第8話 ラスト
戦場に飛び込み、リンダとスペクターを離したあと、リンダにはカリンの手当を頼み、レオンはアンドレと組んでスペクターをどうにかする為に立ち回っていたのだが、それはあまりうまくいっているとは言えなかった。
「うおっ!」
「ちょっ! 盾役がこっち来るんじゃない! まだ詠唱が……」
「そんな事言ってる場合か!?」
近づけばエナジードレイン。
離れれば魔術を行使してくる厄介極まりないアンデッドの攻撃に、レオンも完全には立ち位置を決めきれずに右往左往してしまい、コンビを組んでいるはずが、アンドレの魔術の行使を邪魔してしまうというような状況に陥ってしまっていたのだ。
「くそっ。普段は一人だからな。流石に誰かと組んで戦うのは想定外だ」
「一応聞くけど、言ってて虚しくならないかい?」
「ならないね。一人の何が悪いんだ?」
憐憫の眼差しを込めたアンドレの疑問に対して吐き捨てるように答えるレオンだったが、なるほど、確かに一理あると納得する。
しかし、一応ダメもとで現状でも何とかなるかどうかの確認だけはしてみる事にしてみた。
「僕が魔術で牽制している間に、その発光した拳で倒す事は出来ないわけ?」
「初級技の練気拳に何をそこまで期待しているのか。生命エネルギーをまとわせてるから霊体を触る事くらいは出来るけど、決定的な威力はないんだよ。更に、こいつは直接ぶん殴らなければ意味がないから、不意打ちでもない限りあいつのエナジードレインが怖すぎて近寄れない」
だったらなぜ未だに拳に気を纏っているのかと問い返したいアンドレであったが、よく考えたら最悪倒す事はできなくても、吹き飛ばす事が出来るのなら、一応、盾役として本人なりに役にたとうと考えているらしい事はしれた。
「……だったら、思い切って一人でやる方がいいかもね」
「なんだって?」
2人がかりでも苦戦中なのに、どうして人数が減らす必要があるのかと。
その辺を問いただしたくて口を開きかけたレオンだったが、その前に口を開いたのはアンドレだった。
「今のままの戦い方を続けていたって、結局お互いの良さを消すだけだよ。現に、レオンは今相手を倒す事が難しい何だかよくわからない術を使って僕の前をうろちょろしているだけだし、その度に邪魔されてもこっちとしても堪らない。僕としては、レオンには自由に動いてもらって、こっちが勝手にフォローする戦い方を推したい」
「……それだと、無防備なお前に攻撃が行ったら終わらないか?」
「相手が物理的な相手ならそうだろうね。でも、幸か不幸か相手は霊体だ。一応僕は魔術師だし、精神攻撃には強い。…………はず」
「……イマイチ信じきれないけど、確かにその方が上手くは行きそうだ」
「だろう?」
「なら、今後お前のフォローには回らないけど本当にいいんだな?」
「何度も聞かないでくれ。流石に決心が鈍る」
「わかった。じゃあ、こっちはこっちで好きにいくぞ!!」
言うやいなや、レオンは両手を叩くように合わせると、両手に纏っていた光が消えて、変わりに全身に薄らと魔力が包み込んだ。
「我は願う! 古き盟約の名において我が身体に活力を満たせ!」
それは魔術には違いなかった。
だが、それはアンドレが知っている魔術とは少々毛色の違うものだった。
(魔術の神の名を省いた? いや、あれは最初から詠唱に組み込まれていないのか。だとすると、あれは古代魔術か)
初級であればどんな技術も習得できるとは確かに聞いた。
しかし、実際に聞くと見るとでは大違いだった。
(全く。規格外な)
思いつつもアンドレは右手の人差し指に嵌めた宝玉に魔力を灯す。
このマジックアイテムはアンドレが作成した世界に1つだけのもので、魔術10種程ではあるものの、魔力を込めれば簡単なキーワードのみで発動できるすぐれものだった。簡単に言えば、スクロールの上位互換である。
「ファイヤストーム!!」
右手をスペクターに向けてアンドレが放った一撃は、違わず対象の足元から炎の嵐を巻き起こし、あっという間にスペクターを炎に染める。
もっとも、いかにアンデッドとは言え、肉体をなくした霊体であるスペクターには単純な炎では倒せない。
それこそ、炎で倒そうとおもったならば、炎と聖なる力をブレンドしなければならないだろう。
最も、ただの魔術師であるアンドレにそのような技術があるはずもない。
「大地に宿りし初護神マグナよ! 我が信仰を贄として不浄のモノを打ち払う力を与え給え! 【聖光】!」
