないよ。私、全然気にしてないから。寧ろ、束並つばなみのお萩は美味しいから早く行きたいくらいだよ」


「え?」


 赤くなってしまったイアの目に、手ぬぐいを当ててやる。


「私、毒に強いから平気だよ。もし時間が許されればイアにお土産買ってくるから、泣かないで待っててよ」

「そうなの?」


 自分より年上とは思わせない、可愛らしい友には涙は似合わない。

 セッカは笑った。


「うん。でなければ自分で志願して毒見役になんかならいよ。私だってまだ死にたくないもん」

「……そっか。それもそう、よね」


 落ち着いてきたのか、イアもセッカの笑みに笑い返した。


「ねぇ、束並のお萩は美味しいって?」

「ああ、あそこはきっと土壌がいいんだろうね。とってももちもちしてて美味しいんだよ」


 以前食べたお萩の味を思い出すと無性に食べたくなってきた。

 うん。そう思えば束並に行くのも悪くはない。


「そういえば、セッカは遠くから栢間まで旅してきたんだっけ」


 彼女は友のイアには少しだけ自分の過去を教えていた。


「そうだよ。その時に栄えているクニがあったから寄ったんだけれど、いいところだったよ。ご飯、美味しいし」


「もう。セッカは美味しいものが食べれれば、全部良いところでしょう?」


「はは。わかっちゃった?」



 二人はその晩、月を眺めながら語り合った。


 セッカはイアに毒に強いといったが、旅の途中、いった先でどんなことががあるかはわからない。


 どちらも、もしかしたらあと十日ほどで一生会えなくなるかもしれない、ということを口に出しはしなかった。


 口に出したら、そうなってしまうのではないかと恐ろしかったのだ。







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