第7話

「ココン様、ただ今戻りました」

「あぁ、ご苦労だった。向こうはなかなか手強かったようだね」

「はい__」


 ハマヤは苦虫を噛み潰したような表情で、主人を見上げた。


 彼が差し出したのは束並つばなみからの良いとは言えない内容の文であった。

 ハマヤはココンに命じられ、栢間と束並が同盟を結ぶことに関しての申し出の文を届けにいっていた。


 拒絶ではなかったが言葉を濁した内容が書かれた文に目を通すとココンはウカイに渡しす。


「まぁ、そう簡単にいくとは思っていない。だが、束並つばなみは確実に味方にしておきたい。あそこは米が豊富だというから、これからもっと人が増え、栄えるだろう」


「……はい」


 ハマヤはつい先日までいた束並を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。


 決して外からやってきた彼をぞんざいに扱うことはしなかったが、どうにも守りが堅い。


 あのクニの栢間でいうところのおさは、幾度となく起こった内紛を治めた強者つわものであった。その地のものからは『将軍』と崇められる存在で、戦略に長けているとココンは睨んでいたのだ。



「なに、ハマヤが落ち込むことはない。そうだな……ウカイ、アスマはいつ帰る?」


「七日ほどで戻るかと。まさか!」


 ウカイはココンが何を言わんとしているかわかって、焦りの表情を浮かべる。


「そのまさかだ。わたしは束並に行く」



 ウカイの手に渡った文には加えてこうあった。



 陽と月は交わること無し、しかしその重きは等し。我、待つ。月現れる時。


 ____同盟を結ぶのであれば、我と等しい又はそれ以上の者を寄越せ。いつでも歓迎しよう。



「いつでもいいなら、早い方がいい」

「しかしっ」

「ウカイ。わたしを心配するのはわかるが、こんな機会はそうない。お前もわかっているだろう?」


「罠かもしれませぬ」

 どうやらウカイは認めたくないようだ。


「いいや、少なくともあの男が騙すようなことはしないだろう。あのクニを治めた『将軍』であるなら」


 顔を合わせたことはないが、ココンには確信に近いものがあった。束並の将軍はわたしを裏切らない、という自信が。



「はぁ……あなた様がその顔つきをなさる時は、大抵のことがうまくいくから困る。しかし、油断はなりませんよ」


「あぁ。わかっている。彼が裏切らなくとも他のものはそうとは限らないからな」


 ココンは顔を引き締めて指示をとった。




 *



「ほら、セッカ。あれがハマヤ様だよ」


 セッカはイアに連れられてハマヤの姿をその瞳に捉えていた。

 彼が昼過ぎにお宮に入ったという情報を聞きつけて、別棟にまで足を運んでいた。


「本当に顔が整っているんだね」


 お世辞にもウカイの顔は強面であるので、セッカはかっこいいと思えなかったが、ハマヤの容貌かおは噂どうりの美形であった。


 それにウカイよりも若い。

 ハマヤは今年で二十八になると聞いたが、若長わかおさはそれよりも二つ下の二十六で栢間かしまの長になったのだから、讃えるべきであろう。



「でしょう? あれがあと四人いらっしゃるのだから! いったい前世でどんな行いをされたんだか……。『守子』とはうまくいったものよね」


 眼福、眼福、と手を合わせている。


(あぁ、カミとかみね……)


 セッカはさっさと納得すると、別棟を見回した。


 イアに無理やり引きずられ、初めて仕事を抜け出してハマヤを覗きにきていた。

 このかた十七年、男というものに女としての興味を示さなかったセッカにしてみれば、あまりいい気はしなかったが、こうなったらついでに別棟がどんなものかを見ておこうと思ったのだ。


本宮ほんみやと同じ二階建てか。だいぶ広く感じるな)


 今彼女たちは洗う着物を集めるていで、本宮の西側にある別棟に来ていたが、ちゃっかりハマヤの姿を拝んだイアは、満足そうに別棟を離れようと言った。セッカもそれに頷くと、扉の多いその館を後にした。


「付き合わせて悪かったわね。でも、ああでもしないと守子は拝めないのよ。

 あ、もしかしてそろそろ長様の食事の時間?」


「別にいいよ。別棟の様子も見れたし。身なりを整えなきゃいけないから、先に戻るね」


 イアは忙しそうにその場を去っていくセッカの後ろ姿を見送った。


(そういえばあの子は毎日、あの長様のお顔を拝見しているんだった。それはハマヤ様を見ても別段驚きはしない訳か……)


 ハマヤを見ても、イアが思ったような反応を見せなかったセッカに思わず納得するのであった。



 *



 出立は十二日後。

 粛々と準備が進められていた。


 今度は伺いのために別の使者を送る。


 ココンが束並つばなみに向かう間は、一番の信頼がおける文人のトマリに政を任せ、警備はハマヤに行わせることにした。



「ウカイ、わたしはハマヤとトキヅキ以外の『守子かみこ』と数人の護衛、あと毒見の娘を連れて行こうと思う」


 陣をどう組むか、どうやら今回は少数精鋭で行くつもりらしい。


「毒見役はあの娘ひとりでよろしいですか?」

「あぁ。やりたがる女中などいないだろう? 途中で泣かれるのは一人で十分」

「左様ですね」


 そうこたえると、ウカイは目を細めて何か思い出したような顔をした。


「どうかしたか?」

「いえ。そういえばあの娘からった短剣があったと思いまして」


「短剣? 娘がか?」

 ココンは眉をあげる。


「きっと飾りか、形見か、でしょう。手入れはしてありました」


「なら、渡してやれ。女の剣技など高が知れているであろうし、形見であればそれくらい持たせてやらぬこともない」


 それは毎日己の毒見をする娘に対しての同情だった。


 他国で毒見をさせられる。

 それはこの宮の中での毒見とは全く危険度が違う、なんてことは考えなくてもわかるだろう。



(死ぬかもしれないな……)


 しかし、それは彼にとって必要な犠牲であった。彼女もそれくらいわかって、この宮に上がっただろうし、そう深くは考えなかった。



 それにもし旅の途中に命乞いされようが関係ない。それが毒見の役目である。



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