そこへ、魔力の衣を纏ったレオンがいつの間に接近したのか、燃え盛る炎に向けて神聖魔術を叩き込む。
しかし、ゴーストにさえ効かない聖光の魔術が、炎に纏われている位でスペクターに通用するはずがないはずが──
「魔力の鎖よ結んで混ざれ!!」
ただ一言、その言葉を発しただけで、スペクターの霊体の一部が僅かに消失した。
だが、その様子をみて驚愕したのはアンドレだ。
余りにもありえない自体に、スペクターの攻撃範囲から逃れるべく動いていたレオンに向かって大声で叫ぶ。
「何ですか今の!? 魔術同士が混ざったのか!?」
「モンスターテイムの足がかりの技だよ!! モンスターをテイムするには先ずは異なる魔力を混ぜ合わせないと話にならないからな!!」
「テイムの技!? 魔術ですらないのか!?」
理屈はわかるが、とんでもない発想力だった。
普通、テイムの技術で魔術と神聖魔術を混ぜ合わせようとは思わない。
そもそも、テイムの能力と魔術の能力は併用できないのだから、前提からしておかしい。
「しかし、それでも殆どダメージは無し……か。くそっ。ちょっとは期待したのに」
「いや、いけるんじゃないか? 神聖魔術を混ぜ合わせる事が出来るなら、通常魔術の威力を上げてあげればもっと効果的なダメージが期待できそうだよ?」
「無理だ。足がかりの技だって言ったろ? あまりでかい魔術だと上手くいかないんだ。それこそ、魔族クラスをテイムするようなテイマーの技術だったら可能かもしれないけど」
「何とも、中途半端な技だね」
「それが俺の能力だ」
「そうだったね」
レオンの言葉に頷きながら、アンドレはスペクターに目を向ける。
まだ多少炎に巻かれてはいるものの、レオンの言葉通りあまりダメージは通っていないようだ。
「所で話は変わるけど、君が今まとっている魔力の膜は、身体強化の術かい?」
「いや、身体活性の術式だよ」
「どう違うんだ?」
「身体強化は肉体の強化だろ。身体活性は魔力を生命力に変換させるんだ。要するに、エナジードレインで死ににくくなる」
「ああ。なるほど」
通りであっさりスペクターに近づいたわけである。
しかし、それならば身体活性を使用して気功の技を試したらダメなのだろうか?
その疑問をアンドレが口にすると、レオンは嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「だから、そこまでの威力はないんだって。精々が殴り飛ばして吹っ飛ばす程度。相手の立ち位置を変えるくらいなら使えるかもしれないけど……まてよ?」
ふと何か思い立ったのか、レオンはスペクターから距離を取りながらアンドレに真剣な表情を向ける。
「たしか、お前っておもしろ魔術師だったよな」
「なんだ君は。いきなり失礼な事を言うな」
突然のレオンのいいざまに、アンドレは憤慨したように返すが、寧ろ驚いたのはレオンの方である。
「なんで怒ってるんだよ。褒めたんだぜ?」
「凄いな。全く褒められた気がしなかった」
「それはあれだ。もう少し人付き合いを増やして、会話のレパートリーを増やせばいい」
「貴重な意見だ。しかし、それこそ君だけは言われたくない提案だ」
ようやく炎を振り切ったのか、スペクターがゆっくり移動しながら炎の魔術を放ってくるが、散発的なその魔術をやり過ごしながら、レオンとアンドレの2人は半ば言い合いをするように意見交換をする。
「俺が言いたかったのは、普通の人間だったら考えもしないような変な魔術を作るやつだろって言いたかったわけ」
「まず、変ではない。僕が変な魔術を作るわけがないだろう? ただ、他の魔術師が挫折したような魔術や魔道具を創る事はあるね」
「やっぱりおもしろ魔術師じゃないか」
「まだ言うか」
一向に要点を得ないレオンの言葉に、アンドレはイライラしながらもスペクターに向かってトルネードの魔術を簡易発動するも、それは凪を漂う凧のようにスペクターが揺らいで終わった。
「俺が聞きたいのは、そういうおもしろ魔術でも魔道具でも何でもいいから、一時的にしろ一回限りにしろ、魔力量を大幅に上げる方法はないかってことなんだよ。一応、あいつに通用するんじゃないかって思いついた方法があるんだけど、どう考えても魔力が足りなくてさ。そういうのがあればありがたい」
