第28話 男達の遊戯 前編
結局、教会が完成したのは夏の暑さがようやくピークを過ぎて、これから少しずつ過ごしやすい気温に下がってくるだろうという頃だった。
そういうこともあり、現在はレオンの家の増築工事にようやく取り掛かって貰えたわけだが、本格的に寒くなる前に完成する事が出来そうなのでレオンとしてはホッとしていた。
そんなレオンだが、現在はリズを伴って完成したばかりの教会に肩を並べて向っている所だった。
ソニン達が来訪した当初は住民達とのトラブル等を心配したレオンだったが、ここまで大きなトラブルらしいトラブルも無かった事から、ようやくリズの事をソニンに相談しようという気になったのである。
「マグナ教団に入信し、今後は神官としてこの教会でお勤めをしたい……と、そういうことでしょうか?」
「はい。お願いできるでしょうか?」
「勿論。大歓迎ですわ」
教会でレオンたちを招き入れてくれたソニンは、リズの申し出を本当に嬉しそうに受け入れてくれたようだった。
両の掌を胸の前で合わせると、ニコニコとしている。
そして、その後ろではアレンが無表情のまま彫像のように立っていたが、これはあの契約以後よく見るようになった光景であり、あの後アレンはレオンとは勿論の事、村の人間と誰一人としてかかわり合おうとしていなかった事が、これまでトラブルが無かった要因の一つだった。
しかし、それ以上に村の人達が当初のレオンの予想よりも遥かに容易にマグナ教を受け入れる事が出来たのは、ひとえにソニンの人柄と努力の賜物であっただろう。
今日もレオン達が訪ねてくる直前まで礼拝堂でマグナ教の教義を説いていた姿は、どこから見ても立派なマグナ教の司教そのものだった。
「それでは、本日は入信のための手続きと、簡単な教義の説明をして、実務に関しては明日から私と共に行うことといたしましょう。心配しなくても、リズさんならば立派なマグナ様の使徒として活動する事ができるようになりますよ」
「いえ、そんな……よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
終始機嫌よく対応してくれたソニンに、少々気圧されながらも頭を下げたリズに続くようにレオンも頭を下げると、そのまま椅子から立ち上がった。
そんなレオンの様子を見て、リズは少しだけ驚いたようにレオンを見上げた。
「もう行くの?」
「ああ。これ以上は俺がいてもしょうがないだろう? 俺はこの後ギルドに行って仕事を受けてくるから、リズはしっかりここで勉強してから帰ってきたらいい」
そこでレオンはチラリとアレンに視線を向けて。
「……何かあったら報告してくれたらいいさ。いざとなったら家にアイリスもいるしな」
「多分大丈夫だと思うけど……。ソニン様もいるし。でも、わかった。気をつけて行ってきてね」
「ああ。では、ソニンさん俺はこれで失礼します。リズの事よろしくお願いします」
「はい。勿論です。レオンさんもお仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。では、これで」
レオンは頭を下げて応接室から退室すると、礼拝堂を抜けて外に出る。
礼拝堂にはソニンがいないにも関わらず何人かの村人が礼拝に来ており、この光景がきっとこれからは新しい村の一部になるのだろうとレオンは感じた。
最も、この教会の建設には領主が一枚かんでおり、この村を監視する事も目的の一つとしてあるのだろう。という事を忘れたわけでは無かったが。
「いよう。これから仕事か?」
教会の外に出て、そんな事を考えていたレオンの耳に、ここ最近では聞き慣れた声が飛び込んできた。
声のした方に視線を向けてみれば、そこには旅装束姿のサイモンが立っていた。
「ええ。とりあえず用事は終わりましたからね。それよりも、その格好どうしたんです? どこかに出かけるんですか?」
「ん? ああ。出かけるんじゃねぇ。帰るんだよ。これから」
「え?」
サイモンの言葉にレオンは驚いたような声を上げ、そんなレオンの態度にサイモンは可笑しそうに笑い声を上げる。
「なんで驚いてんだよ。俺は元々ソニン様がこの村に腰を落ち着けるまでの護衛だぞ? 専属護衛のアレンと違って、契約が終われば報酬もらって帰るのに何ら不思議はないだろう?」
「そうか……。そう言えばそんな事言ってましたね……」
そもそも、最初はデミル村までの護衛と言ってはいなかっただろうか。
それが、教会ができるまで付き合っていた所を見ると、見た目と態度に似合わず面倒見がいいのではないかとレオンは思った。
「それよりも、最後だしお前を探していたところだったんだよ」
「俺を……ですか?」
「ああ。お前をだ」
そうしてニッと笑うとレオンに近づき、肩に手を乗せてサイモンは告げる。
「前にチラッと話したろ? あんときゃ邪魔が入っちまったが、もう会う事もないかもしれねぇからな。お前さんの仕事と、俺の見送りついでにちょっとばかし遊ぼうや」
それこそ、無邪気な子供のような笑顔でサイモンは親指を村の外に向ける。
「──土産話替わりによ」
そんなサイモンの態度に、レオンは半ば諦めたように溜息をつくと、渋々ながらも頷くのだった。
◇◇◇
「中々気がきいてるじゃないか。2人の出会いの場所を選ぶなんてよ」
「別に深い意味はないですよ。たまたま、このあたりで取れる薬草の採取依頼があっただけです」
ウィルを獣車から外し、野に放っている所で後ろから掛けられたサイモンの言葉に、レオンは言葉通りなんでも無いように返す。
レオンにとっても本当に深い意味など無かった。
ただ、バラッグまで帰るというサイモンの見送りも兼ねているなら、結局自由に走り回れるような場所がこの辺りしかなかっただけだった。
「懐かしいな。あん時は余裕かましてる所をあの狼に助けられて、無様な姿を晒しちまった。どうにも、あれが俺の実力だと思われたまま別れるのも尺だと思っちまったんだ」
そうして、サイモンは荷物を地面に下ろして首を回して。
「小せえ男だろ?」
「いえ。気持ちは何となくわかりますよ」
レオンはサイモンとの出会いを思い出してそう答える。
確かにあの時のサイモンはウィルの助けが無ければ反撃を食らっていたのは確かだろう。
しかし、その前の動きを考慮し、練気拳を使う事が出来ると考えれば、一人でもどうにか出来た可能性が高い。
それよりも、ウィルの動きが良かっただけだ。
「俺だって本来勝てる相手に油断して不覚を取って。それをアレンにでも助けられたらって考えたら納得できませんからね。自分よりも弱いかもしれない相手に助けられるってのは、その力を糧として生きてきた人間にとってはこれ以上ない屈辱だ」
「いや、流石にそこまでは……大体、アレンを叩きのめしたお前さんの事を俺が弱いと思っているとどうして思う?」
「聞いたんでしょう? 俺の事は」
レオンの言葉にサイモンは肩をすくめておどけてみせる。
少なくとも、隠すつもりは無いようだった。
「1体1に限って言えば、あの村最弱の冒険者。ちなみに現役最強なのがカリンっていうB級の冒険者で、冒険者になったばかりで最低ランクとはいえ、村を救ったアイリスって冒険者もいるようだな」
「そこまで調べた上で帰るってことは、もう監視の必要はないと判断した……という認識でいいんですか?」
「直球だねぇ」
苦笑しながらサイモンは自らの頭を撫でる。
「勘違いしているようだからぶっちゃけるが、別に俺が受けた任務は監視じゃねぇよ。あくまで『邪神を討伐できる人間が本当にいるかどうか?』を調べに来ただけさ。ソニン様の護衛は言ってみりゃバイトだなバイト」
「それで、その調査をした上でのサイモンさんの結論はどうなんです? それとも、それは教えてもらえない?」
「兄ちゃんさぁ。少しは遠慮って言葉は知ったほうがいいと思うぜ?」
荷物から離れ、障害物の少ない広場まで移動しながらサイモンはぼやく。
そんなサイモンの後ろをレオンもついていった。
