第5話

 ちゅん、ちゅん、


 雀が鳴く声が聞こえる頃には、セッカは身支度を整えてすでに厨房を手伝っていた。

 今料理長が作っているのは、従者の為の朝餉だ。

 初めてお宮の料理を食べた時の感動を忘れられず、セッカは暇を見つけては厨房に通っていたのだ。


「オコゼさん。これはイチョウ切りでいい?」

「あぁ」


 通っているうちにいつの間にか、従者用の食事の準備を任されるほど料理長のオコゼとは交流を深めていた。


「おら、セッカ。そろそろ時間だ。運び始めろ」


 いや……今ではいいように使われている。


 従者たちは広間で一斉に食事をとる。

 大きな鍋を配膳台に並べ、準備を整えると次は食器を運ぶ。


 彼女は働き者だった。


 決して嫌な顔ひとつしないので、仲間の女中は思わず嫌な仕事を託してしまうほどだ。しかし、その後は必ず決まり悪そうな顔で仕事に戻るので、いじめられることはなかった。

 それどころか、女中の仕事は女にやらせるにしては大変なこともあり、その時は決まってセッカは手助けをするので皆に好かれた。


 彼女がなぜ懸命に働くのかというと、それは身体を鈍らせないためでもあった。

 一日中忙しく走り回っているので、夜にはへとへとになるが、それくらい身体を動かしておかないと不安になるのだ。


 本当は短剣などで鍛錬をしたかったのだが、ウカイに没収されたまま行方はわからないし、そんなことを宮の中でしていれば、それこそ頭が飛んでしまうのは明らかだった。


 毒見役の方は、あの一件以来これといった毒を盛られたことはない。勿論、それが本来あるべき形なのだが、毒見役としては美味しい料理を食べさせてもらって申し訳ない気持ちになる。

 そんな申し訳なささからなのか、セッカはこっそり、お宮の中で見つけた毒を持つ植物を食べて処理していた。



 お宮での生活にだいぶ慣れてきたある日のこと。


「ねぇ、聞いた? ハマヤ様が束並つばなみから帰ってくるそうよ」

「ハマヤ様?」


 一体誰のことだろうか、首をかしげると仲の良い女中は目を大きく瞬かせる。


「あんた、知らないの? 『守子かみこ』のハマヤ様だよ。今は長様の命で、束並つばなみ三月みつきほど行っておられたんだよ」


「へぇ。『守子かみこ』って?」


「えぇっ。それも知らないでこの宮に仕えにきたの? 女なら誰しもが気にしてしまう彼らの事を知らずに!?」


 そんなに驚かれても、知らないものは知らなかった。

 セッカは羅仙らせんという、栢間かしまから東にだいぶ離れた土地から来たのだ。ここの常識など、キヌガに教わったこと以外何も知らない。

 今の話の中でわかったのは、束並つばなみは昔、彼女が栢間かしまに向かう途中で寄ったクニだということくらいだ。


「もう。いい? 『守子かみこ』というのはね、長様を守るために選ばれた武人の方たちを言うのよ。その中でも、側仕えのウカイ様は『守子かみこ』をまとめる『守主かみぬし』と呼ばれるとても偉い人なの」


「え。ウカイ様、そんなに凄い人だったんだ」


 武術をたしなむセッカは、彼の力量は計り知れないと思ってはいたが、まさかそんなに偉い人だとは思っていなかった。


「『守子かみこ』は何人いるの?」


「ウカイ様の他に、五人よ」


「五人……。少ないね」


「えぇ。長様に選ばれた方しか『守子かみこ』にはなれないからね。きっと見たらびっくりするわよ、みんな美形揃いなんだから」


 ウカイの顔を思いだし、最後の方は聞き流すことにしておいた。


 セッカはお宮に入ってから一年経ちそうな時に初めて、『守子かみこ』の存在を知る。今まで、ほかの官職の者を気にしたことがなかったので、それは新しい一面だった。


(そんな官職があったのか。もし、武人としてこのお宮に仕えようとしたら、私はお宮に入れただろうか?)


 セッカにそんな考えがよぎったが、毒味役としてここに居ることに不満はない。むしろ、自分にしかこなせない事だと誇りに思っていた。


(私、カミの子を守れているかな……)


 ばちん、と顔を両手で挟む。

 弱気な考えでいては駄目だ、と己に喝を入れるのだ。


「よし。今日も頑張ろう」


 セッカは洗濯物がどっさり入った籠を手に、今日も元気に仕事に励む。






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