第16話 暗闇の足音

 あれから二日間は特に問題なく進行し、既に予定通りならば最後になるであろう野営に入っていた。

 そして、それは移住団の住民達も理解しているらしく、当初の不安そうな様子に比べれば、皆気が抜けたように思い思いの時間を過ごしているように見えた。


「どうやら、今回は特に大きな問題もなく終わりそうだな」


 周囲の気配と周りの様子を見て、今のところ大きな問題は起こっていない事を確認し、レオンはホッと息をついた。

 あれ以降アリアが野営時にレオンたちの所に来る事はなかった。

 今のような野営時や、休憩中などに時折見かける程度で、殆ど接点というべき接点がなかった。


 初日の訪問は本当に自己紹介だけが目的だったのか、それとも、アイリスの不穏な空気を本人が敏感に感じ取って近づかないようにしているかのどちらなのかはレオンには判断がつかなかったが。


「問題はない……か。そうであればいいの」


 しかし、内心の警戒度を一段下げたレオンとは対照的に、焚き火を挟んでレオンの対面に座っているアイリスは、不機嫌そうな表情を変えないままに言葉を零す。

 その言い方が何とも気になって、レオンも焚き火の中に枯れ枝を放り込みながら話しかける。


「何だよ。なにか問題があるってのか? この位置から届く範囲ではあるけれど、【探索サーチ】のスキルを使って周囲の確認もしているし、ウィルも特に何も言ってきていない。この辺りに魔物がいないのは間違いないぞ?」

「そうだの。全くおらんの。この開拓の手が不十分な荒地であるにかかわらず、ここに来るまで1体たりとも魔物に遭遇しておらんな。このような未開拓地の旅など旅行と大差ないのではないか?」


 「果たして護衛が必要なのか」そういう意味合いだろう。

 そう言葉を投げかけたアイリスに対して、レオンはここまでの道程を思い返して確かにと頷く。


「言われてみればそうだな。ここまで安全な移動なんて、俺が近場に素材収集に行く時だって殆どない」

「当たり前だ。人間の軍隊も冒険者による定期的な間引きもない。外敵が居らねば数が増えていくのが自然である筈なのに、逆に開拓地の奥に行くほど魔物がいなくなるなど不自然極まりないわ。それに何よりも臭う。ここに来るまでも感じておったが、今日は特に嫌な臭いがしおる」


 鼻をスンスンと鳴らしながらそう言い捨てたアイリスの言葉に、レオンは初日の事を思い出す。

 たしか、最初の野営の時にアリアの事を「匂う」と言っていたはずだ。


「……たしか、前にアリアに対してもそんな事言ってたよな? まさか、彼女が何かしら関わってるとか言わないよな?」

「どうかの……。あやつの匂いとは少々趣が違うような気がするの。全くの無関係とは言えんが、関係あるとも言い難いの」

「そうか」


 アイリスの言葉にレオンは3台目の馬車の人間が集まっている野営地に目を向ける。

 姿は見えないが、そこにアリアがいるはずだ。


「もしも、我がこの異変の首謀者だったら、狙うとしたら今夜だ」


 ぼんやりと野営地に目を向けていたレオンに対して、唐突にアイリスは呟く。


「……理由を聞いていいか?」

「答えてもいいが……。その前に貴様に聞いておこうか。もしも貴様が今回アンデッドを開拓地にけし掛けた首謀者だったとしたら、“餌”である我らが自らのテリトリーに入り込んだタイミングでどういった行動をする?」


 アイリスの問いにレオンはしばし考える。

 質問の意図は読めないでもなかったが、それが今回の事にどう繋がるかという事に関しては未知数だったからだ。


「……俺だったら。大量の“餌”を含んだ1団はとりあえず開拓村まで安全にエスコートして、自分を食いかねない“狼”である護衛団が帰ってからゆっくり襲うと思う。その方が安全だし、発覚が遅れれば遅れる程が運ばれてくる可能性が高いからな」


 開拓団の人間を“餌”。その餌を食べるのがアンデッドを含む首謀者ならばそうするだろうと考えたレオンの意見だったが、アイリスはその答えが分かっていたかのように表情を変えずに首をふる。


「それは相手が我々を“狼”と考えていた場合だ。しかし、実際に人間の軍隊を1つ潰しているやからだぞ? そんな奴がたかが冒険者ごときを“狼”だなどと思うかの?」

「……前回、その軍隊を潰した霊体を俺たちは撃退しただろう」

「寧ろ、今回の趣向はそれを踏まえた上で考えた戯れかもしれんということだ。どうも、あの辺鄙な村にそれなりに強い霊体を退けた人間がいるらしい。どれ、ちょっと遊んでやるか。とな。言うなれば我らは“玩具”だ」


 上級の霊体であるスペクターをで片付けてしまうアイリスの感覚にものいいたい部分はあったレオンだが、確かに、護衛を恐れていないのなら、おとなしく帰るのを待つことはないだろう。


「でも、それが今夜襲ってくる理由にはならないだろう?」

「別に確実に今夜襲って来るとは言っておらん。ただ、襲うのは今夜というだけだ」

「じゃあ、なんでお前は今夜襲撃する事にしようと思うんだ?」

「決まっておろう」


 レオンの言葉にアイリスは笑う。

 湿った、悪意の満ちた種類の笑みを。


「折角遊びに来た玩具だ。遊びてからすればより長く遊びたいと思うのが道理。このまま素直に目的地に到達させてしまえば、折角の玩具共も帰ってしまうであろ? それならば、襲われたとしても場所まで安全にエスコートした後に、手荒い歓迎をしてやる。そうなれば、立こもれそうな拠点などこのあたりには壊滅した開拓村しかないからな。開拓村に逃げ込ませた後は、囲みこんでしまえば暫く遊べるテーマパークの完成だ」


 アイリスの言葉にレオンは「馬鹿な」と言葉を失う。

 もしもアイリスの言っている事が本当ならば、敵はスペクターとは比べ物にならない大物という事になる。


「今回の件。我らを引っ張り出そうとしたのは誰だったかの。別の街のギルドやそれに雇われた冒険者どもは寧ろ追い出そうとしていたから関係は薄かろ。そうなると、我らに今回の依頼を促したのは──領主、村長、村の冒険者ギルド、魔術師ギルド、神官の女の5つ。そのうち、我らをピンポイントで釣りだそうとしたのは魔術師ギルドを除いた連中か」

「ちょっと待て。まさか、その中の誰かが関係者だとか言い出すつもりじゃないだろうな?」

「どうかの? どう言って欲しい? 我からは何も言わんよ。興味もない。ただ、その牙が貴様や我に向くのならば振り払うだけで。ただ、経験豊富な筈の高ランク冒険者の神官が、道中全く何も無かった1日目の晩に何の警告も出さずに世間話をしに来たのはなんでか……とは考えるがの」


 その言葉だけでアイリスが誰を疑っているかは明白だった。

 だから、レオンは唾を飲み込むとまっすぐアイリスに視線を向ける。


「……異常が無かった1日目の晩。その時にお前は既におかしいと思っていたってわけだ」

「一応、我は貴様の守護者でもあるからの。異常を感じれば考えもするさ。そして、都合良く現れた呑気な空気を撒き散らす女。どう考えても臭かろうが」


 結局、それがあの時のアイリスの警告に繋がるのだろう。

 終始無言だったのもそこまでの道程で疑問に思っていたのなら納得もできる。

 それをあの時レオンに伝えなかったのは、まだアイリスの中で確信と呼べるものがなかったからに違いない。


「それじゃあ、もしも──」


 レオンがアイリスに対して今後の事を告げようとしたその時。

 レオン、アイリス、ウィルが殆ど同時に立ち上がり、三者三様に周囲に視線を投げかけた。


「どうやら──」


 アイリスは腰の宝剣をスラリと抜き放つ。


「──予想通りの客。それも団体のお出ましだの」


 その直後、周囲に悲鳴が響き渡り、2人と1匹は弾かれるように駆け出した。



◇◇◇



「みんなこっちだ!! この場所で全員まとまっていてくれ!!」


 今回襲撃をかけてきたのはスケルトンとゾンビだった。

 それも、どこか一方方向というわけでもなく、ほぼ全周囲から襲ってきたから始末が悪かった。


 しかし、その中でもアンデッドの数が多いのは前方付近であり、言ってしまえばこれからこちらが向かおうとしていた方向からアンデッドが湧いてきたということになる。

 そうなると、実際に対処しなければならないのは前方を護衛しているバラッグから来た冒険者という事になるのだが……。


「ぐがっ! な、何だこいつら!! おいベータ!! 早くこいつらを──」

「ち、知識の神ガイ・ラスターの名においてっごぉぉぉぉっ!!」

「ベータぁあァーーーっ」


 前方から襲いかかってきたゾンビを止めようと斬りかかった冒険者の剣士だったが、2体、3体と次々に増えるゾンビの物量に押し負け、引き倒された所で後方の魔術師に助けを求めたが、その魔術師は横から現れたスケルトンナイトに胴体を切り裂かれ、崩れた所をスケルトンの集団に囲まれて滅多突きされてしまっていた。


「ひいっ!! 何だよ!! 何だよこれっ!! 話が違うぞ!!」


 矢を打ちながら後退する弓師が悪態をつくも、状況が一変するわけでもない。

 既に倒れた味方の冒険者2人にはアンデッドがまとわりつき、既に助けることはできないだろう。

 かと言って、逃げる場所があるかといえば周囲からアンデッドが襲いかかっている以上逃げ場などなく、下がった所でアンデッドの前進を食い止めなければ弓師も犠牲になった2人の冒険者と同じ道を辿る事になるだろう。


「ぐおおおおおおぉっ!!」

「あひぃ!」


 唐突な叫び声に驚いて首を横に振った弓師が目にしたのは、弓師と共に後方で指揮を取っていたリーダーがゾンビの1体に組み敷かれ、首を噛み千切られる光景だった。

 後は弓師の他には槍使いしか残っていなかったが、その槍使いも前方での戦いに見切りをつけて逃げ出した途中で、ゾンビの集団に飲み込まれて押しつぶされてしまっていた。


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 すぐ横でバリボリと咀嚼音を響かせながら人の姿を失っていくリーダーの姿が目に入り、とうとう弓師は武器を投げ捨て逃げ出した。

 目指していたのは移住民が集まっている、野営地の中央付近。

 どうやら、残りの護衛者たちはあえて守護範囲を小さくして、移住者達を守ることにしたらしく、そこでは3人と1匹が猛然と襲い来るアンデッドを何とか押し留める事に成功しているのが見て取れた。


「何でだよ!! 何で俺達をほっといて自分達だけ助かってんだよっ!!」


 弓師は逃げながら悪態をつくが、そもそもの立場から考えたらそれは考えるまでもない事だった。

 護衛と守護対象者。

 そのどちらに重きを置くかなど、護衛としての依頼を受けたものであれば当然のことであるのだから。

 特に、バラッグからの冒険者たちは自ら選択して前方の防御に回ったのだ。

 寧ろ、前方からの敵の進行を抑える為に動いていると判断されても仕方の無いことだった。


 最も、残りの護衛の中に前方に取り残された冒険者達が生き残っているだろうと考えている者はおらず、だからこそ集団に向かって走ってくる冒険者の生き残りの姿を目にした時、レオンは意外なものを見た気分にはなったものの、とった行動は一つだった。


「アリアさん! 今使っている浄化の魔術の範囲を広げることって出来ますか!?」


 練気拳で殴り飛ばし、聖光で吹き飛ばす戦いをしていたレオンは、移民団を挟んで反対側で浄化の魔術で確実に1体1体アンデッドを消滅させていたアリアに向かって怒鳴る。


「広範囲ですか!? 出来なくはないですが、かなり距離が限定されてしまいます! 精々移民団の方々をギリギリ囲えるかどうかの距離しか──」

「なら、扇状でも構いませんっ!! 方角はそこからまっすぐ左で距離は前方2台目の馬車の横!! なぎ払って!!」

「っ!! なるほど!! 了解です!! あの距離だと動きを阻害するくらいですが、逃げる時間は稼げるでしょう!!」


 レオンの意図する所を理解したのだろう。アリアはまずは前方のゾンビをなぎ払うと、すぐに自身の左に向かってワンドを伸ばして詠唱を開始する。


「命を司りし世界の母たるマーロゥよ! 我が呼びかけに答え、その力を示し給え! 【浄化】!」

「我は願う! 古き盟約の名において、不浄を断ち切る業火となれ!」


 そして、詠唱を始めていたのはレオンもだった。

 右手を伸ばし、自身の魔術とアリアの魔術がアンデッドをなぎ払う瞬間、右手を握り込み高らかに叫ぶ。


「魔力の鎖よ結んで混ざれ!!」


 その瞬間、逃げる冒険者の後方で一瞬赤い炎を上げたレオンの魔術が、青白い炎に変化し激しく燃え上がる。

 それも、その炎を浴びたアンデッド達は、燃えるというよりは激しく燃えた後に次々と消滅していった。


「わおっ!!」


 感嘆の声を上げたのはアリアだった。

 その言葉遣いは普段の丁寧なものではなく、どこか子供っぽい響きを持たせたもので、もしかしたらこれが本来の彼女の姿なのかもしれないとレオンが思った所で、先程まで周囲を回るように走りながらアンデッドを切り倒していたアイリスがレオンの隣に立つ。


「レオン。準備は出来たぞ。今なら。やってもいいかの?」

「ああ。さっき最後のもこちらの守備範囲に入った。遠慮せずにやれっ!!」


 レオンの言葉にアイリスはニヤリと笑う。


「心得た! 風の神シルフィードよ! 我の──ええい面倒だ!! いいから纏めて吹き飛べぇ!!」


 両手を広げ、それを内側にクロスするように振り抜いたアリシアの動きに連動するように、レオン達を中心として周囲に凄まじい暴風が荒れ狂う。

 その暴風は、周囲の森を、アンデッドを切り刻み、周囲に黒と白。腐肉と骨を細切れにしながら吹き飛ばした。


 ──やがて。


 長いような短いような時間が過ぎて、周囲に風が無くなった頃。


 辺りはレオン達の他には馬車と獣車とテント等を残し、それ以外は全て更地となっていた。


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