第17話 開拓村にて
襲撃の後に行われた代表者との話し合いにおいて、結局、予定通り日が昇ってから開拓村に向かう事が決まった。
当然、戻るべきとの意見があったのは確かだが、そのように主張したのは既に一名になってしまった護衛の冒険者と、開拓団の代表者の2人だけだったからだ。
しかも、そのうち開拓団の代表者も神官であるアリアの説得により渋々ながらも予定通り開拓村に向かう事に納得した。
それでも向かう事を頑なに拒んだ生き残った冒険者であったが、
「では、貴方お1人でお戻りください。ただし、道中同じように襲われても自己責任でお願いしますね」
と、笑顔で言い放ったアリアの言葉に閉口し、結局は付いてくることとなった。
ただし、護衛としての役割を放棄し、開拓団に混じって護衛される側としての同行となったが。
その様な行軍も、特に魔物の襲撃がなければ順調に進み、陽の位置がやや西に傾いた頃には予定通り開拓村にたどり着いた。
たどり着いた開拓村は居住や設備、田畑などは特に損壊や破損の類もなく綺麗なものだった。
何しろ、村が壊滅した原因はゴーストやスペクターである。
その死因の殆どがエナジードレインによる生命力の枯渇である以上建物にダメージがないのは当然であり、有るとすれば事切れた住民達であっただろう。
しかし、その住民達も騒動の後にデミル村から派遣された冒険者達の手により既に埋葬されており、今レオンの目の前に広がるのはただ、人の姿が見えないだけのなんの変哲もない開拓村だった。
その開拓村の空家の中へ、移民希望者達はそれぞれ荷物を運び込んでいる。
その様子を門のそばの切り株に腰を下ろして、レオンは何とも言えない気分で眺めていた。
「どうされました? 折角こうして皆さんを無事に送り届けたというのに、浮かない顔ですね」
そんなレオンに話しかけてきたのは、いつの間にか傍に近づいてきていたアリアだった。
相変わらず目元までフードを被り、口元には布まで巻きつけているものだからかけられた声もややくぐもって聞こえる。
「……全員無事に……ねぇ……」
「大凡何を考えているのかはわかりますが、彼らに関しては仕方ないでしょう。ああなる事は予想の範疇であるにも関わらず、『約束が違う』などと、何を言っているのか……」
それは、最後の生き残りである冒険者が話し合いの席で口にした言葉だった。
彼の言い分を信じるならば、『領主が懸念している魔物はもう出ないと聞いていた』、『今回の仕事は確かな筋からの情報で、確実に安全が確認された道程だと聞いていた』らしい。
そもそも、彼らもそれなりに場数を踏んだ冒険者である。
例え魔物が出現したとしても、街道沿いに現れるような魔物であれば問題ないと思っていたらしい。
「一体誰が彼らにそんな話を吹き込んだのかね」
「そのようなもの、バラッグの街の冒険者ギルドのギルド長の出まかせに決まっています。そもそも、彼がそう言った類の謀をする事がわかっていたから、領主様は私に別口で依頼を出されたのですよ?」
「うん。まあ、そう言われるとそうなんでしょうが……」
それでも今ひとつ納得できないのか考え込むレオンに、アリアはこれ以上の説得を諦めたのか、別件である用事を口にする。
「それよりも、問題の払拭がされていない以上ここで彼らを置いて帰るわけにもいかないでしょう。ここはひとつ、協力して問題の根絶と行きませんか?」
名案だと言わんばかりに胸の前で両手を合わせて提案するアリアだったが、その姿を見たレオンは眉を寄せるだけだ。
「もういっその事、そこまでが領主様の依頼です。とでも言ってくれるとこんなモヤモヤした気持ちにならないような気がしますね」
「嫌ですね。それを言ってしまったら領主様が私に個人的に仕事を依頼した意味がないじゃないですか」
「認めてますよね。それ」
大きな溜息をついたレオンだったが、見つめるアリアは悪びれた様子もない。
遠慮もなくレオンの隣に移動すると、まるで幼子を言い聞かせるように膝を折って目線を合わせた。
「今更ではないですか? それに、ここまで来たらお互いある程度の情報の開示は必要だとは思うのですよ。例えば、二つの魔術を組み合わせたレオンさんの奇妙な技術とか、あれだけのアンデッドを吹き飛ばしたアイリスさんの魔術とか。そもそも、あれほどの剣技を扱うアイリスさんが、どうしてあれほどの魔術を扱えるのか。とか。そもそも、私の方ばかり情報を渡しているのはフェアではないと思うんです」
