第3話
キヌガはセッカがいつここを出るべきかも占った。彼女が十五になる時、この森を抜け栢間に向かう旅にでれば自ずと若長に会うことになる、と彼は断言した。
「それでは、あと三年後にはここをでるということですか」
「そうなるな」
「……」
セッカは戸惑った。ここを出ればひとり。頼れるものなどいないのだ。
「大丈夫だ。お主には強い星がついておる」
「はい……」
その晩、セッカは小屋から出て森の中に座っていた。
__一体この森を抜けると、どこに出るのだろうか。
今までに二度、セッカと同じようにこの森に迷い込んだ者がいた。ふたりとも傷を負っており、朦朧とした足取りでここにたどり着いたらしい。どちらもキヌガと共に看病し、十日と経たないうちにここを去っていった。
ふたりとも、使命があると言って怪我が治らぬまま、この森を抜けていった。
彼らはどうしているだろうか。
たったひとりで痛む身体でこの森を抜けて、向かう先ははたして何が待っていたのだろう。
セッカはぎゅっと瞳を閉じた。
(不安にならないくらい強くならなくては。身体も心も)
次の日から、キヌガはセッカに武術だけでなく、宮で生きるための知恵を与えた。
宮とは長の住む場であり、さまざまな官職が置かれる。彼女がどのようにして長を助けるかまでは占えなかったので、女中として、武人として、自分の知る限りの官職の役目を教えた。
そうしてセッカに教えるうちに彼は、自分がまだ栢間に未練があることに気がついた。
彼が仕えた二代前の栢間の長は、毒を盛られて死んだ。__悔しかった。目の前で倒れる長に対し、自分は何もできない。まだ、刺客が襲ってくるならば、この身を捧げることはできたものの、毒となれば手の施しようがない……
キヌガは眉に深く皺を寄せて少し考えたあと、セッカに切り出した。
「セッカ……お主が一番手っ取り早く長の元に仕えることになるとすれば、それはきっと毒見役であろう」
まだ幼い少女の顔色を伺う。
「それなら、毒をとるようにしています」
予想に反して、彼女はそんなことをいってのけた。それも「流石は師匠、わかっておられる」と嬉しそうに頷いている。
「毒をとるとは、どういうことだ? 一体いつのまに」
キヌガは普段は細く開けられた目を開いて、セッカに問うた。
「もともと、父に毒は適量に摂取しておけと言われておりました。私の里では草に混じって毒草が食卓に並ぶことがありましたから、当たらないように食べ慣れておくのです」
「どんな里だ……それでは安心してものが食えないではないか」
「はい。なので昔から皆毒を食べています。あぁ、だから誰も毒草が混じっていても気にしなくなったのか」
セッカは手を打つ。どうやら、今そのことに気がついたらしい。
「変わった里だな、毒を食すなど」
「そんな大したことではありませんよ。ただ毒を毒として見ていないだけです」
キヌガは心の
「はぁ、お主は何でもできるのだな。心配はなさそうだ」
笑って褒めてやると、セッカはなぜか視線を落とした。
「どうした?」
「いえ。師匠はそうおっしゃいますが、私は十四の娘です。どう頑張っても男の人の力には劣ります。それで、カミの子を守れるか……」
セッカの言うことは最もだったが、キヌガはそれにこそ笑った。
「何をいうかと思えば、そんなことか。お主はそれをわかった上で己を磨いてきたのだろう? 何を今更心配しておる。男どもに負けないように技を覚えたのだろうが」
「師匠……」
彼女は師の言葉に顔を崩した。
「大きくなったな、セッカ。お主は賢い。大丈夫だ」
セッカはキヌガのこの言葉に何度安心させられたかわからなかった。
そして遂に、セッカは十五になりキヌガのもとを離れていった。
あれだけ不安だった外も、一度慣れてしまえば恐れることはなかった。
西南へと自分の足でゆっくり進んでいく。馬を使って急げば十日と少しで着くのだが、だいぶ時間をかけて進んだ。旅の中で色々見て回る。そのひとつひとつが後で役に立つかもわからないからだ。
冬の間は山に身を寄せ、春になればまた歩き出す。
「ここが、
(随分と遠くまで来たものだ)
扇状に町がひろがり、要にあたる部分に宮が見える。
セッカは手始めに町を周り、宿を探した。
「あら、お嬢ちゃん見ない顔ね?」
「はい。遠くから来たんです」
「ひとりでかい?」
「えぇ」
「それはご苦労様。ゆっくり休んでおいき」
見つけた宿の女将は人柄がよく、セッカ相手にも客として受け入れてくれる。
治安の悪いクニでは宿選びは重要だった。どうしても見つからない時は、無理に止まるより野宿のほうが安全だったりするのだ。
旅の疲れが出たのか、その日はすぐに眠りについた。
次の日起きると、セッカは栄えた町を登り宮の近くまで訪れる。
白塗りの高い塀に囲まれ、中の建物の瓦が見える。
(立派だ。白塗りの壁に瓦。このクニは豊かなのか)
思わず佇んでしまうが、門番がこちらを見ているのに気がつき、一礼してからその場を離れた。
「女将さん、私、お
宿に戻ったあと、思い切って聞いてみることにする。
「そうだね……お嬢ちゃんくらいだと、やっぱり女中かしらね。でも、今年の募集は終わってしまったし、残っているのは……、いやこれはお勧めしないわ」
困ったように頬に手を当てる女将に、セッカは食いついた。
「今言いかけた役、何ですか? 私、手持ちのも限りがあるからお宮で働きたいんです」
「でも、ねぇ……」
女将は隣にいた女中に視線を泳がす。
「お願いします」
「いいじゃないですか、そんなに言っているのだし」
「そう?」
女中が女将に口添えしてくれたので、聞き出すことができそうだ。
「今、若長様の毒見役が亡くなってしまってね。募集中なのよ」
「師匠!」と、それを聞いた瞬間、セッカは思わずそう叫んでしまうところだった。
(やりました、師匠。あなたの言う通りでしたよ)
彼女は嬉々としてその宿を出る。
足取り軽くあの門番たちの前まで行けば__
「私を毒見役としてお宮に入れてはくださいませんか」
かしこまって、そう頭を下げた。
門番は耳を疑ったそうだ。
まだ若い娘が、毒見役を申し出るなどこの宮始まって以来、初のできごとであった。
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