第34話 村の消失と生き残った者達

「……本当に……何もかも無くなってしまったんだな……」


 真っ黒に炭化したかつて家だった残骸と、何かに抉り取られたように消失した周囲の森。

 それから、かつて中央広場と呼ばれた場所に魔術によって開けられた穴の底に並べられた、最早個人が判別できないほどに黒く焼け焦げた遺体を前にして、思わずこぼしてしまったレオンの呟きに、その傍らでレオンの右腕を抱き抱えるようにして寄り添っていたカリンが俯きながら答えた。


「……ごめん。あんなにレオンに頼まれたのに。約束したのに、私はこの村を守る事が出来なかったよ……」


 その弱々しい声にレオンは自らの失言を自覚すると、しっかりと抱き抱えられて動かない右手とは反対の左手でもってカリンの頭を自らの胸元に寄せる。


「お前の責任じゃない。そもそもの原因は、俺とアイリスが揃ってこの村を出てしまった事だ。今回の指名は俺だったのだから、やはりアイリスはこの村に残しておくべきだった」


 レオンの言葉にカリンは肩を震わせると、顔をレオンの胸に押し付け、小さくしゃくり上げ始めた。


「……みんな死んじゃった……マルクスさんも……村長さんも…………お父さんも。私だったら皆を守れると思ってた……うっ……でも……ヒグッ……私、何も出来なかったよ。……ソニンさんがいなかったら、私はデーモンに殺されてた。……ヒルダさんがいなければ私もソニンさんもきっと死んでた。……アンドレさんがいなかったら、アイリスが来るまで私達は誰も生き残れなかった」


 レオンの胸元が涙で濡れる。

 その湿りを感じながら、レオンはカリンの頭を抱き、その頭頂部に頬を落とす。

 その視線の先では、穴の中に全ての遺体を運び終えたのだろう。アイリスが魔術で穴を埋め戻している所だった。


「……私だけが……私だけが何も出来なかった。……私は弱い。弱かった。…………こんなに弱くて……約束も守れないような子はここで──」

「カリン」


 声を出せば出すほどに自己嫌悪に陥ってしまったカリンの声を潰すかのようにレオンはカリンの言葉を遮る。


「カリンは弱くなんてないよ。本当ならばカリンはもっとずっと先まで行ける才能を持っていたんだ。なのに、俺はそれを認めたくなくて……そして、に気を使って秘匿していた俺が一番の罪人だ。そうさ。俺がお前に知っている全てを教えていたなら、これは避けられる悲劇だった」


 レオンの視線は前方に向いたままだった。

 その先では盛り上がった土を前にして、ソニンが祈りを捧げているのが見えた。

 そんなレオンを見上げるように、涙に濡れた瞳でカリンが見つめる。


「……なんでも一つ我が儘を聞くって話だったな」


 そして、レオンは視線を落とし、潤んだ瞳のカリンと目を合わせる。


「お前がそれ以上の力を求めるのなら、俺は俺の知る全てをお前に教えよう。俺は一つの技術を極限まで極める事は出来ないが、一目見ればその技の特性を見極める事が出来る力を持っている。その技を扱う事が出来なくても……だ。そして、お前は誰よりも……それこそ、剣の神に愛されているとも言える才能を持っている」


 レオンは左手をカリンの右頬にそっと触れると、カリンの瞳を覗き込む。


「カリン。俺の持つ剣術を……いや、その業を極めた人間でさえも超えて見せろ。お前ならそれが出来る。何故なら、お前が俺に見せてくれた才能は、今まで俺が見てきた優れたものだからだ」


 瞼の裏に赤い髪の少年の姿を映しながら発したレオンの言葉に、カリンは胸に抱いていたレオンの腕から右腕を外すと、自らの頬に添えられていたレオンの左手に自らの右手を重ねる。


