第14話 バラッグからきた冒険者
その後レオン達はヒルダと細かい契約を詰めていき、最終的に移住団ががやってくる二日後までは準備の時間に充てるという事で一時開放となった。
本来であればそのまま帰っても良かったのだが、せっかくだからと魔術師ギルドにも足を運んでいた。
「やあレオン」
レオン達が魔術師ギルドのカウンターに現れると、アンドレは笑顔で対応してくれたが、珍しくカウンター内に置かれている椅子に腰掛けたままで立ち上がることが無かった。
「おはようアンドレ。体調は……あんまり良くなそうだな」
レオンの言葉にアンドレは笑う。
既に行動で隠しようがなかった事から変な強がりも必要なかったのだろう。
座ったままの状態で両足の腿を摩りつつアンドレは答える。
「君のように1週間眠ったまま……というわけでも無かったけど、どうにも頭も体も重くてダメだね。僕はこの状態になるのは二度目だけど、どうにも慣れないよ。君は起きて一日二日でよくそこまで動き回れるものだね」
「……あー……そう言えば、何だか少し頭も体も重いような気がするけど、お前ほどじゃなさそうだな」
力なく笑うアンドレに対して右腕を軽く回しながら答えたレオンだったが、その疑問に対して口を出してきたのは意外にもアイリスだった。
「何だ。そんな事が不思議なのか?」
その声に思わず目を向けてしまったアンドレとレオンの先にいたアイリスは腕を組んだ状態で不思議そうに首をかしげていた。
「人間が魔力不足による疲労を感じるのは元々の魔力量の一定の割合を切った時だ。魔力欠乏状態で止めたなら兎も角、魔力枯渇状態まで陥ってしまったのだから、貴様ら2人の回復状態に違いが出ても不思議はあるまい」
「ああ、そういう事か」
「いや、どういう事だよ?」
アイリスの説明にアンドレは直ぐに理解して頷いたが、レオンはイマイチ理解できなかったのか聞き返す。
「単純に僕とレオンの持つ保有魔力量の違いが出てるんだ。例えば魔力疲労を感じるのが残りの魔力量が10%を切った時に起こるものだと仮定して、僕の魔力の量が1000で、レオンの魔力量が100だとしよう。単純に僕と君の魔力の回復速度が同じで14回復したとしたら、僕の魔力は1.4%しか回復していない事になるけど、君は14%回復していて、魔力疲労からは脱している状態という事になる」
「なるほどね。そういうことならわかるけど……」
そう言いながらレオンは自らの体を両手で撫で回した後に再度アンドレに視線を向ける。
「……わかるんだけど、俺とお前ってそんなに魔力の量に差があるの?」
「何を今更。貴様の魔力量がしょぼいのは昔からであろうが。そもそも、生粋の魔術師と貴様の魔力量を比較すること自体無意味だろう」
レオンの疑問に答えたのはアイリスだった。
少々馬鹿にしたような視線をレオンに向けて、鼻を鳴らしている。
「しかし、流石に詳しいね。僕が気絶している間に状況を一変させた凄腕の剣士という話だけど、魔術にも造詣があるとは驚いた。君はひょっとして魔術も扱う事が出来るのかい?」
「……まあ、嗜む程度には……の」
珍しく言いよどむアイリスの態度に、ひょっとして自分に気を使っているのだろうか? と考えたレオンはアイリスに顔に目を向けると、アンドレからあからさまに視線を逸らしていた。
「……へぇ……上級の魔物を一蹴できる剣技を持ち、魔術も扱える人間……か。まるでレオンを強くしたような人だね。ひょっとしてレオン。君との関係はその辺りかい? どうも、君の昔の事も知っているようだし」
「あ、ああ。一応俺の師匠って感じだな……」
「師匠?」
レオンの言葉にアンドレは驚いたように声を上げ、それからマジマジとアイリスを見つめた。
「精々兄弟弟子か何かかと思っていたけど、師弟だったのか。そうすると、この人は随分と幼い頃からすごい力を持っていたんだね」
「まあ……確かに人間離れはしていたな」
アンドレの言葉にレオンは頷く。
2人の見解は違えども嘘は言っていないとレオンは心の中で言い訳する。
