第6話 君の才能
デュランやレイド達に後の事を託した後、レオンは結局直ぐに村には戻らずに、偵察の時点で調べることの出来なかった東側を調べてから戻ることを選択した。
本来であれば直ぐに戻って村人達の警備に戻るのが最善である事は分かっていたのだが、もしも、自分が偵察しなかった場所からゴーストが現れたら……と考えたら調べずにはいられなかったし、今村人たちを守っているのは2人のギルド長とカレンを含めた冒険者達だ。
他の冒険者たちはまだしも、先の3人に関しては実力はよくわかっている。共にレオンよりも腕のいい者達であり、自分ごときが心配するのもおかしいだろうと考えていたのだ。
だからこそ、村の中央広場に戻ってきた時に見た光景を、レオンはどうしても信じられなかった。
「……どうしてこの場にカリンがいないんだ?」
それはただ、純粋な疑問に過ぎなかった。
しかし、その言葉を聞いたアンドレは一瞬肩を震わせたあと、ツトツトとこれまでの事をレオンに話した。
恐らくゴーストはそれほど襲ってこないだろうと話していた事。
その時にダイケンの意識が戻って襲ってくるアンデッドの詳細が判明したこと。
敵はゴーストだけでは無いこと。
そのゴースト以外のアンデッドには、【浄化】の魔術も通用しなかった事。
その話を聞いたカリンがレオンを追いかけて飛び出してしまった事。
すると、今度はそのカリンを追いかけてヒルダまで飛び出してしまった事。
そのヒルダに、レオンの足止めを頼まれた事などだ。
「全て僕のせいだ」
項垂れるように話を締めくくったアンドレの声は後悔の色が滲んでいた。
「子爵軍の動向の情報を得た時に村長に相談していれば、今頃は国軍が動いていたかもしれない。僕がアンデッドにも通用する魔術を開発できていれば、みんなに無理を強いる事もなかっただろう。僕が得意になってアンデッドの事をカリンちゃんに話さなければ、カリンちゃんは飛び出さなかったかもしれない。僕がもっとヒルダの──」
「御託はいいんだよ」
いつまでも自分を責める言葉を紡ぎ続けるアンドレの口を止めたのはレオンだった。
俯いていたアンドレの胸元を掴み上げ、額がぶつかる程に顔と顔を近づけながら。
「俺が聞いているのはカリンの事だけだ。その相手がスペクターだろうが不死王だろうがどうでもいいんだよ。今必要な情報は、いまカリンが無事であるかどうか、今から追って間に合うのか、追いついたとしてもしもアンデッドと遭遇していた場合、その相手に勝つことが可能なのかどうか、勝てないなら逃げる事は可能なのかどうか。俺は俺よりも遥かに強い魔術師として、お前がどうやればこの問題をクリアできるかどうかを聞きたいだけだ」
「……わからない……僕には……」
レオンからの問いにアンドレは答えず首を振る。
しかし、レオンは胸元の手は離さずアンドレの目を見続ける。
何故なら、その瞳から光が消えていないように感じたからだ。
「……僕には勝てるかどうかなんてわからない。何しろ戦った事もない相手だからね。やってみなければ分からいというのは本音だよ。でもねレオン」
そこまで口にして、アンドレは胸元を掴むレオンの手首を握り締め、強い瞳を見せつける。
「君と一緒ならばどうにかなるんじゃないかって考えている自分がいるんだ。君は確かに強くない。1体1で勝負したらきっと10回やったら10回僕が勝つだろう。それは、カリンちゃんにしてもヒルダにしてもおんなじさ。でもレオン。君には相性がないんだよ。君は何も出来ないとよく口にするよね? でも、君は一度だってギルドの依頼を失敗した事があったかい? 君は何も出来ない。でも、君は何でもできるんだ」
アンドレの言葉にレオンは驚く。
いつの間にか掴んでいた腕を離し、変わりにアンドレがレオンの手を握っていたが、それに気が付かない程に動揺していた。
「レオン。君は知っているかい? お母さんが魔物に殺されてから、カリンちゃんは誰にも心を開くことは無かったんだ。父親であるレイドさんにもだ。君を木剣で叩きのめしたのも、君がよそ者で気に入らなかったからじゃない。ただ彼女の癇癪だった。村の人たちにとっては見慣れた光景だったんだ。そんな君にあれほど彼女が懐いたのは何故だろう? 君が見慣れない剣技を使っていたから? 違うね。彼女は感じたのさ。君の本当の凄さに」
