第二章 北方領地と冒険者達
第12話 騒動後の顛末と村長の依頼
長期間眠っていて体調が万全ではない状態での長時間の説教は流石に堪えた。
太陽が中天に達する少し前にレオンの小屋に訪れたカリンは、レオンの目が覚めたことに対して喜ぶこともそこそこに、お互いを罵り合っているレオンとアイリスの2人を座らせて陽が西に傾き始める時分までたっぷりクドクドと説教をし続けた。
やれ、私がどれだけ心配していたかや、目が覚めたならどうして直ぐに知らせに来ないのかや、どうしてアイリスがレオンの小屋に住み着いているかとか、そもそも、レオンとアイリスの関係はなんなのか……等等だ。
レオンとしては、アイリスの話し方からそれなりに村の人々と打ち解けたのかと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないらしく、相変わらずの無遠慮さと太太しさで、一方的に対応していった結果らしい。
カリンやヒルダから服を貰った経緯も、完全武装した状態で村の中を歩き回る姿を何とかして欲しいと頼んだ所「服がないのだから仕方ないだろうが」と堂々と開き直られたので渋々差し出したというの真相だったようだ。
なんとも横暴な話だが、カリンや村人達は助けられたという負い目もあり、何も言う事が出来なかったとか。
そんな状態だった時にようやくレオンが起きた事もあり、これ幸いと説教をしたのが先程までのカリンだったということである。
ちなみに、あれから姿を見ないから寝てるんじゃないのか? 扱いをされたアンドレだが、彼の場合はレオンと違い魔力を使い切っただけの状態だったため、次の日にはある程度回復してギルドのカウンターに立っていたという事だった。
ギルドに用などあるはずもないアイリスが顔を合わせるわけがなかった。
「そういうわけで、今回の事件に関しては今後はバストール王国聖騎士団が対応する事になった」
レオンの家全体と比べても随分と広い村長の家の一室に通されたレオンは、そこで今回の事件の大凡のあらましを聞いているところだった。
最も、広いといっても元々開拓村に建てられたような家でしかないので、広さはあれど作りはレオンの家と大差ない。
どちらかといえば、村長だからというよりも、一家で生活しているから広くした。という程度のものでしかなかった。
「聖騎士団が対応……ですか。思ったとおりハーゲル子爵には何のお咎めもないのですね」
「お前の言いたい事はわかるが、ハーゲル子爵側の救援要請と軍事行動を起こす旨の通知書が王都とバラッグ男爵の元に届いていたと先日こちらに連絡がきた所だ。タイミング的にも事後報告なのは間違いないが、こちらからそれを抗議した所で無意味である以上諦めるしかない」
「今回のハーゲル子爵軍の行動で北方の開拓村が2つ壊滅してますよね? それでも抗議は出来ないのですか?」
「無理だろうな。確かにこちらは2つの開拓村が壊滅し、100人以上の開拓民が死んでいるが、あちらは討伐軍の壊滅だ。人的被害は恐らくそれ以上であろうよ。しかも、今回の霊体の大量発生は予想できなかった事態であったし、あちらの犠牲者には多くの神官も含まれていた。当然、教会側からの反発も予想されるから、社会的な制裁という意味では十分果たされているともいえよう」
「……分かりました。なら、これ以上は何も言いません」
「それがいい」
レオンの言葉にデュランは頷いたが、その表情は苦虫を噛み潰したように歪めており、デュラン本人も納得しているわけではないのだろう。
ちなみに、現在この部屋にはデュランとレオンの他にカリンとアイリスの2人も同席しており、それぞれ、カリンがレオンの右側、アイリスが左側に腰を落ち着けていた。
最も、デュランとレオン同様に憤慨したような表情を見せるカリンと違って、アイリスは心底どうでもいいような表情を浮かべて両足をプラプラと前後に揺らしていた。
「今回の騒動に対する顛末は理解しました。所で、俺に何か話があると聞いていたのですが?」
「ああ。寧ろこっちが話の本命だ」
デュランは頷くと、先程からテーブルの上に広げられていた地図に指を向ける。
デュランが指で押さえた部分には今回壊滅してしまった開拓村の一つがあった場所だった。