「……一つ聞きたい。そいつは完成版のみのリクエストか? 例えば、副作用が酷すぎて使い物にならないような未完成版も含まれるのか?」
「完成版でも未完成版でもどっちでもいいよ。ようは、一時的に魔力量が増大すれば後はこっちで何とかするから。こう見えて意外と痛みには強くてね。子供の頃には腕を切り落とされた事だってあるんだぜ?」
「戯言だね。それが本当ならば今の君の両手は何だい? 一度落ちた腕が元に戻るなど伝説の類でしか聞いたことがない」
「じゃあ、伝説級だったんだろ」
「このまま話していると僕の中での君の本気度がどんどん落ち込んでいくんだが」
「だから本気だって。副作用があろうが何でもいいよ。あるの? 無いの?」
「…………ある」
レオンの言葉にアンドレは少し考えた後に答える。
「よし、じゃあ──」
「待て。あるにはある。だが、先程も言ったように強力な副作用がある。僕の作った魔道具の中に、対象の魔力量を100倍にする事が出来るものがあるが、こいつは一度使用してしまうと、使用した魔力が全て体外に放出されてしまうんだ。いいか。魔術の行使が終わった時点でどんなに魔力が残っていても無条件でゼロになる」
「なるほど。わかったから貸してくれ」
「いや、分かっていない。いいかレオン。人間というのはどんなに魔力がなくなったと思っていても、絶対にゼロにはなっていないんだ。俗に言う“魔力枯渇状態”だって、体内には僅かに魔力が残っている。それがゼロになるんだ。わかるか? 魔力枯渇状態だって地獄のような苦しみを味わうんだ。それがゼロになったらどうなるか……下手したら、自ら命を立ちたくなるような苦しみを味わうことになるかもしれないんだぞ?」
「だから大丈夫だって」
「何故そのように言い切れる!!」
レオンの言葉にアンドレは叫ぶ。
アンドレにだって本当はわかっている。
このような不毛な話し合いをしている間にも、スペクターの攻勢は苛烈を極め、既に2人のやるべきことはそれほど多くは残していない。
それこそ、すぐにでも何か手を打たないと、折角助けたカリン達や、村人たちを危険にさらすかも知れないのだ。
「さっきも言ったろ? 俺は痛みに強いんだ。さっき話した腕の件もそうだけど、お前が言うような魔力が完全にゼロになった事もある。さらに言えば、これから俺がやろうとしている事をやってゼロになったんだ。その時は失敗したけど、魔力が足りてりゃ成功だった。その時に経験した身からすれば、確かに死ぬほどキツかった。けど、死ぬほどキツイってのは本当に死ぬのとは別物だよ。死なないんだったらそれは大したことじゃない」
レオンの言葉にアンドレは目を見開く。
このどう聞いてもハッタリとしか思えないような言葉が、嘘を言っているように聞こえなかったからだ。
「だからさ。貸してくれ。俺は大丈夫だよ」
カリンたちの方にスペクターが行かないように軽く牽制しつつ後退しながら、レオンは何でも無いことの様に右手を差し出す。
その様子を横目で見つつ何やら葛藤している様子のアンドレだったが、どのみちこのままではどうにもならないと判断したのだろう。
胸元から下げていたペンダントを右手で引きちぎると、その鎖に通していたリングをレオンに向かって放り投げる。
「そいつを握りこんでキーワードを唱えればいい。それだけで一定時間魔力が増えるが、魔術の行使が終了しだい副作用が発動する。キーワードは【ラスト】だ」
「【ラスト】……ね。一体どんな意味を込めてそんな名前にしたのか気になるけど、身につけていたって事は、お前もいざという時は使おうとしてたんだな」
レオンの言葉にアンドレは返さない。
ただ、スペクターへと散発的な魔術の行使を続けるだけだ。
だから、レオンも直ぐにアンドレから体を離すと、リングを片手にスペクターへと駆ける。
ただし、彼なりに、心配させてしまった不器用な友人に精一杯の明るい声を上げて。
「見せてやるよ! 一つ一つは威力の小さな初級技でも、やりようによっては大魔術も、どんな奥義もぶち抜く力があるって事を! お前からもらったこの力で、俺がそれを証明してみせる!」
そして、リングに魔力を込めると、スペクターから放たれた火球の魔術をサイドステップで交わしながら大きく叫ぶ。
「【ラスト】!!」
その瞬間、レオンを中心として、魔力の奔流が吹き上がった。
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