第4話
「ココン様。ただ今、毒見役を申し出た者が門に現れたそうです。いかがなさいますか」
男は若長に報告する。
「毒見役をか? 変わった奴もいるものだな。自ら死ににくるなど。……中にいれてやれ」
「かしこまりました」
側仕えの者は、伝令役に目で訴えた。
その伝令が門番まで伝えられる。
「入れ。
「はい」
小さな扉から中に入れば、そこは町とは一変した景色が広がっていた。
(これが、お宮か……)
堂々とした大きい屋敷が四角く建ち、その中心には中庭がある。彼女が入った平屋の入り口が正面から少し外れた従者の門で、正面の門を真っ直ぐ見て、中庭を超えた奥には長の居る部屋があるそうだ。
セッカは、一番宮の出口に近い
次に、あの側仕えの者が部屋に入ってくる。
セッカを見定めるように眼光を飛ばしたあと、「娘、ココン様がお呼びだ。後をついてきなさい」と声をかけた。
彼女は、てっきり若長のもとへ行くのだとばかり思っていたが、どうや違かったらしい。案内されたのは女中がいる部屋で、彼はセッカから腰に備えた二本の短剣を取るとその場をさっさと後にしてしまった。
「あ、あの……私、何を」
「あんたねぇ、お宮に入るということは、長様に会うのかもしれないんだよ? もう少し身なりを整えてきなさい」
呆れながらも
「よし。できた。何を思ってここに来たんだか知らないけれど、長様を甘く見ない方がいい。下手するとその首、斬られちまうよ。それと、先程案内してくれたのは長様の側仕えであるウカイ様だ。覚えておきな」
そう、小声で警告された。
「はい。ありがとうございます」
セッカは表情を崩さずに礼を言った。
部屋から出れば、先程短剣を没収した男__ウカイがすでに待っていた。
「来なさい。もうすぐで夕餉だ。君には早速仕事をしてもらおう」
ウカイはその顔に薄い笑みを貼り付けて、彼女を部屋まで案内した。
「ココン様、連れてまいりました」
「入れ」
まだ若い男の声がした。
セッカはキヌガの知識を頼りに長に跪いた。
「面を上げよ。そなたには早速、毒味を頼みたい」
「はい。かしこまりました」
初めて見た『カミの子』の容貌は、大きな目と口を持ち、歳は二十の後半くらいだろうか。しかし、その纏う空気は若いながらも威厳を放っていた。
セッカは、良い香りの漂うのに思わず舌なめずりをする。時に『野生の里』と揶揄される里の出身である彼女は鼻が効くのだ。この時点で毒がどれに入っているかも実はわかっている。
「それでは、失礼します」
取り分けられた皿に乗る、美味しそうな食事に手が伸びる。
パクリ。
(お、美味しい……)
彼女は目の前の食事に夢中で気がつかなかっただろう。
なんの
彼女は最後に残った汁物だけ、一瞬飲むのをためらった。
「どうかしたか」
じっと観察していたウカイは声をかける。
「いえ……。
そう言って、__一口で飲んでみた。
「なっ! 今すぐ吐けっ。今お前、鳥兜と言っただろう」
なぜ一口に飲んだ__驚愕の表情でウカイはセッカの元まで寄り、今にも吐かせようと拳を握っている。
「うわっ。おやめください」
セッカは思わず、その拳を避ける。
「なぜ避ける」
(なぜって……この人に殴られるのは
ウカイは服の上からでもわかるほど、鍛えられた武人であることがわかる中年の男だった。それに殴られてはひとたまりもない。
「落ち着け、ウカイ。彼女をよく見ろ」
主の一声にウカイは、はっとセッカの顔に視線を移した。
彼女は見たところぴんぴんしている。
「どうやら、毒に強いようだな」
ココンは満足そうに、セッカを見つめた。
「はい。これくらいの毒であれば食せます」
「面白い。それなら毒見役にも喜んで志願するという訳か」
はっはっ、と面白そうに笑い、ココンは言った。
「お前、名は」
「セッカと申します」
セッカはハキハキと喋った。
「そうか。これからお前を私専用の毒見役とする。よいな」
「かしこまりました」
こうしてめでたく、彼女はお宮入りを果たすこととなる。
夕餉の後、セッカはまた女中のもとを訪れていた。というのも、『君には毒見兼、女中として宮に仕えてもらう。異論ないな』とウカイに言われてしまえば仕方ない。
セッカにしてみればある程度の毒は効かないので、毒見などただ美味しい食事をつまみ食いするのに等しかった。働いた方が、バチは当たらないだろう。
「どうやら試練を突破したらしいね」
あの女中__名をツミといった__は、セッカを見るとそう声をかけた。
「試練、ですか?」
「あぁ。長様にお近づきになりたい奴が、たまにだが毒見役を買って出るんだよ。だから、死なない程度に毒を盛って脅かすんだが、あんたは大丈夫だったらしいね」
つまりは、セッカは最初から試されていたのだ。
「そうでしたか。そんなことより、ツミさん。これからお世話になります」
ツミは女中のなかでも一番の古株であった。
彼女はそれを知ってはいなかったが、ツミが位の高い信用された女中だと見極め、早々に挨拶をしておくのであった。
「あぁ。今年は数人しか女中の試験を突破した子がいなかったから、ちょうどよかった。頑張りなさい」
ツミは目に皺を寄せて微笑みかけた。
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