「……私に……本当に私にそんな才能があるのかな……」

「あるさ。それは、実際に剣を合わせ、その技を教え込んだ俺がよく知っている。俺が嫉妬したその力は、極めれば剣でお前に適う者はいなくなるだろう」

「……その相手が魔族でも……?」

「ああ。魔族だろうが魔人だろうが……それこそ、邪神だろうが退けるさ。何故なら、これから俺がお前に教えようとしている剣術は、嘗て魔族や魔人を打ち払ってきたと伝えられる剣術だからだ」


 嘗て、人は魔族の残党とその支配領域を賭けて戦った歴史がある。

 そして、大きな犠牲を払いながらも、魔族が残っていた魔族の領域を奪い取ったのは、嘗ての人間であり……レオンの先祖だったのだから。


「……ん。わかった。……でも、それ以外にも、もう一つ我が儘……聞いて欲しい」

 

 「駄目かな?」と問いかけてきたカリンに、レオンは微笑むと頷いてみせる。

 そのレオンの微笑を目にして、カリンはクシャっと顔を歪ませると、再びレオンの胸にその顔を押し付けた。


「……今日だけでいい。今だけでいいから、甘えさせて……」

「……ああ。勿論だ。今日だけじゃない。これからも俺はずっと家族としてお前の傍にいる。レイドさんは死んじゃったけど、俺がいる限りお前は絶対に独りぼっちじゃない。だから、今は我慢せず泣いていいんだカリン」


 レイドの言葉に、カリンは最初は小さく。やがて大きな声で泣き出し、レオンに縋り付くように慟哭を上げる。

 そんなカリンの背中を撫でながら、レオンはソニンが祈りを捧げる村人達の墓標となった盛土に黙祷を捧げた。


 そして。


 そんな2人の様子を、アイリスは近づくでもなくずっと見ていた。

 やがてカリンが泣き疲れ、レオンが抱き上げてその場を後にするまでずっと。




◇◇◇




「バラッグの街に行く事を主張するわ」


 村の後始末を終えて、今後の事を話し合うために集まった生き残り達の話し合いの場にて真っ先に意見を口にしたのはヒルダだった。

 レオンがたどり着いた時にはボロボロだった彼女も、既に傷はアイリスによって癒され、服もレオンが着替えとして持っていた男物の旅装束に着替えている。


 集まっている場所はデミル村からバラッグよりに点在している漁師小屋の一つだ。

 本来は魔物や獲物を狩るためにデミル村のハンターが使用している施設だが、村から離れていた事で消失を免れていたのは幸運だった。


 時間は深夜に差し掛かろうという頃であることもあり、既にカリンは眠りについていたが、それ以外のメンバーは直接板張りの床に腰を下ろして円を描くように顔を寄せ合っていた。


 位置としては、先ほど発言したヒルダの右手にアンドレが座り、そこから右回りにソニン、レオン、アイリスとなっていた。

 ちなみに、ウィルはカリンの抱き枕となってしまっている為この場にはいない。


「一応、理由を聞いてもいいか?」

「ええ」


 レオンの言葉にヒルダは頷く。


「まず、一つ目の理由として、今回の魔獣と魔族の襲撃には何者かが意図したものである可能性が高い事。そして、その目的がの拡散を恐れたから……であると思わるからよ」

?」


 ヒルダの言葉に疑問の声を上げたのはソニンだ。

 首を傾げ、困惑したような表情を浮かべている。


「はい。恐らく、ソニンさんは把握していないでしょうけど、ソニンさんが着任する少し前になるのですが、デミル村ではある一つの事件が一部の人間の中で大きな問題となっていました。そして、その事件はもしもに知られてしまった場合、あまり気分の良くない話題であった為に、ソニンさんがデミル村にこられた時には、特に慎重に情報が伝わらないようにしていたのですよ。それがソニンさんがこの事件の事を知らない理由ですね」