嘗て一緒に旅をしていた頃のアイリスの見た目が幼かったのは間違いなかったのだから。最も──それは今と変わらない姿という意味だが、レオンが口に出すことはない。
「それじゃあ、今回助けに来てくれたのは偶然じゃなかったのかい?」
「いや、偶然だ。俺とアイリスが別れたのは随分と前の事だけど、連絡自体は取れる状態だったからな。あの状況で無駄だと思いつつも連絡を取ったら偶々アイリスが近くにいた。誰かから聞いて知ってると思うけど、こいつは魔術で身体を強化してるからとんでもなく足が速いし、強いから。そのままこっちに来てもらって、助けてもらうように頼んだんだ」
「それはすごいね。どうやら僕たちは神に見放されたわけではないようだ」
少々大げさな動作で祈りを捧げるような仕草をした後、アンドレは改まるとアイリスに向かって頭を下げる。
「そう言えばお礼がまだでしたね。この度は僕たちを含めてこの村を救ってくれてありがとうございました。恐らく、君が来てくれなかったら僕達も、レオンも死んでいた事でしょう」
「別に礼などいらんよ。我はレオンに頼まれたから周囲にいた霊体を殲滅しただけだからの。それに、あの程度軽い運動にもならん」
「つくづくとんでもない人ですね」
アイリスの言葉にアンドレは苦笑する。
そんなアンドレに対して、レオンは何かを思い出したかのように声を上げた。
「そうだ。そう言えばアンドレは今回の開拓村への移住の件は何か聞いているか?」
レオンの言葉にアンドレは僅かに眉を寄せた後に冒険者ギルドへと目を向ける。
その時、冒険者ギルドのカウンターに立っていたヒルダと目があったため、その視線から逃げるように腰を浮かすとレオンに顔を寄せる。
「逆に僕から問いたい。ヒルダからは何も聞いていないのか?」
「あらましくらいは。何となく冒険者ギルドの問題という雰囲気は感じたけど、詳しい事は濁された感じかな」
「ふむ……」
その返答にアンドレは考え込むと再び座り、ヒルダに視線を向ける。
今度のヒルダは少しだけ睨むような表情に変わっていた。
「……まあ、ヒルダの立場だと話難いだろうね。そして、ヒルダが話さなかった事を僕が口にするのも違うと思うし……でも、このままレオン達を何の前情報もなしに送り出すのは確かに危険かもね」
危険。
その単語を聞いてレオンは僅かに顔を顰めてアンドレに注視すると、アンドレは足元にあったであろう小さな木箱をカウンターの上に移動させた。
「なんだこれ?」
「僕の方から今回助けて貰ったお礼というか……まあ、開けてみてくれ」
アンドレの勧めに従いレオンはカウンターに置かれた箱の蓋を開けると、中に入っていたのは指輪だった。
その見た目は先日スペクター戦で使用したラストの魔術が込められた指輪に似ていた。
「これは……魔道具か。それも、随分と珍しい魔術が込められておるの」
「わかるのかい?」
「うむ」
レオンの脇から箱の中を覗き込んだアイリスのセリフに、アンドレは驚いたように問いかける。
その問い掛けに、アイリスも指輪に目を離さずに頷いた。
「【
「……そこまでわかるのか……。本当に君は何者なんだい? いや、今はそれは詮索すべきじゃないんだろうね。確かにこれは君の言うとおり一度しか使用できない使い捨ての試作品だ。でも、今回の依頼でもしも何かあった場合、何らかの助けになると思う」
「レオンには我がついているのだぞ? 万が一など存在せんわ」
「確かにそうかもしれない。でも、今回きをつけなければいけないのは魔物だけじゃない。人間もだ。もしも君が2人いるのなら僕もこんな心配はしないけど、残念ながら君は1人だ」
真剣な表情で訴えるアンドレだが、それをアイリスが首を振って否定する。
「確かに我は1人しかおらぬ。だが、たかが魔物や人間に、我が遅れを取るとでも? それにレオンとて守られるだけの弱者ではないぞ? 貴様とてレオンの実力くらい把握しているのであろ?」
「もちろん知っている。ああ、知っているとも。けれど、知っているからこそこいつを持って行ってもらいたいんだ。こいつはきっとレオンにとっての力になる」
「くどいな。レオンの実力は──」