「今回折角開拓が軌道に乗っていた開拓村が壊滅してしまった。お前も知っての通り、バストール王国の領土はまだまだ未開拓地帯が多く、その開拓は急務だ。バラッグ男爵としても開拓に成功した土地はそのまま自分の領地になるわけだから一緒だな。それで、今回バラッグの街で開拓村への移住者を募った所、20名程の応募があったというわけだ」
言いつつ、デュランは北の開拓村から街道をなぞりつつバラッグの街まで指を移動させる。
当然、その途中にはデミル村も通過点として存在していた。
「お前が寝ている間にある程度の調査は終わり、移住者が現地に到達する頃にはほぼ全ての処理も終わっているだろう。だが、調査を行った俺達やこの村の冒険者ギルドの連中は兎も角、バラッグの街の元住民が安心できるかは別だからな」
そして、デュランはバラッグの街に置いていた指をデミル村までスライドさせた。
「この村までは特に大きな問題も混乱もないだろうが、ここから以北は実際にスペクターが現れた地域になる。当然、移住者の間にも不安は広がるだろうし、噂話でも耳に入れた移住者が移住を辞めると言いかねない。そこで、領主様から実際にスペクターを討伐した冒険者を護衛に組み入れろと依頼があった」
デュランはチラリとレオンとアイリスに視線を向ける。
たしかに、今回の騒動でスペクターを倒した実績があるのはレオンとアイリスの2人だけだった。
「ちょっと待ってください! そんな大事な依頼を低ランクの冒険者と、そもそも冒険者でも何でもない女の子に頼むつもりですか!? ここはせめて高ランクの冒険者も一緒につけるべきです! 例えば──」
「護衛は2人だけだ。それ以外は認めない」
机を両手で叩きながら立ち上がり捲し立てるカリンの言葉を遮りながら、デュランははっきりと告げる。
そんな態度に更に目を釣り上げるカリンだったが、そんなカリンの態度にデュランは困ったように苦笑した。
「言い方が悪かったな。認めないではなく、認められていないが正解だ。今回の護衛任務だが、実際には正式に雇われた護衛が別にいるのさ。だが、今回の騒動でそれだけでは不安だって言うんで、確実にスペクターを倒すことのできる最低限の人材を下請けの商人が求めているだけなんだ。本来の予算に組み込まれていない以上、今回の報酬はその商人の自腹だからな。高ランクの冒険者も多数の冒険者も雇うのが難しいと来たもんだ。そんな時に出たのがこいつらの話だ。何しろ、かたや低ランク、かたや冒険者登録もしていない子供だという話だ。それなら是非と回ってきたのがこの話だ」
「当初の話では領主様の依頼という事では無かったのですか?」
レオンの指摘にはデュランは頭をかく。
「その最初からいるという護衛の中に実際にスペクターを討伐したことのある冒険者がいるっていうのが護衛側の言い分だ。真偽は知らん。だが、実際にその護衛とやらと顔合わせをした商人からの直接の依頼だからな」
「大体事情はわかるだろ?」と続けて、デュランは大げさに両手を広げた。
「実際にはそんな実績も実力もない……と?」
「さてな。だが、今回は領主様からの直々の依頼。当然報酬も破格だ。あの手この手で潜り込もうとする狡辛いやつはどこにでもいるもんだ。例えば、バックに有力者を付ける……とかな」
「有力者って誰です?」
「例えばって言ったろ? ただ、今回の件に対してあっちの冒険者ギルドは何も言ってきてないらしいからな。詳しいことはこっちの派遣所の女狐の方が詳しいんじゃないか?」
それでは答えを言っているも同然である。
その答えを聞いてレオンは諦めたような溜息をついたが、意外にも苦言を呈したのはレオンの隣で我関せずを決め込んでいたはずの銀髪の少女だった。
「気に入らんな」
腕を組み、不機嫌そうに眉を上げるとデュランを睨む。
「何故、その様な面倒な事を我らがやらなければならぬ? そんな奴ら、この地にきた時点で消し炭にするか、依頼自体無視するかどちらかにすればよかろ?」
過激なアイリスの物言いに絶句ししてしまったデュラン。
まさか年若い少女の口からそんな言葉が飛び出すとは思っていなかっただろう。