聞かれたくない話……という事は、そのというのは……」

「はい。ご察しのとおりです。そして、隠していた事件というのは、そこにいるレオン君とアイリスさんが依頼の事を指します」

「邪神を……殺害!?」


 驚いたように声を上げたソニンだったが、すぐに右手で口を覆うと、最初に眠っているカリンに、そして、次に隣り合って座っているレオンとアイリスに視線を向けた。


「はい。これは本来であればすぐにでも広まってしまってもおかしくない大ニュースです。ですが、この事実は積極的にでは無いにしろ、この地の領主であるバラッグ男爵により箝口令がしかれます。最も今回は他領との絡みや1人の冒険者の殺害……など、色々な要因が重なって、様々な立場の人間にとっては都合の悪い事件だったので、厳密に言えばどこの組織が画策したとしてもおかしくはないのですが……その中でも特にマグナ教団に知られたくなかった理由は、ソニンさんならお分かりですね?」

「……神族不滅論。という教義がマグナ教の教えにあるからですね?」

「その通りです」


 ソニンの答えにヒルダが頷く。


「それが邪神であれば問題なかった。流石にマグナ教団も邪神は神族と認めていませんでしたからね。ですが、とりつかれていたとされていた冒険者がまずかった。彼女はアリアというAランク冒険者でしたが、のです。それがどの神の加護かはわかりませんが、世間に知られれば“聖なる奇跡を起こせる神が邪神なのか?”という事になってしまう。そうなると、邪神にとりつかれていた冒険者がアリアだと広まるのは教団としては困るはずです。それが、本当に邪神だったのだとしても、使という事実があるだけで、世間は邪神が本当かどうかの掘り下げまではしない」

「……それは……。確かに、教団からすれば頭を抱える問題になるとは……思います」


 膝の上で拳を強く握り、ソニンは俯きそれだけを答える。

 そして、そこまで聞いた所でレオンが何かを思い立ったかのように声を出した。


「なる程。そういう事か」


 その声に、カリンとアンドレが視線をレオンに向けた。


「単純に俺とアイリスをあの村から引き剥がしたいだけだったのなら、襲撃のタイミングがおかしいと思っていたんだ。普通なら、俺たちが出発した次の日か、遅くとも二日後には襲撃を実行に移しても良さそうなものだった。けど、実際に襲撃があったのは俺達が到着する直前で、現に、アイリスが間に合ったからこそ、ギリギリ全滅する事だけは免れた。けど、邪神が殺されている事をごく最近にマグナ教団が知ったのだとしたら? もしくは、俺とアイリスが邪神を殺した事を確信した誰かがいたとしたら?」

「なる程の。我にも読めたぞ」


 レオンの推察にアイリスは頷き、腕を組んで閉じていた瞼を細く開けた。

 その瞳はうっすらと赤く染まっていた。


。誰とは言わんが、マグナ教団と通じているであろうそやつは、我とレオンが邪神を殺したと確信し、何らかの方法でマグナ教団の巫女に連絡を取った考えるのが自然だの。……そう言えば、別れる前に我らに移住の提案をしておったな。あれもこの計画を確実に実行に移すための布石だったというわけだ」


 「それは失敗に終わったがの」と続けるアイリスにレオンは頷く。

 

「神族は絶対に滅びないと主張しているマグナ教団にとって、今回神聖魔術の加護を与える事が出来る神が滅びたという情報は、絶対に世に出て欲しくないはずだ。だから、その情報を知るであろうデミル村の住人を皆殺しにしようと考えた……だが、それなら──」

「──なぜ向かう先がバラッグなのか。寧ろ、先にハーゲルではないのか?」


 レオンの疑問を引き継ついだアイリスの疑問に、ヒルダは頷いた後に答える。


「先にバラッグに向かうの確認のためです。最も怪しい組織としてマグナ教団を上げてしまいましたが、バラッグ男爵が疑わしいのも事実です。現に、彼は情報の真偽を確認する為に冒険者を派遣していますからね」