「アイリス。貰っていこう」
どんどんヒートアップしていく2人の言い合いに、割り込む形でレオンが止める。
その手には箱の中から取り出した指輪を持って。
「アイリス。お前は知らないかもしれないけど、アンドレのもしもは当たるんだ。前回のスペクターとの戦いで、解決に導いたのはアイリス。お前だろう。でも、その前にアンドレが色々と手を打って準備してくれていたからこそ、お前が来るまでの間あの戦線を維持する事が出来たんだよ。こいつの心配性には理由がある。俺はその直感を信じたい」
指輪を右手の人差し指にはめて、そう言い切ったレオンの指を見つめたあと、アイリスはやや不満そうな様子を見せながらも、比較的あっさりと頷いた。
「……まあ、貴様がそういうのならいいだろう。だが、そんなものがあろうが無かろうが、我はどんな相手にも遅れを取る事はないと断言はしておくぞ」
「ああ。それはわかってるよ」
レオンは笑顔でアイリスに答えると、首をアンドレの方に回して右手を上げる。
「アンドレもありがとう。こいつは有り難く貰っておくよ。今回はいつごろ村に帰れるかはわからないけど、その間村の事はよろしく頼むよ」
「うん。それはもちろん。まあ、僕はこの状態だから何かあったら自警団か冒険者達が対応すると思うけど、カリンちゃんも残る事だし余程の事がない限り大丈夫だろう。心配せずに行ってくるといい」
アンドレの言葉にレオンは手を振って分かれると出口に向かう。
その時、背中に何となく視線を感じて振り返ってみると、心配そうな眼差しを向けるヒルダと目があった。
もっとも、お互いこれ以上なにか伝えることは無い事は分かっていたので、レオンは視線を外して手を振ると外に出る。
随分と時間が経っていたらしく、熱を伴った暑い日差しがレオンとアイリスに襲いかかった。
「……暑……。こんな季節に護衛任務か……。裏があろうが無かろうが、あまり受けたい類の仕事じゃないんだよな……」
「ならば、受けねば良かっただろうに」
右手で陽の光を遮りながら歩き始めたレオンの背中にかかるアイリスの声に、レオンは溜息を付きながら。
「俺だって出来ればそうしたかったさ。そもそも俺は素材屋だ。素材を探して持ってきて、3つのギルドのどこかに卸して食い扶持を稼ぐ。最低限自分を守る力はあるつもりだったし、そうやって生きたかったけど……。人と関わっている以上、こういうどうしようもない事もあるもんだよ」
「めんどくさいの」
「ああ。めんどくさいんだ」
アイリスとどうしようもない話をしながら、レオンは昼食のためにレイド武具店に足を向ける。
その際、前回の戦いで魔術を使用して消滅させてしまった長剣を買い直さないとな。と、考えながら。
◇◇◇
依頼を受けてから2日後。レオンの目が覚めてから3日後の昼少し前の時間の門の前に、2人の冒険者が旅姿のまま街道の南の方角に目を向けて立っていた。
「遅いな」
「心配しなくてももうすぐ来るよ。昨日の夜に隣の宿場町に宿泊するって連絡がギルドにあったらしいから、早朝出発したとすればそろそろ……ほら、噂をすればってやつだな」
唇を尖らせて文句を言っているのは真っ赤な鎧姿のアイリスだ。
腰には宝剣を下げ、今日は何時もの戦闘スタイルで固めていた。
対するレオンは何時もの仕事用の服に新品の金属製の部分鎧に、同じように新品の長剣を腰に下げていた。
この2つは鎧はレイドが、剣はカリンが、この間の仕事の報酬としてレオンに無理やり押し付けたものだった。
正直レオンは受け取れないと辞退したのだが、2人に押し切られて今に至る。
もっとも、その根底はアンドレがレオンに対してしたものと同じものである事は理解していたから、最終的には受け取ることになったのだが。
そんな2人の後ろには銀色の毛をもつ狼であるウィルがおとなしく座っており、その後ろの獣車には2人の荷物が投げ込んであった。
「あれか。随分と柄の悪い連中がついてきておるようだが、あれは盗賊とやらではないのか?」
「……違うだろ。多分、あれが今回の護衛だっていう冒険者のパーティーだろ」
「護衛? 襲う方の間違いであろう?」
「俺に言うなよ」
レオンの指さした方角から合わられた1団をみながらアイリスが率直な感想をこぼすが、それに対してレオンも口では諌めるように言ってはいたが、思う所は同じであった。
デミル村に向かってくる馬車は幌付きのものが3台だった。
そして、その周りを囲むように野盗のような装備をした男達が馬で併走していた。
人数は見える範囲で5人だろう。もしも馬車に乗っていたらもっといるかもしれないが、人数が増えれば報酬の分配に揉める事を考えればそこまで多くはないだろう。
もっとも、あの絵面はどう見ても盗賊に連行される商団にしか見えない。
やがて柄の悪い連中に囲まれた馬車はデミル村の門の傍らに止まると、先頭の馬車で御者をしていた商人風の男が降りてきて、レオン達の前まで歩み寄る。
年齢は30代半ばといった所だろうか。腹は出ておらず、露出された肌は日に焼けており、向けられる表情は弱々しい。
本来であればもう少し若々しい見た目をしているのだろうと予想できたが、彼の表情に貼り付けられた不安げな表情が全てを台無しにしてしまっていた。
恐らく、その原因はこの先にいるかもしれない強力なモンスターによる不安だけではないだろう。
「お待たせしました。私がこの度の移民団の案内役を務めさせていただいているボンドと申します。お二人には無理を言ってしまい──」
「おいおいおい! 冗談きついぜっ!!」
腰を精一杯低くしてレオン達に向かって頭を下げた商人──ボルドの言葉を遮ったのはすぐ後ろにいた馬上の男だった。
粗雑な服の上に薄汚れたレザーアーマーを着込み、肩に鉄製の槍を乗せた状態で下卑た笑みを浮かべていた。
「この辺に出たスペクターを倒した冒険者が加わるって聞いてどんな奴が加わるかと思ってたらガキ2人だと!? こんな奴らに俺らの金が流れるとか巫山戯てんのか!?」
「い、いえ。この方達は貴方方の報酬とは別に、私が個人的に雇った──」
「なら、そいつらの分も俺らによこせや!! 心配しなくてもそいつらの分くらい俺らが働いてやるからよぉ!!」
「ついでに、ガキ共の装備も貰っちまおうぜ! 生意気にも贅沢な
「そいつはいい! なにせこっちは“領主様直々”の重要な任務を受けてるんだからよぉ! 現地人ならただで差し出して当然だよなぁ!」
「おいっ!! メスガキは連れてこうぜ! 今運んでる荷物には手が出せねぇからこっちは溜まってるんだ! そいつもこんな娯楽もねぇド田舎にいるくらいだ。寧ろ好きもんだろうぜっ!」
「違いねぇ!!」
がははははははっ!! と、下品な笑い声を上げる盗賊団──もとい、護衛団の男達の醜態に、隣の少女の額に青筋が浮かんだのに気づき、レオンが男達に向かって口を開こうとしたのだが──
「おい、そこのメスガキ!! 直ぐにその鎧うごっ!!」
──それよりも早く練りこまれた魔力の塊が、一番先頭にいたリーダーらしき冒険者のあごを打ち抜き、落馬する。
その様子を見ていた他の冒険者達が弓、剣、杖、槍と次々とアイリスに向けようとするが、向けたそばから突風が男達の周りを取り巻き、軒並み武器を手にしていた腕がありえない方向に曲がって次々と落馬していった。
「……中々愉快な事を口にしていたのう……貴様ら……」
初めに落下したリーダの右腕を右足で踏み抜き、アイリスは告げる。
最も、静かなのは口調のみで、その雰囲気は人が直視出来ないほどの怒気を放っており、現に右腕を踏み抜かれた冒険者は、「ひぃっ!」と口にしながら腕の痛みも忘れて失禁していた。
「確か、我らの分まで働くと豪語しておったのお……ならば、まさかメスガキ一匹にやられる事もあるまい? お望みならばいつでも受けてたってやるぞ?…………死ぬまで…………の」
既に護衛の冒険者はおろか、馬車から顔をのぞかせる移住民達や、レオン達を雇った筈の商人まで青い顔でアイリスを見つめている状況で、どうすればいいかわからないレオンは頭を抱えて唸り声を上げた。
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