最も、この中では一番付き合いの長いレオンだけは予想できていた事だったので、村長の変わりに説明する。
「それが出来ない理由がある。問題は、今回の行動を起こしたのがバラッグの冒険者ギルドだったとしても、直接依頼されたのはデュラン村長だって事だ。当然、ここより先に行った際に何かあったら責任を問われるのは村長だ。それはバラッグの冒険者ギルドも当然理解しているから、報酬欲しさに実力もない子飼いの飼い犬を送り込んできてるんだよ」
「……お前もう少し隠そうとする努力しろよ……」
「すいません。根が正直なもので」
アイリスの発言から何とか立ち直ったデュランだったが、直後に聞こえてきたレオンの言葉に頭からテーブルに突っ伏した。
それでも、アイリスは納得できないのか、視線を村長からレオンに向けて、心底面倒くさそうな表情を見せた。
「だったら、その護衛とやらだけを消し炭にして、我らだけで受ければ良いではないか」
「そうしたいのは山々だけど、状況がよく分からないからヒルダさんに聞かないと何とも言えないな。多分だけど、『報酬は全額そっちにやるから後は任せてくれ』とでも言えば引っ込むかもな」
「どうして我らが面倒事を引き受けるのに報酬を全部やらなければならんのだっ!」
「奴らの目的が金だからだよ。どの道そいつらと一緒に依頼をこなしても、追い返して依頼をこなしてもこっちの貰う報酬は同じだぞ? それなら、こちらのやりやすい方法にする為に交渉するのは有りだ」
「……むう……」
レオンの言葉にアイリスは納得半分不満半分という態度で腕を組んで首をグルグルと回していたが、やがてぴたりと首の動きを止めるとレオンを見た。
「……それで。貴様はこの依頼を受けるつもりなのか?」
「……受けるしかないだろう。俺だって出来れば断りたいけど、これで村長……引いてはこの村に何かあったら困るからな」
「そうか。貴様がそういうのであれば仕方がない。納得はしよう」
それまで散々文句を言っていたくせに急に前言を翻したアイリスの様子に驚いたのはカリンだった。
レオンの肩を掴むとその頭に自分の顎を乗せて、丁度レオンの反対側にいるアイリスに向かって食ってかかる。
「ちょっと! 散々文句言っていたくせにどうしてそこで納得するのよ!? そこは冒険者でもなんでもないからって言って私に権利を譲るパターンでしょっ!!」
「は? 貴様は何を言っているのだ? レオンが行くと言っているのだぞ? ならば、共に行く以外の選択肢が我にあるとでも思っておるのか?」
「さも当然のようにそんなこと言われてもさっぱり意味がわかりませんっ! そもそも、この間も聞いたけど、あなたはレオンの何なんよ!? いきなり現れたと思ったら一緒に住むとか言い出すし! 強いのだけは認めるけど!」
「何度も同じ説明をさせるとは貴様も大概面倒くさい女だの。以前も言ったが我はレオンと生涯共に有ると誓い合った仲だ」
「初耳なんだけど!?」
依頼に関しては話をしていたはずが、いつの間にか終の見えない不毛な言い争いに発展したところで、レオンは溜息を1つついてデュランに視線を向ける。
「兎も角、今回の依頼は不本意ながらも受けることにしますよ」
「そりゃ助かるが……。その、お前の頭の上で繰り広げられている言い合いはいいのか?」
「村長が直ぐに止めさせろというなら止めさせますが、そうじゃないならしばらく言わせておけばすっきりして落ち着きますよ」
「お前スゲェな……。まあいい。特に迷惑じゃないからお互い発散させて後腐れなくさせてやれ。ああそうだ。移住民が来るのは数日後になると思うが、それまでにその嬢ちゃんの冒険者登録は済ませておけよ。じゃないと不要なトラブルを招きかねん」
「分かりました」
迷惑じゃないと言いながらも話が終わった途端退室していく村長の後ろ姿を眺めながら、レオンは「これ夕飯の時間までに終わるのか?」と考えていたが、どっちにしろ夕食を作るのはカリンなのだから、終わるまで付き合わない限り時間になっても夕食は出ないだろう。
結局、2人の言い合いが収束したのはデミル村に夜の帳が降りた頃だった。
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