 ヒルダの言葉にレオンの頭に浮かんだのはサイモンだった。

 しかし、サイモンはある程度のごまかしはしてくれるような口ぶりだったはずだが……。


「派遣されてきた冒険者とは私も実際に会って話をしています。そして、彼が帰る直前になって私に忠告してきた事があるんです。それが、『アレンには気をつけろ』でした」

「アレンですか!?」


 ヒルダの言葉にソニンが顔を上げて目を見開く。


「はい。そして、私はその忠告を聞いてある冒険者に頼んで調査をさせていた矢先に今回の襲撃がありました。しかし、途中とはいえ得られる事があったのも事実です」


 そこでヒルダは一度言葉を切ると、ソニンに向き直っていつもなら絶対に出さない真剣な声で尋ねる。


「ソニンさん。どうやら、マグナ教団からは定期的に旅人を装ってデミル村に連絡員を寄越していたようなんですが、あなたは把握していましたか?」


 ヒルダの言葉にソニンは絶句したように言葉を無くす。

 しかし、暫く視線を泳がせた後に多少は落ち着いたのか、拳を強く握りながらもなんとか答えた。


「…………いいえ。デミル村に派遣されてから一度として、私は教団の関係者とは顔を合わせてはいません」

「ええ。知っています。知っていて聞きました。ならば、その連絡員は、誰と連絡を取り合っていたのでしょう? あなたの他にデミル村にいた教団関係者は、新たに入信したリズちゃんを除けば、後は一人しかいませんよね?」

「…………アレン」


 ソニンの呟きに部屋全体に沈黙が訪れる。

 しかし、その沈黙を破るように一人納得したように声を上げたのはアンドレだった。


「ああ、そういう事か。そうなると、確かにまずはバラッグに向かった方がいいのかもしれない」


 アンドレの言葉に全員が視線を向けたが、代表したように質問したのはアイリスだった。


「どういう事だ? 一人で納得していないでちゃんと説明しろ」

「ええ。勿論」


 そこでアンドレはコホンと一つ咳払いをする。


「村が襲撃され、ここに来て今の話を聞くまでずっと疑問だったんですよ。ここにいる全員が恐らく確信しているのに、ずっと話題にしていなかった事象。それは、今回の襲撃にはかなり高い確率でという事実」


 その言葉に、ヒルダとアンドレを除く全ての人間がビクリと体を震わせた。

 その人間は言ってみればその2人の関係者でもあったのだが。


「当然、僕もそれは考えていた。でも、それだとおかしいんですよ」

「おかしい? 一体何がおかしいんだ?」


 アンドレの言葉にレオンが質問し、アンドレが肩をすくめて答える。


「レオン。君は忘れてしまったのかい? アレンとソニンさんには村の人間に危害を与えた場合には命を落とす契約魔術を施しているんだよ? それは、どちらか単独で行ったとしても両方の命が失われる強力な呪いだ。もしも、今回魔獣を引き込んだのがアレンなら、そこにいるソニンさんも死んでいなきゃいけないんだよ。なのに生きているって事は、実行犯はアレンじゃないって事なのさ」

「……あっ!」


 アンドレの言葉にレオンは今更ながらに失念していた事実を思い出して声を上げる。

 そして、アンドレはそんなレオンを横目に見ながら話を続けた。


「恐らくだけど、今回のアレンとリズさんは、今回の襲撃をだけだと思うんだよね。2人揃って消えたのは恐らく誰にも言わずに逃げる為。教えなかった理由は、今回の襲撃には絶対に犠牲者が必要だったからじゃないかな」

「必要だった? 犠牲者が?」

「うん」


 レオンの言葉にアンドレは頷き。


「犠牲者が出る……正確に言えば襲撃した相手にと思わせるのが目的なんじゃないかと思う。そうすれば、少なくとも襲撃はその一度で終わるからね」

「しかしそれでは…………村の人を見捨てた事に変わりはない。それでは村の人達を殺したのと何が違うというのですか!?」


 顔を蒼白にしたソニンの悲痛な叫びに、アンドレは一瞬悲しそうな表情をするが、すぐに真顔に戻ってこの問に答えた。


「そうです。そして、それは恐らく二人も理解していたでしょう。そして、これは2人が今回の襲撃において連絡役の教団関係者に何を伝えたかにもよるんですが……これはあくまで予想になりますが、命の選択をしていたように思います」