「まあ、結論から言やあ、『邪神を倒すことの出来る冒険者はいなかった』って所だろうな。最も、こいつは俺の感想であって、どう判断するかはあっちの勝手だ。ただ、今回の依頼を達成した冒険者の名前は兄ちゃん──レオンになっていたからな。そいつが1体1限定とは言え最弱って聞いたら念には念を入れたいって考えるのは当然だろ? で、俺が最終的に行き着いたのが『実際にやってみなけりゃわからない』って所だ」
「何というか、随分と乱暴な結論ですね」
「今更だろう?」
「確かに」
二人は笑い向き合って構える。
「ルールは?」
「本当の実力を知りたいからな。何でもアリって所か」
「……何でもあり……ですか。それは魔術も?」
「盾役がいなくても使えるんなら使ってみなよ」
踵地面を軽く叩き、リズムを取るサイモンにレオンは頷くと剣の柄に右手をかける。
「では、勝負はどちらかが参ったというか──」
「──死ぬのは勘弁してほしいな。勝敗が決定的な状況になったらって事にしておこうか」
「即死級の魔術が当たったら?」
「そん時ゃそん時さ」
サイモンがニヤリと笑って答え、レオンが口元を引き締めて言葉を発する。
「それでは──」
「──いくかぁ!!」
レオンが剣を抜き、サイモンが一歩を踏み出した。
こうして立会人が存在しない2人の立ち会いは始まった。
◇◇◇
「……くっ……!」
当初素手である相手に対して剣術で対応しようとしていたレオンだったが、数合合わせた時点で剣を手放し、お互い素手での戦いに発展していた。
(とにかく動きが速すぎる。俺の剣の腕ではサイモンさんを間合いから外せない。かと言って素手なら何とかなるかと言うと──)
「らあっ!!」
考え事をしていたのがまずかったのか、それまで辛うじて受け流していた練気を込めた右拳がレオンの即頭部に襲いかかる。
何とかそれをこちらも練気を込めた左手で防御したが、勢いに負けて弾かれ、そこへ追撃するように振り回された回し蹴りで今度こそ後方へと吹き飛んだ。
それでもレオンはすぐさま立ち上がり反撃を試みたが、一気に間合いを詰めてきたサイモンの飛び込み突きによって転がるように後退させられる事となった。
「……おいおい。本当にこんな物なのかよ」
呆れたように呟くサイモンの言葉に合わせるように、レオンはフラフラと立ち上がる。
「まあ……。魔術が使えなければこんなものじゃないですかね」
「……マジかよ」
明らかに落胆したようなサイモンの言葉に、レオンは自らの心の中にムクムクと得体の知れない感情が芽生えていくのを感じていた。
確かに、魔術さえ使えればもっと善戦できるはずだ。
サイモンは魔術が使えないのだから、ひょっとしたらあっさりと勝負が付くかもしれない。
だが、残念ながら使いたくても使わせて貰えないのだ。
戦う前にサイモンが口にしたのは伊達ではなく、サイモンはとにかくレオンに詠唱の隙を与えなかった。
それこそ、最初級の短い詠唱でさえもだ。
(無詠唱……いや、せめて詠唱短縮が使えたら……)
嘗てアリアと名乗っていた頃のリズがレオンに対して使った技術。
しかし、詠唱短縮は中級、無詠唱は上級の魔術技術だ。
初級しか扱えないレオンには使う事が出来ない。
(……トラウマを乗り越えたと調子にのって、いざ対峙してみれば相手の得意な土俵にしか上げてもらえないとか……これじゃ以前と同じじゃないか)
相手と同じ技術でしか相対する事が出来なかったあの頃と。
それではあの頃と同じだと。
そして、相手と同じ技術でしか立ち会う事が出来なかった自分がどれほどの実力だったかなど、ほかならぬレオンが一番よく知っている。
(──悔しい──)
今まさにレオンの心の中で大きくなっている感情こそ、先にサイモンが口にした『これが自分の力だと思われたくない』という思いにほかならなかった。
だから。
「サイモンさん」
だからレオンは問いかける。
自らの身の内にあるもの。
あのアイリスが認めた自らの力を信じて。
「──間違って殺してしまっても……いいですか?」
そんなレオンの言葉にサイモンは少しだけ驚いた表情を見せ──。
彼こそが邪悪な邪神その者であるかのように口元を大きく歪めるように笑い──。
──頷いた。
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