第11話 デミル村の素材屋と机上の少女
長い眠りから覚めたレオンの目に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
どれくらい寝ていたのだろう? と考えるよりも、いつの間に帰ってきたのだろう? という疑問の方が強かったレオンだったが、寝る前の事を考えようとした所ではしった頭の鈍痛に顔を顰めた。
たしか、ウィルの背に揺られてデミル村まで戻り、村長に最低限の事を報告した所までは覚えている。
しかし、その後の事がどうしても思い出せない。気がついたら見慣れた天井が目に映った……というのが正直な感想だった。
「ようやくお目覚めか。よくもまあ、そこまで眠れるものだの」
聴き慣れた声にレオンはベッドから上半身を起こして声のした方に顔を向けると、視線の先には窓際の机の上で両足をプラプラとさせながらレオンを見つめる、長い銀髪を後ろで一纏めにした少女がいた。
「……随分とファンタジーな格好をしているな」
銀髪の少女は白いワンピースを着ていた。
少なくともレオンが一緒にいた頃はした事のないような格好で、更に足を前後に揺らしているものだから中身が見えそうだったのだが、本人は特に気にしていないようだった。
「おおこれか。服が無いと言ったらカリンがくれての。ついでにヒルダからも制服とやらも貰ったぞ。着て見せれば貴様が喜ぶと言ってな」
「全く……相変わらず碌な事しない人だな。いつ俺が制服好きだって言ったよ」
「何だ。喜ばんのか? なら、やはりこっちのフリフリの方が好みかの」
「好みかどうかよりも違和感が先に立つよ。お前はどちらかと言うと戦場を駆け回っている印象が強い」
「心配しなくても戦闘になったら着替えるさ」
何時もの瞬間武装の事を言っているのだろう。
そういう意味では普段着は持ち歩いていない少女だったから2人の知り合いの好意はありがたかった。
もっとも、服を着たまま瞬間武装したら元々着ていた服はどうなるのだろうという疑問は残ったが。
「俺は……どれくらい寝てた?」
レオンの問いに銀髪の少女──アイリスは、少し考える素振りを見せて指折り数える。
「7日……程かの。その間貴様の小用の世話や栄養補給など大忙しだったぞ。──カリンが」
「そんなに……そうか。カリンには後でお礼を言っておかないとな」
「それが良かろう。まだ右手がよく動かないというのに甲斐甲斐しい娘だ。別に治してやっても良かったのだが、もしかしたら貴様が嫌がるかもしれんと思っての」
「そうか。お前にしては的確な判断だな。そこは礼を言っておくよ」
「お前にしてはが余計だの。全く、一体我がどれだけ貴様と一緒に居たと思っている?」
「……今となってはカリン達との付き合いの方が長いんだよなぁ……」
言いつつレオンは視線を出入口である自宅の扉に向ける。
「カリンはもう暫くは来ないぞ。先ほど帰宅したばかり故な。次に来るのは……そうさの。今は傾いている太陽が真上になる頃だろう」
後ろに倒れ込みながら窓の外に上半身を出し、ピッと指を真上に向けるアイリスの姿を見ながら、「とりあえずこいつは淑女とは言わないな」と思いつつ言葉には出さず、アイリスの方に体を向けながら姿勢をただす。
「そうか。なら、次にカリンが来る前に今日までの現状を説明して貰っていいか? 特に、俺とお前が別れた直後の事が知りたい」
「そうさの……」
「説明は苦手なのだが……」と続けながらも、アイリスはあの後の事をレオンに対して説明する。
霊体の気配を追って3人の元に駆けつけた時、満身創痍であったものの、とりあえず3人は無事だった事。
ただ、アンドレに関してはレオンと似たような状態になっており、アンドレを守るようにカリンとヒルダが立ち回っている所だったらしい。
恐らく、レオンから回収した魔道具を使って、ラストを使用したのだろう。
「じゃあ、アンドレは今も療養中か?」
「さあな。ただ、今日まであの男とは会っていないのだからそうなのではないか?」
特に興味もないとばかりのアイリスの言葉だが、会話もした事のないような相手への印象などそんなものだろう。
話は続く。
合流後に6体のスペクターを瞬殺したアイリスだったが、周囲に倒した6体以外の霊体の気配を察知したらしい。
一応、カリンとヒルダの許可を得て森の中を走り回って霊体を討伐して回ったらしいのだが、その数はゴースト11体にスペクター3体。更にレイスも2体いたらしく、流石にこれにはレオンも声を上げて驚いた。
「そんなに……これはやっぱり、ハーゲル子爵軍も手に負えなくて何とかこっちの領地に押し込んだ可能性が高くなってきたな」
「ヒルダもそのような事を言っておったの。それから、軍が壊滅的な被害を受けただろうとも。最も、自業自得だとヒルダは吐き捨てておったがの」
ヒルダなら言いそうだなとレオンは思う。
それよりも、それほどの敵が村に近寄ってきていたのなら、今回アイリスがいてくれなかったらデミル村も壊滅していただろう。
そして──
「……この村の北にある2つの開拓村は、既に壊滅した後なんだろうな……」
「ああ。確かデュランとか言う大男もそんな事を言っておったぞ。それで、伝えたい事があるから、貴様が目を覚ましたら会いに来るように伝えろと抜かしよった」
「無礼な男だ」と続けたアイリスの言葉にレオンは苦笑する。
いくら本人が人外の存在で人よりも遥かに長く生きているといっても、何も知らない人間が見れば年若い少女の姿をしているアイリスに対して、感謝はしても敬意は払いにくいだろう。
更に、レオンの知り合いともなれば同様だ。
「そう言えば、一番大事な事を聞き忘れてた。お前皆には俺との関係についてなんて答えたんだ?」
「ああ。その件については少々悩んだが、“嘗て寝食を共にした者”と伝えておいた。ただ、その話をした時の周りの反応がの……なんと言うべきか。呆然としていた? いや、信じられない事を聞いた? うむ、こっちの方が近いか? その様な反応だったのでな。貴様この村でどのような生活をしているのだ?」
おそらく、基本的に一人で行動しているレオンに嘗てとはいえ仲間がいた事に驚いたのだろう──という事にしておいた。
ひょっとしたら、それ以外の邪推をした者もその中にはいたかもしれないが、その件に関しては無視する事に決めた。
「経緯は大体こんな所かの。後は3人を抱えて帰ってきたら貴様が倒れたらしく大騒ぎしていたのでな。カリンと一緒にこの小屋に運び込んで今に至るといった所だ」
「そうか。ありがとう。大体の事は理解したよ」
「貴様が礼か……呼び出された時も不思議に思ったが、貴様も少しは変わったようだの」
「色々あったんだ。色々と」
「そうか。色々あったか」
その言葉を最後に2人の会話が終わったと判断したのだろうか。
先程まで鳴き声一つ出さずにベッドの脇に腹ばいになって大人しくしていたウィルがノソッとレオンが座っているベッドの上に乗ってくる。
既にレオンよりも大きな体躯となったウィルが乗ると、小さなベッドがより一層小さく見えた。
「ウィル。お前にも世話を掛けた」
「ウォン」
まるで気にするなとでも言うように一声鳴いて、顔を舐めてくるウィルの体を撫で回しながら笑うレオンに視線を向け、アイリスはらしくもなく柔らかく微笑む。
「……穏やかな村だな」
「ん?」
思わず零れおちた──そんなアイリスの呟きに、レオンはウィルに顔を舐められながら視線を向ける。
その先にいたアイリスは微笑んだまま瞼を閉じる。
「思えば、貴様と我の旅は戦いの連続であった。“人の目を逃れたい”という貴様の無茶な要望もあったからだが、貴様には随分と身の丈に合わぬ化け物どもと対峙させたと思っての」
そう口にして瞼を上げると、アイリスは「ドラゴン、デーモン、大怪鳥、ドラゴンゾンビ、それから……」と指折り数えて苦笑する。
「そんな物を連日相手にしていたらそれは性格がねじ曲がっても当たり前というものだ。当時は裏切られた衝撃が大きすぎて考えられなかったが、ここで穏やかに過ごしている内に我にも問題があった事に気がついたまでだ。すまんかったの」
「お前が人に謝るなんて俺は夢でも見ているのかね。でも、その謝罪は不要だよ。俺が勝手にお前の戦い方に恐怖して、いつかその切っ先が俺に向くんじゃないかと気が気じゃなかっただけだから。一度は殺りあっているだけに余計にそう思ったんだ。俺がこの先どんなに強くなったとしても、絶対に勝てない相手がいるって事を身にしみて理解したから」
「そうか。それで強くなる事を諦めて、この村に腰を落ち着ける事を選択したか?」
「そういう意味も込めてこの村に自宅を立てたつもりだよ。定住に関しては先の事だからわからないけど、力は最低限自分を守れるだけあればいい」
「そうか」
その言葉を聞いてアイリスは大きく頷いた後に腕を組む。
「ならば、この先我の助けは不要かの」
それは、レオンにとって話の流れから予想できた質問であって。
だから、その問にレオンは首を横に振る。
「一緒にいてくれればいい。それに、この先今回のような事が起こらないとも言えないから、その時に助けてくれれば文句はないかな」
「それは言われずとも我の仕事だの。我は今後は貴様と同様の時間を過ごし、共に死に逝く定めだ。なれば、共に歩むことに些かの問題もあろうはずもない」
「そいつは助かるね」
口元の端を釣り上げ、ニヤリと笑うアイリスにレオンも笑って返すと、大きく伸びをする。
まだまだ体は重かったが、それでも村長に会いに行くくらいは出来そうだった。
「その前に先ずは昼食かな。何だか随分長く物を食っていないような気がするよ」
「まあ、貴様はずっとスープだったらの。それにしても、貴様への餌付けの風景がもう見られなくのは残念だ。カリンの膝の上に頭を乗せて、口元にスープを運ばれる貴様の姿は中々に面白かったのだが」
「……あいつは人前でなんちゅう食べ方をさせてるんだよ……」
「何だ。その程度で恥ずかしがってどうする。食事の後の小用の処理もカリンにさせておった分際で。こう貴様のズボンを下ろして──」
「やめろ黙れ。そういうのは知らないままでいる方がいいだよ!」
「この前我の裸を見たお返しだっ!」
「お前が勝手に見せただけだろうがっ!」
突然言い合いを始めたレオンとアイリスの様子に驚き、ベッドから飛び降りて心なしか困惑したような雰囲気を醸し出すウィルだったが、しばらく経っても終わる事がない言い争いに諦めたのか、傍で丸くなってしまう。
そんな2人の言い合いは、昼食と着替えを持ってレオンの自宅に訪れたカリンに怒られるまで続いたのだった。
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