「命の選択?」

「うん。いや、寧ろ選別……かな。今回の襲撃のタイミングだけど、レオンはおかしいと言ったけど、僕は寧ろ絶妙だったんじゃないかと思っているんだよ。今回の襲撃。アイリスさんがギリギリ僕らが死ぬ前に駆けつけて、レオンが間に合わなかった。言ってみれば、これは時間的にはのタイミングで起こっている。これは、仮に誰かがレオンも襲撃に巻き込まれて死んだと報告しても無理のないタイミングだ。でも、実際にはレオンはデミル村から離れた場所いたわけで、ほぼ安全は確保されていた。そして、アイリスさんの実力を知っている人間ならば、その移動速度も知っている。だから、ある程度の実力を持っている人間であるならば、アイリスさんが駆けつけるまでの間、命を繋ぐことも出来るだろうと考えたんじゃないかな? いわば、これは強さでふるいにかけられたとも言える」


 しかし、「レオンは安全な場所に置いたままでね」と続けたアンドレに対して、アイリスが吐き捨てるように呟いた。


「ふざけた話だ」

「そう。ふざけた話なのよ。これは」


 そして、アイリスの憤慨したようなセリフをヒルダが引き継ぐ。


「多分、今回の襲撃は色んな人間の思惑が絡み合っている。そして、危険が及ぶのはこの間の事件。邪神の消滅を知っている人間に限られるわ。そうなってくると、もうなくなってしまったデミル村を除けば、最も危険なのがバラッグなのよ」

「もしも今回の襲撃に領主様が関わっていないとなると、次は領主様が危ないわけだ」

「それから冒険者ギルドね。ひょっとしたら、ギルド長と前回の護衛任務の生き残りは既に殺されているかもしれないわね」


 そんなヒルダの言葉に、レオンは前回の護衛任務で一人だけ生き残った狩人の冒険者を思い出す。

 既に名前も忘れてしまったならず者だが、それでも死んでもいいと思えるような人間でもなかった。


「……バラッグに行けば、リズとも会えるだろうか」

「……どうかしら。少なくとも、2人が村を出た理由が逃げる為だっていうなら、寧ろ危険なバラッグには行かずに姿を消すでしょうね」


 自然と口から溢れてしまったというようなレオンの呟きに答えながら、「だけど」と、ヒルダは続ける。


「もしも2人に会えたとしても、私は2人を許すことは出来ないわ。さっきのソニンさんの発言じゃないけど、あの2人が襲撃の事を教えなかった事が原因で、沢山の人が死んだのは確かだもの」

「ああ。わかってる。分かってはいるんだ」


 ヒルダの言葉に、レオンは首を横に振って自分の考えが間違っている事も理解しつつも、それでも口にせざるを得なかった。


「それでも会いたいって。話したいって思うのが家族だろ? 少なくとも、血の繋がりがある以上、どうやったって俺とリズは家族なんだから、見捨てる事なんかできないよ」

「そう。それがレオン君の考えなら止めないわ。でも、私は彼女に対する考えは変えないわよ?」

「うん。わかってる。それでいい」


 お互い主張を変えないままに目を逸らす2人を見ながらも、アンドレが全員に話し合いの終了を宣言すると、寝床の確保に動き出す。

 その姿をみて、各々思い思いの場所に寝床を作ると、やがて明かりが落とされた。


「…………神は死なぬ……か。難儀な教えだの」


 一人窓際に残ったアイリスの呟きに答える者は誰もいない。

 睡眠を必要としないアイリスはこの様な場面では常に見張りとして動いていたが、その事に対して不満を持ったことなどない。

 何故なら、眠らない夜を過ごす事も、アイリスにとっても常識であったからだ。


「……レオンが無事なら……」


 ふと、か細く紡がれたその音は窓の外の風に流され。


「……リズよ。きっとお主も我と同じ事を考えておったのだろうの……」


 誰にも聞かれる事のない。

 聞かれてはいけないその言葉は、窓の外の暗闇と、風音によって掻き消えた。


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