第三章 赤毛の少女と神の器。それぞれの道
第35話 レオン流
デミル村が実質バラッグ領から消失してしまってから三日後。
獣車に揺られたレオン達一行は、一路バラッグ目指して進んでいた。
最も、本来であれば優に定員を超える人数を乗せた荷台を引いいているという事もあり、ウィルの休憩に普段よりも多くの時間を使ってしまっている分それほど早い進行という程でもない。
しかし、徒歩での移動に比べれば格段に早いのは確かで、その三日の工程でレオン達はデミル村とバラッグの街の丁度中間に位置する【セクターの町】にたどり着くことが出来た。
徒歩であれば一週間以上は確実に掛かっていたであろう距離である事を考えれば、悪くない進行速度だと言えるだろう。
ただ、その為にウィルの体力はかなり消費してしまった事を除けば……だが。
「ウィル。お疲れさん。よく頑張ったな」
「くぅん……」
気持ちぐったりしたように見えるウィルの頭を撫でながら労うレオンの右手を、ウィルは甘えるように何度か舐めた後、その場でペタリと腹ばいになってしまう。
やはり随分と疲弊していただろうその姿に、荷台から荷物を降ろしていたアンドレも申し訳なさそうな表情でウィルを見る。
「何だか申し訳ないね。僕がもう少ししっかり鍛えていたらウィル君だけに無理をさせることもなかったろうに……」
「いや、アンドレの責任じゃないよ。そもそも、ソニンさんに徒歩で何日も歩かせるわけにもいかなかったし、何よりも俺たちには急ぐ理由もあるから」
「……そうだね」
レオンの足の甲の上に頭を乗せて息を整えているウィルに目を向けたまま、アンドレも頷く。
何しろ、領内の村が魔獣と魔族に襲われて一夜にして消失してしまったのだ。これは教団の事がなかったとしても直ぐに領主に知らせなければならない重要な案件だった。
「それに、街道を進むにしてもソニンさんの格好は目立ちすぎるからな。俺達も含めて身の回りの物を揃えるためにも早めにここに来る必要があったさ」
「確かに。今の状況を考えると僕達がデミル村の生き残りだという事は知られない方が良さそうだからね」
一足先に獣車から降りて身の回りの物を買いに行ってしまった女性陣が向かった先にチラリと視線を向けたアンドレに背を向けて、どうやら少しは回復したらしいウィルを促して、レオンは獣車を引いて宿屋の裏に向けて歩く。
「ともかく今日は休もう。これからの事はギルドと領主様の現状を確認してからでも遅くない………と、思う」
本当にそう思っているのか定かではないレオンの力ない言葉に、アンドレは無言で頷く。
そうして宿に向かう2人の足は、ずっと獣車に乗っていた割には重く、酷く疲労を感じさせるものだった。
◇◇◇
久しぶりのベッドのある宿泊だというのに、前日は殆ど会話のないままにそれぞれ眠りについていた。
だからという訳ではないだろうが、まだ日が昇ってそれ程経っていない早朝の宿の裏庭にて、レオンとカリンは木剣を片手に向かい合って構えていた。
特にこれは今朝が初めてだというわけでもなく、村を出てから2人にとっての日課になったものだった。
「さて復習だ。昨日までで基本の型と応用。そして初級技の確認は終えた。ここから先は俺が見本を見せる事が出来ないから今までは座学で済ませてきたけど、この剣術の基本の型の種類は覚えているか?」
木剣を軽く円を描くように振るったレオンの剣先を目先で追うように見ていたカリンは一瞬だけその視線をレオンの目に向けて頷く。
「うん。防御よりも攻撃を重視した【炎の型】、逆に防御を重視した【大地の型】、反撃重視の【柳の型】、遠距離攻撃型の【空の型】、最後に速度重視の【風の型】。これが私がレオンから教わった剣術の基本技だね」
「そうだ。そして、それらの型にはそれぞれ奥義が存在し、全てを極めし者こそがこの剣術流派の後継者と認められ、当主……いや、この流派の正式な使い手として初めて流派を名乗る事が許される。俺がこの剣術の流派をお前に教えていない理由がそれだ」
