第27話 レオンの何時もとは異なる一日
デミル村に1軒しか存在しない宿屋フロンティアの食堂の一角。一つのテーブルで向かい合うように4人の人間が顔を合わせていた。
1人はレオン。難しそうに眉を寄せ、腕を組んでいるさまは明らかに不機嫌な様子で、普段周りに合わせて出来るだけ負の感情を表に出そうとしないようにしている彼からすれば珍しい事だった。
その隣にはリズが座り、こちらは逆に困惑の眼差しをレオンと正面に座っている女性へと交互に向けている。
椅子に座っている者としては最後の1人であるのは今回布教のために村を訪れたマグナ教団の司教ソニンだ。
彼女は美しい黒髪をテーブルに垂らし、額がテーブルに接触しているのでは無いかと思えるほど頭を下げて、必死に謝罪の言葉を述べている。
そして、最後の1人は床に直接座り込み、項垂れた様子で床に視線を送っているアレンだった。
こちらは、ソニンが慌てて降りてきてから着替えて再び現れ、そしてレオンに謝罪している現在までにおいて一言も喋らず、ただ、心ここに在らずといった様子だった。
「──ですから、幾らそのように謝られても、今後も同じような事が続くのであれば、俺としてはこれ以上の協力は致しかねます」
謝罪の言葉を遮ってぴしゃりと言い切ったレオンの言葉に、ソニンは勢いよく顔を上げて懇願する。
「そこを何とか収めて欲しいのです。このままこの村の村長様に面会してこの村での布教を始めることが出来たとしても、この様な不始末をしてしまった私達がどうやってこの村の人達の信用を得る事が出来ましょう。もしも、この村での布教に失敗したという事にでもなれば、領主様のみならず、教団、引いては信仰を捧げている人達に顔向けできません」
「……どうも事の重要性を理解していないようなのでハッキリ言いますけどね」
未だに教団としての対面を気にしているソニンの言葉にレオンは首を横に振ると、隣に座っていたリズの肩に手を置いた。
「俺だけなら別に構いませんよ。貴方の騎士が俺に対して剣を向けたのは昨日だって同様だった。それでも俺が許したのは、その時には俺しかいなかったからだ。だけど、今日は違う。俺の後ろにはリズがいたんだ。一歩間違えば死傷者が出たかもしれなかったんですよ? 流石に、その様な行為を平然とやらかす人間を、この村で受け入れる事は出来ない」
「ならば、アレンは今日限りで解任し、バラッグへと戻しましょう」
「ソニン様!?」
ソニンの冷徹な声にアレンは息を吹き返したかのように顔を上げ、信じられないものを見るような目をソニンに向けたが、そのやりとりを見たレオンは失望による溜息を吐いた。
「貴方は何も分かっていない。俺が問題にしているのは貴方の資質ですよ。ソニンさん。貴方がいるにも関わらず、その男が横柄な態度を改めないのは、貴女にその男を押さえる力が無いからだ。そんな関係の貴方達がこの村にとどまって、トラブルが起きないわけがない。最も、俺は貴方方のこの村の滞在に関してどうこう言える立場ではありませんが……多分、村長も同じ事を考える筈ですよ」
「ならば……どうすれば……」
「それは俺の考えることじゃない。貴女の考える事だ」
レオンの言葉にソニンはしばらく考える素振りを見せる。
眉を寄せ、テーブルの一点をじっと見つめて、どうするのが一番良いのかを考えているのだろう。
どれほど時間が経ったか。
食堂に一度入り、異様な雰囲気に気圧されて帰っていくお客になりそこねた人間が5人はいた頃だろう。
ソニンは顔を上げると、決意に染まった瞳をアレンに向けた。
「立ちなさい。マグナ教団神聖騎士団所属アレン・ガイナス」
「はっ!」
ソニンの声にアレンがガチャリと金属の鎧の音を立てて立ち上がる。
「此度の失態は、事が領主様にまで及ぶ以上、本来であれば到底看過できるものではありません。ですが、今後ここから先の開拓地がバラッグの領土として発展していく事を考えた場合、この場に足場を築く以外の選択肢はありません。そう、私たち自身がどの様な犠牲を払っても……です」
「はっ!」
そこまで口にして、ソニンは再びレオンに向き直り、深々と頭を下げる。
その様子を見ても、今度はアレンも慌てたりはしなかった。
「この度は私と、アレンの身柄の自由を貴方に預けることで、一度だけチャンスを頂きたい。もしも今後同じような事が起きたなら、その時は私とアレンの首を落としてもらって結構です。アレンには今後、この村のみならず、全ての人達に対して無礼な行いを行わせない事を、