「あなたの場合は勝手にペラペラ喋っているだけでしょう。それに、少し考えればわかるような情報と、俺たちの切り札を明かす行為が同等だとは思えませんね。それこそ、あなたの中にある切り札でも明かしてもらえないと」
「それは、これから私と一緒に問題解決のための調査に行ってくれるというなら考えなくもないですね」
レオンの切り返しにアリアはニッコリと微笑む。
何も言ってもまるで聞き入れそうにもないアリアの様子に、何だか襲撃の後に自らの主張を潰された生き残りの冒険者を思い出した。
この調子で話していると、あの時と同じように「だったら一人でお帰りください」とでも言われそうだとも思ったが、それはそれでこちらの望みであるとも言える。
最も、住民たちの安全をレオンが何も思わなければ……だが。
「……調査が必要だというあなたの意見は理解した。しかし、俺と貴方が同時に出かけるのはどうなのです? もしも、昨夜の規模のアンデッドが襲いかかってきたら、この村にいる住民たちは全滅ですよ?」
「それはそれ。アイリスさんに残ってもらえば済む話ではないですか。何しろ、あれほどの魔術ですよ? あの人以上にこの町の防衛に適している人がいますか?」
「おるであろう。目の前に」
何とかレオンを説得しようとレオンの顔のすぐ傍まで顔を近づけ、熱心に語るアリアの言葉に反論したのはアイリスだった。
アリアのすぐ後ろで腕を組み、不機嫌そうに立っている。
「あら? レオンさんとの2人きりのお話を盗み聞きとはお行儀が悪いですね? それに、先ほどの私の提案ですが、この村の住人全てを一度に守るとなると、あなた以外にいないと思うのですが?」
そうですよね? とばかりにレオンに視線を向けるアリアだったが、その瞳の動きがアイリスの一言でピタリと止まる。
「創生神マーロゥ……だったかの。貴様の信仰する神は」
営業スマイルが無表情に変わる瞬間というのはこういうものを言うのだろうか。と、レオンが考えている間に、アリアは引きつった笑顔を無理やりつくり、アイリスの方へと振り返る。
「我が主たるマーロゥ様は、命を司る神族ですわ。創生神などと……他の神族と勘違いなさっているのでは?」
「術の腕は一流でも、演技の才能は三流以下だの。貴様の語る肩書きは表向きのものであろうが。【創生神マーロゥ】は嘗て隆盛を誇った古き神々の一柱で、今では辛うじて精神体が残っているに過ぎないマイナーな神族だ。信仰や術の行使自体には今の所特に問題は無かろうが、今の世でマーロゥを崇める人間は希であろうよ。なんだったら、この場でマーロゥの本当の肩書きを語ってやろうか?」
アイリスの言葉に今度こそ本当にアリアの眉が釣り上がった。
立ち上がると、完全にアイリスの正面に立って睨みつけている。
特に、2人の身長差が頭一つ分アイリスの方が低いので、見下ろされているような状態になっている。
「何を知っているのかは知りませんが、私を脅すおつもりですか? しかも、マーロゥ様の本当の役割を知っているという事は、私の事を疑っていると判断しますよ?」
「貴様の言葉を借りるなら、お互い情報の共有は必要とのことであったな。ならばハッキリ言ってやる。我は貴様を疑っておる。今この場でマーロゥの本当の呼び名を口にするのは勘弁してやるが、本当に貴様がこの件に関係ないというのなら、結界を貼って貴様が村に残れば全て解決だ。十分な準備時間がある今ならば、それほど難しくは無いはずだがの。最も、最大の効果を得る為には貴様がこの村に残るしかないがの。……おや。そうなると貴様はこの村から離れるわけにいかんなぁ……残念だの」
「よくもまあ、ぬけぬけと」
ギリギリと音がするのではないかという程口元を引き締めてアイリスを睨みつけるアリアだったが、しばらくして多少は冷静になれたのか、恨みがましい視線を向けながらも頷いた。
「……いいでしょう。確かに、あなたの粗暴な魔術では折角上手くいっている開拓地を元の荒野に戻しかねませんからね。私の高度な結界魔術で完璧に守ってみせますよ」
「そうか。そいつはありがたいの」
「──ですがっ! それには一つ条件があります!」
ヒラヒラと手を振ってアリアの横を通り過ぎ、レオンの傍に近寄ろうとしたアイリスの動きを、アリアは力の篭った声で止める。