そうしてレオンは回していた木剣を自らの目の前で横水平にしてピタリと止めると、僅かに腰を落としてみせる。
「……俺にはお前にその奥義を見せる事が出来ない。何度試してみても習得することが出来なかったからな。だから、俺はずっと考えていたんだ。こんな俺でも何か出来る事はないかって。その答えを今から見せる。いいか。これは生きている人間ではお前に初めて見せる俺の秘技だ。最も、それぞれの型の奥義を覚えられなかった俺では完成させる事が出来なかった未完成の技だが、お前ならばいつかきっと完成させる事が出来るだろう。……その時には……そうだな。この剣術を【レオン流】とでも名乗ればいい」
「……レオン流……」
チリチリとした物をその背に感じながら、カリンもレオンと同じように構えると、こちらは逆に後ろ足に重心を乗せて半身を向ける。
「その身で受けて、見て、この技の本質を掴め。そして、今後は俺と手合わせする時はそれをいつでも思い浮かべて動くんだ。そうすればきっと……お前はこの剣術の本家でさえも届かなかった頂きに達する事が出来るだろう」
「…………」
「……カリン。強くなりたいと言ったな。ならば、こんな初級技で躓くなよ? お前のその想い、悔しさ。全てを俺に──」
レオンの剣先がブレる。
カリンの瞳がその動きを追い、カリンの木剣の剣先が同期するように切っ先が動き──。
「──見せてみろ!!」
──揺らいでいた陽炎が疾風となってカリンの脇を駆け抜けた。
◇◇◇
「…………」
相変わらず嫌な空気だ。
沈黙が支配する食堂で、アンドレは無言で水を口に運んでいる3人の女性を前にしてそんな事を考えていた。
1人はアンドレも付き合いの長い冒険者ギルドの受付嬢であり、元冒険者のヒルダ。
これまではレオンから借りた男物の旅装束を着ていたが、今は昨日購入した草色の狩人の服を身に纏っていた。
長い銀髪は後ろで纏めており、馬の尻尾のようになっている。
最も、その表情は何処となく不機嫌で、右手でコップを掴んだまま瞳を閉じてじっとしていた。
2人目は現状の一行の中では最強戦力である初級冒険者アイリス。
彼女は宿の中だというのに相変わらずの赤い鎧姿で、腕を組み、裏庭に向けられた窓の方に顔を向けているためにアンドレからその表情を伺う事は出来ないが、その雰囲気からあまり機嫌が良くない事は感じられた。
その理由はこの場にレオンとカリンがいないからであろう事は推察されるが、それをアンドレが口にすることはない。
いくらアンドレといっても、暴発寸前の魔術に手を突っ込むような勇気は無かった。
最後の1人はそんな2人に挟まれて居心地悪そうに口元にコップを運んでいるマグナ教団が司教ソニン。
今まではマグナ教団の服を来ていた為に何かと目立っていた彼女だったが、現状は女性冒険者が着るような白い布製のシャツとグレーのズボン、それから革製のジャケットを羽織っていた。
出発後はそこから更に帽子も被る事になっており、現状では一番見た目を変えた人物である。
現在は長かった黒髪は肩あたりまで切り落とされた後、後頭部で一つに纏められていた。
ここに帽子を深く被る事であまり周囲に彼女の印象を付けさせないようにしていた。
この辺りでは黒い髪の毛というのはとにかく目立つ。いないわけではないが、見かけたら直ぐにこの辺りの人間では無いと思われるだろう。
今の時点では彼女の身の上がマグナ教団の関係者だと知られるのは避けたかった。
(……しかし重い……)
そんな3人の様子を見回したアンドレは心の中で嘆息する。
アンドレとて3人の気持ちがわからないわけでもない。
何しろ、これまで自分たちが住んでいた場所が一夜にして失われてしまったのだ。
それも、ここにいる人間を除いてほぼ全ての人間が死んでしまって……である。
当然、それぞれ村で生活していた時間は違うわけで、その想いの深さはそれぞれ違うということは分かっているが、それでも、どうにも出来なかったという後悔はそれぞれが持っているのかがわかるのだ。
何よりも、アンドレ自身がそうだったから。