ソニアの誓いに合わせてアレンもレオンに歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「これまでの数々の無礼。誠に、誠に申し訳ありませんでした。今後はこの命、貴殿の自由にしていただく代わりに、どうか、ソニン様の願いを聞き遂げて頂きたい!」
今まであれ程までに態度を変えようとしなかったアレンの突然の変わり身に、何となく2人の関係性を予想して深い溜息を吐いた。
しかし、それでも結局は受け入れてしまうのもレオンの甘さなのだろう。
「……わかりました。納得は出来ませんが、今回の事はこれで手打ちにして、依頼された仕事に関しては全力を持って取り組みさせて頂きますよ」
「感謝致します」
レオンの返答にようやくホッとしたようにソニンは安堵の息を漏らす。
そんなソニンの様子の変化にもアレンは全く反応を示さず、その表情を伺い知ることは出来なかった。
◇◇◇
普段のんびりと過ごしているレオンからすれば、この日やらなければいけない事柄というのは決して少ないものではなかった。
まずやらなければいけないのは、レオンとソニンの正式な依頼の契約と、先ほどの約束事を魔術文書として残すことだった。
契約に関しては特に問題がなかったが、契約魔術で作成される文書の制作には少しばかり骨が折れた。
何しろ、魔術契約されてしまった契約は、その内容が破られた場合、文書に記載されたペナルティーが強制的に執行される。
つまり、今回の場合はソニンとアレンの死亡である。
ペナルティーの内容が内容だけにその文章には細心の注意を払わなければならなかったが、こちらに関してはアンディーが骨を折ってくれたため、何とか問題のないものが出来上がった。
契約魔術に関してもアンディーが使用する事が出来たので、ギルド絡みの用事は今日のところはいいだろうと判断した。
本当ならば前日に採取してきた依頼品などの納品も済ませたかったのだが、そこまですると時間内に全て済ませる事ができないと判断したレオンは、そのままソニンたちを引き連れて村長宅へと向かった。
その途中でカリンとアイリスの2人と遭遇し、リズを預ける事にした。
その際2人からの謝罪の言葉は無かったが、食事の時に大事な話があるということだったので、その時に話すつもりなのだろう。
とりあえず、レオンの家のテーブルは既に使用不能になっているため、カリンの家に来て欲しいと伝えられたが、用事が終わりそうにないので、行くのは昼食の頃になると伝えて別れることとなった。
そうして、本日の最大の難関だと考えていた村長との対話だったが……。
こちらは思っていたよりもすんなりと話は進んだ。
元々領主からの依頼だったとこもあり、拒否するつもりはなかったのだろう。
ソニンから渡された2通の手紙に目を通したあと、「特に問題を起こさないのであれば」との一言はあったものの、滞在自体は認められた。
その際、デュランはレオンに意味深な視線を向けたが、レオンは黙って頷いてみせた。
恐らく、後で詳細の説明をしろという事なのだろう。
レオンの頭の中の今日のスケジュールの一番最後に、村長との面会が加わり、内心溜息を吐く。
本来であれば素材収集にでも出かけて、日銭を稼いでいるのが常であるが、今日に限っては殆ど収入にならない面倒事に首を突っ込んでいるのだ。
溜息の一つも吐きたくなるというものだった。
その後村長宅を出たレオン達はその足で大工の棟梁の自宅まで足を伸ばし、教会の建設の依頼をする事にした。
ただ、色々と詰めなければいけない内容が多いこともあり、今回は挨拶と依頼のみを行い、残りの打ち合わせに関してはソニン達に個別で行って貰うことにして、彼女達とはその場で別れた。
最も、最初にソニン達を紹介した時に親方は不機嫌を絵に書いたかのような表情を浮かべていたので、レオンとアランのトラブルに関しては知っていたのかもしれない。それでも、依頼を受けてくれるあたり、一緒にいたレオンの顔を立ててくれたのだろうと感謝した。
とりあえず、教会ができるまでは村の宿に滞在するということなので、何か用事があれば今後は宿に向かう事になるだろう。
本来であればあまりかかわり合いになりたくない人種ではあるものの、リズを入信させる都合もあるためあまり邪険に出来ないのも事実だ。