「私の変わりに貴方達2人で原因の究明と解決までをしてください。本来の私の仕事を邪魔しようというのですから、それくらいは構わないでしょう」
「まあ、構わんといえば構わんがの」
「期限も儲けましょう。2日です。もしも2日で帰ってこなかった場合、貴方方は逃走したと判断し、私が独自に動くことにします」
「条件は一つでは無かったのかの?」
「普通依頼と期限はセット扱いですよ。貴方本当に冒険者ですか? ひょっとして、そのへんの事は全てレオンさんに押し付けている何も出来ない迷惑女の間違いでは?」
馬鹿にしたようなアリアの挑発に、今度こそアイリスは顔を歪める。
思えば、本来であれば限りなく沸点が低いはずのアイリスがよくこれだけ我慢できたものである。
とはいえ、お互い後ろを向け合っている以上、アイリスは己の怒りを相手に知られないようにしたらしい。
多少震える声ではあったものの、先ほどと同じようにそっけない返事をする。
「ふん。期限が決まっていようがどうだろうが関係ないの。お望み通り2日で全て綺麗に収めてやるわ」
「貴女がそう仰るのなら安心ですね。精々朗報をお待ちしておりますよ三流役者さん」
「この事件の解決がお主にとっての朗報であれば……であろ? そうでないなら朗報はくれてやれんかもしれんの」
「勿論、この事件の解決が私にとっても朗報ですとも。嫌ですね。人を疑うことしかしない人は心がさもしくて」
「ふん。胸が寂しい女よりも遥かにましであろうが」
「誰の胸が寂しいのよ!! しっかり同レベルの癖に!!」
「はんっ! ようやく尻尾を出しおったか!? それとも、被るべき猫の毛皮も品切れか!?」
お互い背中合わせで陰険なやり取りをしていた2人だったが、遂にお互い向かい合い、顔が接触する寸前まで近寄って目と眉を釣り上げる。
しかし、しばし無言で睨み合った末に鼻を鳴らしながら背を向け合う。
「まあよい。期限が決められた以上時間がないのも確かであるし、このまま外に向かうとするわ」
「それがいいでしょう。これから私は結界を張りますが、この結界は邪悪な存在を外にはじき出す効果がありますからね。弾かれるよりはご自分の足で出て行かれた方がプライドが傷つかなくてよさそうですし」
「言っておれ」
言うやいなや、アイリスはレオンの腕を取り歩き出す。
急に腕を取られたレオンは驚く。
「お、おい。何もそんなに急に……」
「貴様は何を聞いておったのだ? 出ると言ったら出るのだ!」
ズルズルと引きずられるように村の出口を向かうレオンだったが、村から出てしまう前にアリアに目を向ける。
その表情は不機嫌そのものであったものの、レオンに向ける瞳に関してだけ言えば、それほど険悪なものでは無かった。
(あくまでアイリスに対してだけ相性が悪いのか? まあ、帰ってきたらフォローするか)
既に表情が見えないくらいまで離れた所で、レオンは何となくそんな事を思うのだった。
◇◇◇
「おい。お前は一体どこに向かっているんだよ?」
無言でレオンの腕を引いて歩き続けてから数刻ほど。
流石に今は腕を引かれてはいないものの、迷いのない歩調でまっすぐ東に向かって歩を進めるアイリスの背中に何となく嫌な予感を感じてレオンは問う。
そんなレオンの質問を、さんざん無視していたアイリスだったが、その重い口を開いたのはあたりがうっすら闇に包まれた頃だった。
「どこに向かっておるか? 決まっておる。嘗て我と貴様が腰を落ち着けていたあの洞穴だ」
アイリスの返答にレオンは驚く。
アイリスの答えた洞穴。
それは、アイリスと行動を共にした最後の半年間を2人で過ごした場所だったからだ。
「お前何言ってるんだ? アリアとの約束を忘れたのか? 今回俺たちがやらなければいけない事は、アンデッドの異常発生の原因究明だぞ?」
やや避難するようなレオンの言葉だったが、その言葉を予想していたのか、アイリスの言葉は淀みない。
「お前こそ何を言っておる? あの場でのアンデッド共の餌はあの村の住民どもなどではない。“我々”だ。貴様には初めに話したであろうが。この事件の首謀者は、ただ、我らと遊ぶためだけに我らをおびき寄せたのだ。となれば、我らがあの場から離れるだけで事件は解決だ」
「おいおい……あれって本気の話だったのかよ……」
「本気に決まっておる。貴様は何を言っておるのだ?」
レオンの言葉に呆れたのか、アイリスはようやく歩みを止めると振り返る。
「今回はたまたまであったが、先日の晩にゾンビどもが襲ってきてくれたお陰であの女の信仰している神族の名がしれたのが決定的となったのは認めるがの。しかし、あの女の崇める神が【マーロゥ】である以上、あの女が今回の件に関わっているのは確実だ。それなら、あの女を開拓村に貼り付けている間に逃げて、再び貴様と2人で暮らせば良いだけではないか。それに我と貴様の関係もあの時とは違う。もう我を恐れる必要がないのだから、貴様も安心して暮らせるはずではないか」
「……アリアさんが関わっているかどうかはこの際どうでもいい。けど、お前の言い分だと俺にデミル村を捨てろと言っているように聞こえるよ」
レオンの言葉にアイリスは視線を逸らす。
「……別に良いではないか。あの村の連中が悪しき者だとは我も言わん。だが、人と関わればこうしてトラブルも起きるのだぞ? 嘗て貴様は言っていたではないか。もう人と関わるのは懲り懲りだと。我は今は限りなく精霊に近いとはいえ神族だ。今は新たな契約がある以上我から貴様を裏切る事はないし、貴様の首に掛かった首輪がある限り、貴様の存在も我に対して縛られる。文字通りの一心同体だ。一緒に住む事に何の問題もなかろ?」
まるで言い訳を募る子供のように。
必死で言い訳を口にするアイリスに近寄ると、レオンは握られた手を取った。
僅かに震えるその右手が、まるでアイリスの心情を表しているようだった。
「お前の言い分もわかるけど、やっぱり俺にはデミル村の皆も、アリアさんも見捨てられない。お前には悪いけど、あの人がそこまでする人とは思えないんだよ。それほど付き合いがある人じゃないけど……なんていうかな。初めて会った時のカレンと同じ雰囲気を感じたんだ」
自暴自棄になって全てを恨み、八つ当たりを繰り返していた嘗てのカリンと。
「関わっているとしても悪意じゃない。そう思う。だとすれば、今回の事件には別の首謀者がいるはずなんだ。それがわかっていながら背を向けるなんてのは俺には無理だよ」
逃げるという行動がどんな結果をもたらしてきたか。それをレオンは嫌というほどわかっていた。
勿論、逃げずに立ち向かえば最良の結果がついてくるという程おめでたい頭をしているわけでもない。
そんな単純な世の中であれば、弟と初めて剣を向けあったあの時に努力が実っていただろう。
「……俺は戻る。でも、お前には強要はしないよ。一緒に来てくれれば嬉しいけど、いやいや来て欲しいとも思わない。ただ、今のお前は嘗て程とは言わないまでも自由に出来る体を取り戻したんだ。俺のいる場所も正確に分かるのだろう? 気が向いたら会いに来てくれたらいい」
そう口にすると、レオンはそっとアイリスの手を離す。
その時、ふとアイリスの瞳が潤んでいるような気がしたが、気のせいだという事にして背を向けた。
「創生神マーロゥ。あやつが司るのは生と死だ。かの女神は命を生み出し死者を使役した。その為、我ら古の神族からは【亡者の君】と呼ばれておったよ」
レオンが背を向けたと同時に聞こえてきたのはアイリスの呟き。
ともすれば聞き流してしまいそうだったその言葉が耳に入った瞬間、レオンは思わず振り向いた。
「随分昔の話だがの。まさか今でも意識が残っておるとは思わなんだ。我などよりも遥かに高い力を持った本物の──神。意識体だけとは言え、古の神族とは言え、たった一人残された味噌っかすの力しか持たぬ我がどこまで贖えるか」
そう言いつつアイリスは笑う。
しかし、その笑顔がレオンには少女の泣き顔に見えた。
「そうだ。逃げるのだ。我だけが消滅するのであれば別に構わん。どうせ、身内など誰も残ってはおらぬのだ。だが、お主を失うのだけは耐えられぬ。ずっと1人で過ごしてきた、我が見つけた……やっと見つけた新たな家族なのだ」
「……家族……」
レオンの呟きにアイリスは投げかける。
この依頼が始まってからずっと胸の奥に秘めていた問いを。
「のうレオン。お前はあの神官の女と、カリンと──我。誰の言葉を信じる? 誰と共に生きる?」
真剣な目をしたその問いに。
レオンは結局その答えをアイリスに返す事が出来なかった。
ただ、一度は離したアイリスの右手を再び取り、元来た道を戻っただけだ。
そんなレオンにアイリスも何も言わずについて行った。
まるで、今はそれで構わないとでも言うように。
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