アンドレは一歩詰め寄り、先ほどのレオンの再現のようにお互いの額を付けるほどに顔を近づける。
「レオン。君は知っているかい? ヒルダが冒険者を辞めた訳を。初めて君に会った頃、彼女はよく君に無理な依頼を投げてたはずさ。弱い君を失敗させるために、あの手この手で無理難題を投げつけた。でも、君はその全てをこなしてしまったよね? 誰にも迷惑をかけず、さもそれが当然だとでも言うように、彼女の無茶を受け続けたよね。彼女の人生は人に裏切られ続けたひどい人生だったそうだ。これは後から聞いた話だけどね。君は彼女の事を苦手だというけれど、彼女はいつも楽しそうに君の事を話すのさ。レオン君はすごいねーってさ。デミル村に来た頃、ヒルダは決して笑わなかった。誰に対しても事務的で、無愛想で、誰かと関わる事を嫌ってた。それがどうだい? 今の彼女を無愛想だなんていう人間がデミル村にいると思う?」
アンドレの右手から熱がこもり、レオンの中に何かが流れてくるように感じた。
そこでレオンは思い出すのだ。
アンドレは魔術の研究開発を本業とする、本来は実戦向きではない魔術師なのだと。
「レオン。君は知っているよね? 元々僕はこの村が嫌いだった。こんな場所に飛ばされて、僕の実力はこんな場所では生きないってずっと思ってふてくされてた。そんな時に君が来た。君は覚えているかい? 全ての人間を見下していた僕の前で、君が起こした1つの奇跡を。僕が劣等感に苛まされる事になった決定的な瞬間を。レオン。君は知らないはずだ。本来人間には2種類以上の魔術を扱う素養は生まれないものなんだよ。でも、君は一体どれほどの種類の魔術を扱えるか把握しているかい? 一種類? 二種類? 三種類? それとも、もっと沢山。それこそ、この世界に存在する全ての魔術を君は扱えるのかもしれない。レオンこれはね」
手を離し、体も離してアンドレは続ける。
既に周りは静寂に包まれ、全ての視線が2人に集中しているように感じたが、今はアンドレの目を離してはいけないと感じたレオンは、黙ってアンドレの言葉を聞いていた。
「これはとても凄い事なんだ。とてもすごい才能だ。確かに君は弱いのかもしれない。でも、それは相手の得意分野で戦った場合に限るんだ。君は誰かと争う時に必ず相手と同じ技術で立ち向かう癖がある。ひょっとしたらそれは、以前君が僕に話してくれたトラウマと関係しているのかもしれないけれど、そんな事は今問題じゃないよね? 君は何でも出来る。だからこそ、相手を敵だと判断したら、嫌な部分を付けばいい。そうすれば君は絶対に負けないんだ。それは、この5年間友人として過ごしてきた僕だからこそ自信を持って言えるんだ」
『お前は本当に嫌な人間だ。こちらの嫌な事ばかりしてきおって……』
「…………あ……………」
アンドレの言葉にレオンの頭にある人物の言葉が浮かび上がる。
あれは家を、国を出て放浪していてすぐの頃だった。
片腕で死にそうになりながら未開拓の森を歩き続け、もうだめだと思った時に出会ったのだ。
初めは敵だと思った。
だからこそ全力で挑んだ。
死にたくないから全てを出した。
それでも、倒れていたのは自分だった。
そんな自分を見下ろして、呆れたように口にしたのがその言葉だった。
彼女は言った。
『これは貸しだ』と。
その瞬間レオンの右手に感覚が戻り、失った筈の右手が現れた。
彼女は言った。
『これは契約だ』と。
その瞬間、彼女の美しい銀髪が形を変えて、首輪となってレオンの首に嵌められた。
『これはお前を逃がさぬ為の目印であり、首輪だ。最も、今の我の力ではこうして顕現できるには限りがあるのでな。お前の力を少々頂くことにしたわけだ。代わりと言ってはなんだが、少しくらいは“下僕”である貴様の頼みを聞いてもよいぞ? そうだな。我を呼び出す時は──』
一度思い出した風景は芋ずる式に関係のある記憶を呼び起こす。
どうして忘れていたのだろう?