本当であればその辺の話もしたくて今回レオンはリズを伴ってソニンに会いに行ったのだが、先のトラブルもあり先延ばしにしていた。
結局、その辺の話は教会が完成してからでもいいと結論を出し、レオンは個人的な用があるからと、その場で残って親方と話をすることにしたのだ。
「教会の建設に自宅の改修……それに宿屋の壁の補修か。しかも全部急ぎってお前自分が無茶を言っている自覚はあるか?」
テーブルに向かい合うように座り、テーブルに置かれていたコップからお茶をすすって口の中を湿らせた親方の態度は、ソニン達を前にしていた頃よりは柔らかくはなっていたが、それでもあまり機嫌は良くないようだった。
最も、これは一度に大量に期限付きの仕事を持ってきたレオンに対しての不満だろう。
「一応、無茶を言っている自覚はありますよ。でも、それでもお願いするしかない事情というか……寧ろ、本来ならこっちが被害者なので、俺が頭下げるのもどうかなって所ですけど」
「まあ、話は聞いてるし気の毒だとは思うからやってはやるがな……。それだと若いのも何人か動員する必要が出てくるから、金額の方は覚悟してもらう必要があるぞ?」
「そちらについてはご心配なく。よほどの屋敷にでもしない限り足りるはずです」
「……万年金欠だったお前からそんなセリフが出るとはなぁ……」
村に来たばかりの頃の事でも思い出しているのか、親方は目を閉じ、腕を組んでしみじみ呟く。
「教会に関してはさっきの姉ちゃんと打ち合わせをしない事には進められんからな。とりあえずは宿の壁の補修は直ぐに取り掛かってやるよ。そんで家の改修って話だが、話を聞く限りだと今晩雨でも降ろうものならやばいんじゃないかと近所の連中が話していたが、そこん所どうなんだ?」
「……実はちょっと……いや、かなり不味くて。本当は増築だけのお願いをするつもりだったんですが、先に屋根と壁だけでも直してもらわないとリズ辺りが風邪をひくかもしれません」
出かける時に目にした壁の穴と焦げ付いた天井を思い出して黄昏るレオンに、親方は苦笑する。
「昨晩は凄かったものな。真夜中に何事かと思ったが、でかい音立ててるのがお前の家だと分かってから、みんな潮が引くように自宅に戻っていったのは笑えたな。大方、帰りが遅くてカリンの嬢ちゃんの怒りを買ったのだろう? レイドの奴がカリンが帰ってこないってボヤいてたからな」
「それに関しても俺は被害者でしかないのですが……まあ、そういう事です」
レオンの返答に親方は頷く。
「まあ、大体の事は把握した。まず宿屋の壁を補修して、お前の家の状態見て今晩しのげそうもないなら応急処置をすればいいだろう。そこまでだったら今日中にでも何とかしてやる。後は増築の件だが……多分、こっちは教会の建設が終わってからになるな。若いの一人回して少しずつ基礎から進めるようにはしておくが、完成が最後になるのだけは理解してくれよ」
「ありがとうございます。それで大丈夫です」
「任せておけ。……それにしても、お前が誰かと一緒に暮らす……か」
ようやく話が一区切り付いたからだろう。
先程までの渋面を崩して親方は柔らかな笑顔を浮かべる。
「お前がこの村に来た時は、誰かと一緒に生活するなんて考えられなかったものだがな。散々一緒に暮らそうと言っていたカリンの嬢ちゃんの願いを断ってたし、所帯を持つつもりもないんじゃないか心配していたくらいだ。こりゃ、お前もとうとうその気になったって思っていいのか?」
そんな親方の発言に、レオンは苦笑し首を横に振る。
「師匠に従兄妹に妹みたいな……それも、拳骨親父の娘さん。流石に今後もないですね。村の人には変な期待はしないで欲しいと思ってますよ」
「そうか。そいつは残念だな」
全く残念そうに聞こえない親方の声を聞きながら、レオンは既に冷えてしまったお茶を手にして口内を濡らす。
「とは言っても、一緒に暮らす以上守るべき相手なのは違いないだろう。人間守るべき相手がいる奴ってのは時にとんでもない力を出すもんだ。せいぜい頑張れ」
「……はい。そうなるといいですね」
親方の言葉にレオンは笑顔で頷くと、そんな日常が続けばいい……と、少しだけ先の未来を夢想した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます