第6話

 セッカは女中たちだけではなく、お宮全体がそわそわしているように感じていた。


(そんなに凄い人なの? ハマヤ様という方は?)


 なんでも、今晩には例の『守子かみこ』がお宮に到着するらしい。


 彼女はあのあと、守子について調べていた。

 どうやら、今このお宮にいる守子はウカイとレイゲン、クロハエ、の三人。ハマヤとアスマ、トキグシは外に出ているという。


 ココンは奥の部屋で生活しているので、それについている三人も宮を動き回ることはない。


 セッカは毒見役なのでココンの側に常についているウカイとは嫌でも顔を合わせるのだが、他の二人とは同じ宮にいるのにも関わらず、顔さえ見たことがなかった。


 それを仲の良いイアという比較的歳の近い女中に言ってみたところ、セッカはお宮のごく狭い範囲しか行動していないから会わないのだ、ということらしい。


 言われてみれば、従者のへんと呼ばれる宮の雑務をこなす者が生活する部分とおさが食事をとる部屋しか行き来していないので、この宮の全容を把握してはいなかった。



「あぁ、早くいらっしゃらないかしら」

 隣で食器を洗う女中も、浮かれた顔で手を動かしている。


「ハマヤ様ってどんな方なんですか?」

「あぁ、セッカはちょうどあのお方が出て行ってからここに入ったのだったね。女なら見惚れるわよ。私はハマヤ様推しだしね」


 なんとも嬉しそうな顔で言われるので、セッカも想像はしてみるが、全く見当がつかない。


 どうやら女中の間では誰を推すかという議論もあるそうで、井戸端会議もその話で盛り上がっている。


(どんな武術を使うのだろうか)


 セッカにしてみれば、そういった話をしたかったのだが、誰も武術など興味がないので語り合うことはできない。


 先ほどの、従者のへんとはついとなる文武ぶんぶへんという館がある。そこでは長を補佐する、選ばれし文人と武人が職務をこなしている。


 彼らには個人の部屋が与えられ、別棟が用意されてあるのだが、セッカはあの大量な洗濯物がその別棟から発生していることを知るのであった。


 もちろん、従者より位の高い彼らのためにこれまた女中たちが働く。人手が足りない上に、男目当てに文武のへんと別棟に人が持っていかれるので、肝心の本館には女中が足りていなかった。


 女中が文武の官に娶られていくことも珍しくないので、年初めに行われる女中選抜には沢山の女が集まるそうだか、ツミによって振り落とされてしまうらしい。



「ここにいる女中は皆んな優れた人なんだね」一度、イアにそう言ったことがあるが「皆んな玉の輿狙いよ」と笑われたのは記憶に新しい。

 ついでに言うと、セッカは女中の中で一番仕事ができて人一倍働くものだから、仕事が楽になった女中たちがさらにそちらに流れていいると、ツミが嘆いていたそうだ。


 洗い物も終わりセッカは大部屋に戻る。

 女中はいくつかの大部屋で一緒に暮らしているのだ。


(誰もいない……)


 もぬけの殻となった部屋の一番窓際が彼女に割り振られた空間だった。

 気配を探ってみても、この部屋の周りには誰もいないようだ。いつもは誰かしらがいるのだが、全く誰もいないとなるとなんだか、物寂しい。


 セッカは思い直して、せっかく誰もいないのならば、久しぶりに武舞ぶぶでも舞おうかと袖をまくる。


 武舞とはキヌガに教えられた、武術の基礎が詰まった舞だ。

 それは彼が長い年月をかけて身につけた武術が全て組み込まれた、極めて優れた舞であった。剣術、体術、鉄拳、寝技に点穴……彼が八十年で何を学んだのか、それを見れば明らかだった。


 基礎といえど、洗練されたそれはある程度の鍛錬を重ねたものしか舞えないもので、終わりになるに連れて、彼女の額からは汗が流れる。


「ふぅー」


 最後、ゆっくり息を吐き舞は終わる。


(すっきりした。師匠、元気にしてるかな)


 手ぬぐいで汗を拭き、窓から吹く風に当たる。

 セッカたちの部屋は二階なので、下を覗いてみると女中たちが皆、いつもより気合をいれた装いで虎視眈々と獲物を待っている様子が目に入る。

(玉の輿、ねぇ……)

 自分の将来のことなどあまり考えたことはなかった。


 とりあえずきっと自分を生かしてくれたのであろう、カミのお告げのために『カミの子』を探し、その主がいるお宮までたどり着いた。


 なんとなく、ツミのようにここにずっと仕えるのかも知れないとは思ったことはあったが、カミが子を守れというのにはいささか足りないような気がした。


(なにか起こるのか?)


 気になったが、一塊の女中がまつりごとを知ることはできない。




 びゅう、と強い風が吹いた。


 セッカの胸が騒ぐ。それは明らかに、下で眼福を待つ女中たちのものとは訳が違った__


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