どうして忘れようとしていたのだろう?
決まっている。
それは、レオンがその後罪を犯し、彼女を裏切ってしまったからだ。
「レオン。勝算はあるかい?」
レオンの表情の変化を見たからだろう。
アンドレは不敵な笑みを浮かべてレオンに問う。
「ああ。本当は絶対にやりたくない方法だけど、俺の切り札はまだあるみたいだ。どうやら、ずっと眠っていた俺の中の何かを、お前が起こしてくれたらしい」
すっかり熱が冷めてしまった右手を掲げ、レオンが笑う。
その笑顔につられるようにアンドレも笑い、そして、住民を守るように周りを囲っている冒険者へと視線を向けた。
「行ってこいよ」
その視線の意味を感じ取ったように、1人の冒険者がそう告げる。
「……そう……だな。行ってこい。でも……」
いつの間に意識が戻ったのだろう。
声のした方に視線を向けると、さっきまで目を閉じていたハゲルが震える腕を上げながらサムズアップをして。
「……ついででも……何でも……いいから……ヒルダ……ちゃんも……助けてやって……くれや……」
その言葉にレオンは頷き、足元でおとなしくしていたウィルの頭に手を乗せる。
「ウォン!」
「そうか。やっぱりお前は最高の相棒だよ」
レオンは嬉しそうにウィルの頭を撫でるとその背に跨り、アンドレへと向き直る。
「カリンとヒルダの居場所がわかった。まだ“敵”には会っていないようだが、どう転んでもおかしくない状況のようだが……どうする?」
恐らく2人が話している間中ずっとカリン達の探索を行っていたのだろう。
主人に忠実なウィルの事だから、2人に危機がせまったならば、話を中断させてでもレオンを背に乗せて走っていったはずだ。
だからこそ、その場に留まって問いかけてくる、どうする? はどんな意味なのか。
それが分からないほどアンドレも馬鹿ではないつもりだった。
だからアンドレは笑って答えるのだ。
「一応僕はレオンよりも軽いつもりだけど、後で動物虐待とか何とか言うのはなしだよ?」
そう言ってウィルの背に乗ってきたアンドレの言葉に対してレオンは笑って取り合わず、変わりにウィルが走る前に切なげに鳴くのだった。
◇◇◇
「はあっ……はあっ……待ちなさい!! カリンちゃん!!」
「レオン!! レオンーーーーー!!」
「ダメよ!! レオン君はこっちにはいないの!! カリンちゃん!!」
村の南側に広がる森の中を2人の女が走り続けていた。
既に視界に収まる位置に村の姿は無く、このまま走り続けていたらそれこそ最悪の結果になりかねない。
後方を走る女はいつしか鈍ってしまった自分の走力と体力に舌打ちしながら、それでも必死に追いかける。
当然若さもあるのだろうが、目の前を走っている少女の運動能力は異常だった。
(道理で冒険者になってたったの一年でBランクまで駆け上がれるはずよね)
カリンの剣の腕は幼い頃から有名だった。
それは、寂しさの八つ当たりに村の内外問わずに木剣を振るい続けた結果なのだろうが、いつしか彼女に剣の勝負で勝てる人間はいなくなった。
それは、レオンが来てからも同様で、彼はただの一度もカリンに剣の勝負で勝ったことはないはずだ。
にも関わらず、カリンはレオンを師と仰ぎ、そして、本当にもっと強くなってしまった。
弱い人間が必ずしも指導者に向いていないわけではないのだと、当時のヒルダも随分感心したのを覚えていた。
(思えば、あの頃からカリンちゃんは感じていたのかもね。レオン君のもつ歪さを)
少し腕の立つ人間が相手になると面白いように負けてしまう少年レオン。
しかし、それはどんな相手でも同様に同じように負けた。
常識離れした強い相手であっても、本人よりも辛うじて強いだけの相手であっても同様の負け方を披露したのだ。
それは普通ならありえない事だったが、当の本人がそれに気がついていない事が問題だった。
(本来であれば直ぐに気が付く。どんな相手にも同様に負けるという事は、どんな相手とも合わせられるという事。つまり、どんな技術も習得できる異常能力者。デメリットとして1つの能力を極める事が出来ないみたいだけど、そんな事は大したデメリットにはならない。何故なら、どんな相手と相対しても、その相手の弱点を突く戦い方が出来るという事なんだから)
惜しむらくは、本人がそのことを理解せずに、相手と同じ戦い方をする事だ。
(流石にモンスター相手にはそんな事はしていない……と、思う。依頼の成功率を見てもそれは確かなはず。でも、不安は抜けない。基本はソロで活動しているから、レオン君の戦いを間近で見たことのある人は少ないから。だから、こそ不安になる。もしもいつもの戦い方をモンスター相手にしているのなら、本当に強いモンスターと戦った場合、確実にリオン君が負けるという事だから)
気が狂ったようにレオンを探して走り続けているカリンの今回の行動の本質はそこだろう。
だからこそヒルダは追いつかなければいけない。
もしもこのまま走り続けて、本当にスペクターが存在した場合、本来レオンと出会うはずの無かったモンスターと対面させてしまうという事だから。
「止まりなさいっ! カリンちゃん!!」
既に限界を超えているであろう両足に鞭打って、更に加速しながら叫んだヒルダの目の前に、唐突に目的であった少女の背中が迫ってきて急ブレーキをかけ──
──る途中で背中に壮絶な悪寒が駆け巡り、直様背中の弓と腰の矢を引き抜くと、転がりながら体勢を整えつつ矢を放った。
そして、とっさの行動をしたのはカリンも一緒だったらしい。
ヒルダよりも先に異常を発見していたらしいカリンは一瞬だけ足を止めて直線的なフェインをかけると、目の前に唐突に現れた“それ”に対して、霊滅薬の処理が施された細剣で首と腹をなぎ払っていた。
それはまさに閃光の如し。
しかし、そんなカリンの斬撃も、ヒルダが放った霊滅薬で処理された矢の攻撃も平然と受けきったアンデッドは、ゆっくりユラユラと挑発するように2人の間を不気味に漂う。
「……ようやく見つけたよ」
そして、ヒルダは見た。
レオンを探していると思って追いかけていた少女の顔が、歓喜で歪んでいる光景を。
「あのまま村に残ってたら、お前とレオンが会っちゃうもんね。そうしたらレオンは絶対に死んじゃうから……レオンと会う前に私と先に会うようにずっと呼んでいたんだけど……来てくれて嬉しいよ」
その表情はレオンを会う前。
母親を失った直後のカリンの様子と酷似していて。
「レオンに会う前に私がお前を消滅させる。レオンは私が守るんだから!!」
その危うさに、ヒルダは新たな矢を番えながら心の中でレオンを呼ぶ。
幼い頃のカリンを簡単に救ってくれたあの時のように、もう一度カリンの心を救って欲しいと願って。
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