(その中でも、あの村で生まれ育って目の前で村人達が全滅した瞬間を目撃したカリンちゃんと、村にたどり着くことも出来なかったレオンはもっとキツイ状況なのだろうね)
アンドレはアイリスと同じように裏庭に面した窓に目を向けると、考える。
ここにいる4人は取りあえずは何かをなし得た人間か、そもそも生活していた期間が短い人間ばかりだ。
そう考えると、それが逃避の一種であると自覚しながらも前に進もうとしている2人の様子が、アンドレにはどうにも自らの不甲斐なさを感じてしまっていた。
──だが、そんな考えも突如響いてきた衝撃音と、宿屋を揺るがすような振動で一気に現実に引き戻された。
「!! 何だ!? 何が起こった!?」
叫び、立ち上がったアンドレの疑問に答えもせずに裏口に向かって駆け出したアイリスの背中を追うようにヒルダも立ち上がりざま駆け出すと怒鳴り返す。
「今の音は裏庭からよ!! ひょっとしてレオン君とカリンちゃんに何かあったのかも!!」
「まさか!! また魔族が!?」
ヒルダの言葉に驚いた声を上げたのはソニンだ。
4人の中ではもっとも遅く立ち上がった彼女だったが、その顔色を青くして両手を口元に当てていた。
「それはわからない。とりあえず裏庭に行ってみましょう!!」
「は、はいっ!!」
慌てているらしく足を縺れさせながらテーブルを回り込んでいるソニンを尻目に、アンドレは裏口に向かって走り出す。
そして、開け放たれた裏口にたどり着く前に、裏庭から響くヒルダの叫びを聞くのだった。
◇◇◇
「カリンちゃん!? ちょっと!! 大丈夫なの!?」
裏庭に飛び出したヒルダの目に最初に飛び込んできたのは裏庭の中央付近で腰を抜かしたように尻餅をついていたカリンだった。
胸元は何か刃物で切られたかのようにパックリと横一文字に切り裂かれ、そこから見える肌にも一筋の傷があり、うっすら血が滲んでいた。
そして、右手では一見短めの木の棒を握っているように見えたのだが、それが普段カリンが使用している木剣の柄の部分だと知り、ヒルダの口元と頬が痙攣したように釣り上がる。
何故なら、その木剣の切っ先がどこにも無かったからだ。まるで、その先自体が消失してしまったかのようにそっくり抉られ消えていた。
そして、ヒルダの視線は呆然とした表情でカリンが向けている先へと続く。
そこには2人の男女が立っていた。
1人はヒルダよりも先に飛び出した銀髪の少女。
木剣を片手に背を向けて立っている男の傍らに立ち、僅かに眉を寄せて男の顔を見上げている。
どうにもその様子が「お前は何をやっているのだ?」と、レオンに対して口にしている時の彼女の様子とリンクして、カリンはようやく大凡の状況を掴む事が出来た。
──最も、それで今のこの状況を容認するかは別だが。
「レオン!! カリンちゃん!?」
「2人共無事ですか!?」
そして、残りの2人も現場に到着し、同じように周りを見渡し絶句する。
2人の目に飛び込んできたのは、ヘたり込むカリンと、そのカリンに寄り添いながら裏庭の一角を見続けているヒルダ。
そして、滅茶苦茶になった井戸の傍で立つアイリスとレオンの2人。
「……これが俺の行き着いた答えだ。最も、完成には程遠い代物であるだけに、技の名はまだない。それはお前がこの技を完成させた時に付けるといいだろう」
「…………未完成…………。これで……?」
振り向き告げたレオンの言葉に、カリンは粉々になった井戸と──先程までそびえ立っていた筈の、切り倒された大木を目にして呟いた。
「そうだ。この技と。そして、その過程の技を身につけた時、お前の剣術は嘗て俺が学んだモノとは全く違ったモノに変化する事になるだろう。そして、その場所に立った時こそ──」
レオンはゆっくりとカリンに近づくと、張り詰めていた表情を崩し、はっきり告げた。
「──お前が望んでいた“強さ”を身につける事が出来ているはずだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます