第13話 強さとランク

 結局、アイリスとカリンの2人はお互い言いたい事を言い合ったおかげか、そこまで険悪な雰囲気というわけでは無くなった。

 最も、客観的に見ればカリンの方が大分折れたように見えたのだが。


 ……見た目は兎も角として、実年齢はカリンよりも遥かに高いはずのアイリスの方が精神年齢が低いという衝撃的な事実を目の当たりにして、レオンとしては若干考えさせられるものがあったといえばあったが。


 それは兎も角、その次の日の朝にレオンとアイリスは冒険者ギルドの出張所に向かっていた。

 レオンが目を覚まさなかったここ数日は兎も角、これまでだって特にレオンにくっついて回っていたワケではないカリンは当然として、ギルドの建物内に入る事が出来ないウィルも留守番だ。

 当然仕事の時は連れ出すことにはなるが、既に一般的な人間の体格よりも大きくなってしまったウィルを街中で連れ回すわけにもいかず、今ではウィルを外出させるのは日に1回の散歩の時か仕事の時くらいだった。


 そんな訳で、こうしてアイリスと2人で並んで歩くのは実に6年ぶりの事だった。

 特に、アイリスと行く場所といえば魔物のひしめく未開拓地か、凶悪なモンスターの棲む危険地帯のどちらかだったので、平和な村の中をギルドに向かって歩く──というだけで実に不思議な感覚ではあった。


 村人達の奇異の入り混じった視線をその身に──その殆どがアイリスに向けてだが──受けながら、やがて2人はギルドの出張所のある建物にたどり着くと、ドアをくぐって中に入った。


 入って直ぐに飛び込んできたのは見慣れた光景。

 いつも通り人気のない閑散としたギルド内には3つのカウンター。

 レオンはまず入って右側にあるカウンターに目を向けて右手を上げる。


 その先にいた魔術師ギルドの職員──アンドレが、やや疲れたような表情で同じように右手を上げて応えるのを確認してから、レオンは目的地である正面の冒険者ギルドのカウンターに向かって歩き出す。

 そこではレオンの姿を見定めたヒルダが、満面の笑顔で腰を折った所だった。


「ようこそ冒険者ギルドへ。お久しぶりですね、レオン君。体調はもう大丈夫なんですか?」

「こちらこそご心配おかけしました。おかげさまで、まだ万全とは言えませんが動く分にはそれほど問題はないですよ」

「それは良かった」


 カウンターにいる事で仕事モードのヒルダに対してレオンが答えると、ヒルダもホッとしたように微笑んでみせる。


「それで本日はどのようなご要件でしょうか? 依頼の確認ですか? それとも、アイリスさんの冒険者登録? それともわ・た・し?」

「その中から選ぶのであれば依頼の確認とアイリスの冒険者登録ですね。ヒルダさんは別にいりません」

「ちょっと、それはないんじゃないですかぁ~? レオンくぅ~ん」

「ああ。いらないは言い過ぎました。依頼の確認と登録には勿論ヒルダさんは必要です」

「……それ、フォローになってないんですけどぉ~」


 無碍なく言い返したレオンの対応に不満げに唇を尖らせるヒルダだったが、その様子を見ていたアイリスがくっくっと笑い声を上げたので、ヒルダはそちらに目を向ける。


「どうしました? 何かおかしな事でもありましたかアイリスさん?」


 今度は不満げというよりは不思議そうな顔色で尋ねるヒルダに対して、アイリスは笑顔のままで口を開く。


「いや、貴様でもそんな表情かおをする事があるのだなと思ってな。初めて会った時はどこぞの女傑かなにかかと思うくらい敵意をぶつけてきたからの」

「あの時の事を出すのは反則じゃないですかねぇ……。出会い頭にスペクター6体を瞬く間に切り捨てて消滅させた存在を目の当たりにすれば、ふつーはそういう反応をしますよ」


 とても嫌そうに顔を顰めながら文句を言うヒルダに対して、アイリスは更に可笑しそうに笑う。


「そうか。そいつはすまなんだ。では、子供を守る為にその身を投げ出そうとする母親のような姿だった……と、言い直そう」

「……それはそれでもっと複雑な気分になる言い回しになりましたねぇ……」

「あー……。お互い積もる話は有ると思いますが、そろそろ仕事の話をさせてもらってもいいですかね?」


 言い直したアイリスの言葉に更に不満そうな声を上げるヒルダだったが、このままではいつまでたっても本題に入らないと感じたレオンが割って入った事で仕事モードに切り替える。


「これは失礼しました。では、依頼の確認とアイリスさんの登録。どちらを先に済ませますか?」

「アイリスの登録からお願いします」

「畏まりました」


 ヒルダは腰を折ると奥に引っ込み、少ししてから一枚の紙と鎖のついた鉛色のプレートが乗ったトレーを持って再び現れた。


「では、こちらの記入用紙に必要事項を記入した後、このプレートに血を一滴垂らして下さい。それで登録の方は完了となります」

「あれ? 実力の確認は行わないんですか?」


 ヒルダの説明に自分が登録した時の事を思い出したのだろう。

 レオンの疑問の声にヒルダは右手をフリフリと振りながら答える。


「実力の確認はこの間のスペクターとの戦いで十分ですよ。それともレオン君は、私のように可憐な女の子に猛獣の相手をしろとでも? ひょっとしていじめですか?」

「いや、別にそんな事は……。それよりも誰が可憐で誰が女の子ですか? 寧ろじょけ──」

「ストップ。ストップですレオン君。それ以上はいけない」


 感情の一切を消した真顔でレオンの言葉の先を止めたヒルダの迫力に半身を後ろにそらした事で、記入用紙を見つめたまま動きを見せていないアイリスの様子にレオンは気づく。


「どうしたアイリス? ひょっとして字が読めないのか?」

「貴様は我をどのような目で見ているのだ? 文字くらい書けるし読めるわ。ただ、この部分が気になっての」


 アイリスが指さしたのはランクについての条項だった。

 それを横目で見ていたヒルダは「ああ」と納得したように頷くと、アイリスの前まで移動する。


「登録時のランクについてですか。そればかりは納得して貰うしかないですねぇ」

「『強さに関わらず登録時はFとする』とある。我の見識が正しければ、Fとは一番弱い冒険者の事を言うのではないのか? つまり、雑魚だと」

「ギルドのランクは強さだけでは無く、ギルドの貢献度も含まれるんですよ。どんなに強い人でも初めは何一つ貢献していないでしょう? つまりは、そういう事です」

「前回大量の霊体を葬ったであろう? そいつは貢献にならんのか?」

「あれは実際には依頼が出る前の所謂自衛行為ですからねぇ……。そもそも、ギルドに登録していない冒険者は『もぐり』と言って、制裁の対象になっちゃうんですよ。ほら、ここに『ギルドに通さずに直接依頼を受ける事の禁止』の条項があるでしょう? 基本的にギルドに登録していない人間に対してギルドは報酬も貢献度も支払わないんです。あくまで、好意で協力してくれた協力者のスタンスですね」

「なんと。それでは緊急を要する場合はどうするのだ? その様な場面に遭遇した場合、見捨てるのが冒険者という人種なのか?」


 「まあ、それならそれで我はかまわぬがの」と続けたアイリスに、ヒルダは「まさか」と否定する。


「既に登録済みの冒険者であれば、助けた人の了承の元に事後報告して貰う事で報酬は貰うことは可能ですよ。しかし、助けた時点で冒険者登録をしていないのに、『ギルドに行ったら登録するから金をよこせ』なんて言ったら詐欺になります」

「……むう……。とても納得は出来んが……」

 

 顰め面のまま腕を組むアイリスを見ながら、ヒルダは諌めるようにアイリスに話しかける。


「こういうルールを作っておかないと、好き勝手に動く人が後を立たないんですよ。しかし、登録さえしてしまえば、仕事の内容にもよりますが、強ければ当然直ぐにランクを上げる事は可能ですよ。例えば、この村に住んでいるカリンちゃん。彼女は冒険者ギルドに登録してから凡そ10ヶ月ほどでBランクになっています。これは異常とも言える速度です」

「あの女の力でBとなると、冒険者というのも結構大した事なさそうだの」

「そりゃ、アイリスさんの基準で考えればそうでしょうけども」


 「一緒にしてはかわいそうでしょう」と続けたところで、アイリスも「そうだの」と頷くと記入用紙に必要事項を記入していく。

 その後、記入を終えた用紙を確認してホッした表情を見せたヒルダは次にプレートに関しての説明をする。


「次にこちらのプレートが認識証になります。こう見えてこのプレートは魔道具でして、冒険者が体験した戦闘と討伐を記録します。後はこれを持ってギルドが確認して昇格条件を満たしていれば、自然とプレートの色が変わるようになっているんです。つまり──」


 そこでヒルダは右手の人差し指をピッと上げると、


「前回の戦いのように討伐対象を“消滅”させてしまったとしても、問題なく討伐証明となるわけです。ちなみに、これの有る無しが報酬の有無に関しての一番大きな理由ですね。証拠のない討伐証明に対して、ギルドとしても報酬を出すわけにはいかないわけです」

「ほう……。しょぼい見た目の割には中々高性能だの」

「見た目がしょぼいのは否定はしません」


 そう言って苦笑しながらヒルダはトレーにナイフを乗せてアイリスに差し出すと、受け取ったアイリスは左手の親指にナイフを入れると、滲んだ血液をプレートに垂らす。

 

 その様子を見たレオンはアイリスが実際に血を流すところを見たのが初めてだったからか、ああ、あいつの血もちゃんと赤いんだなと、益体もないことを考えていたが。


「これで登録は終了です。後はこのプレートをなくさずに持ち歩いてくださいね? では、このまま依頼の確認に入りますか?」

「ええ。お願いします」

「畏まりました」


 アイリスにプレートを手渡し、レオンに視線を向けたヒルダにレオンは頷く。


「今回レオン君に入っている依頼は、デミル村から北西の開拓村までの集団の護衛ですね。報酬は1人頭銀貨5枚。今回依頼を受けるのはお2人なので、合わせて金貨1枚になります」

「その金額は高いのか? 安いのか?」

「Dランクの報酬からしたら普通。Fとしたら高額。内容としたら安い」


 アイリスの疑問にレオンが答える。

 最も、その表情は苦渋に満ちたものだった。


「この件に関しては私としても申し訳ありません、と言うしかありません。本来ならば言ってはいけない立場なんでしょうけど、今回に関しては余りにも商人の方が不憫なので……。これでも頑張って捻出してくれた額なんですよ」


 今回雇われた商人の役目は“馬車の貸出し”と“案内”である。

 そのため、準備の為の元手がかかっている以上、報酬をもらう前に準備できる金も限られている。


 基本的にギルドの依頼に対して依頼者は金額を先払いしている。

 これは依頼の揚げ逃げを防止するためのものだが、そのルールがある為に“報酬を貰ってからその報酬の中から依頼料を出す”という行為が出来ないのだ。


 さらに、今回は領主様からの直々の依頼ということもあって、大っぴらに別の護衛を雇います。という事になると、「こっちはその分の金を出しているのにどういう事だ?」という話になる。


 当然、護衛費用を全て懐に入れてしまったバラッグ冒険者ギルドは白を切るだろうから、自らの身を守るためには、商人は身銭を切っての冒険者を雇うしかなかったのである。


「恐らく、今回の依頼が失敗したら大赤字ですよ。その商人さん」

「そういう話を聞くと断りにくくなりますね……」

「断らないでくださいよ~。こっちも村長さんから色々言われて困ってるんですから~」


 そう言ったヒルダは本当に困ったような顔をしていた。

 多分、同じ冒険者ギルドの不正である事から、言いたくても言えない事が山ほどあるのだろう。


「まあ……。村長にも受けると言ってしまいましたし受けますよ。でも、実際にその冒険者に会った時にどうなるかは……ちょっと俺の方でもどうなるかわからないって言うことだけは理解してください」


 プレートを右手で下げて、珍しいものでも見るように目をキラキラさせているアイリスの様子を見ながら答えたレオンの態度にヒルダも何を言いたいのかを悟ったのだろう。

 困ったような表情から懇願するようなそれに変えて、レオンに縋るように手を伸ばす。


「お願いですから問題だけは起こさせないようにしてくださいよ? あの人本当にレオン君以外の人の言うこと聞かないんですから。今度もっと過激な衣装をアイリスさんに渡すようにしますから、本当にお願いします」

「いや、別に過激な衣装はいりませんが、善処はしますよ」

「お願いします」


 深刻な表情でレオンの両腕を握って頭を下げるヒルダの頭頂部を見ながら、レオンは気楽そうなアリシアをよそに深い溜息をついたのだった。

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