第2話 デミル村のソロハンターと冒険者ギルド

 旧魔族領とは一言で言ってしまえば嘗て魔族が生息していた人の手が入っていない荒地である。

 厳密に言えば、そういった荒地は世界各地に存在しているのだが、その中でも特に広大で、最も危険で開拓が難しいと言われていたのが旧魔族領だった……というだけの事で。


 そして、現在においては1つの国家が存在し、3つの国家が領地拡大の場所として開拓を続けているが、結局のところ“ある程度人の手が入った未開拓地”である事に変わりはなかった。


 そんな開拓地の中にあって、旧魔族領以外に領地を持たないライラック王国であったが、この国に関しては国民の大半が武術に秀でた者達である故か、ある一定の範囲を開拓した後は寧ろ荒地をそのままにしておき、天然の城塞としているとの噂もあった。


 その噂の発生するきっかけとしては、小競り合い程度ではあったものの、建国以来ただの一度も敗北を喫した事が無いという歴史的事実があったからだろう。

 

 そんなライラック王国とは丁度大陸の正反対。大陸の東端に位置する開拓地の一つに、デミル村という村がある。

 その村は嘗ては開拓地の最前線として設えられた開拓村だったが、やがて開拓が進み開拓の最前線の役目をほかの村に移してからというもの、専らその中継点としての役目を担うようになっていた。


 規模だけを見れば最早町と言っても差し支えない大きさを誇る場所だったが、その役目柄普段立ち寄っているのは先の開拓村に向かう人間か、商人、もしくは周辺を統治している領主の関係者くらいで実際に生活しているのは極僅かだという所。

 また、村を防御するための防御柵も非常に簡素な作りになっており、装いがそもそも町の定義から外れているというのも大きかった。


 そんな開拓村に住んでいるのは殆どが他所から流れてきた元よそ者であり、純粋にデミルを故郷と呼べるのは、この村で生まれ育った15歳以下の子供達くらいであろう。

 つまり、それ以上の年齢の人間は、一人の例外もなく他の場所で生まれ育ち、最終的にこの場所に流れ着いてきた者達ということにある。


 さて、そんな未だ開拓村丸出しのデミル村に向かって、軽快な速度でもって近づいてくる獣車が一台。

 大人二人がギリギリ横になれるかどうかの木製の箱に、やはり木製の車輪が取り付けられた簡素な台車を引いているのは銀色の狼。

 大きさは一般的な大型犬よりはやや大きいというだけで牛や馬に比べればはるかに小柄であるにも関わらず、全く疲れも見せずに引いている姿は驚嘆に値する。

 しかし、見るものが見ればその狼が一般的にはシルバーデビルと呼ばれる魔物であることに気づいただろう。

 

 そして、獣車が走っているという事は当然使役者も傍にいるという事で、簡素な台車にこれまた取ってつけたような御者台に手綱を握った一人の青年が座っていた。

 短く切られたやや煤けた金髪を風に揺らし、青い瞳を湛えた相貌はやや釣り上がっているようにみえるが、目つきが悪いと言うほどでもない。

 中肉中背で村人というよりは商人に近い格好をしていたが、御者台の空いたスペースには一本の長剣が鞘に収まった状態で置かれており、いつでも手にできる状態になっていた。


 一目見ただけでは魔物使いなのか商人なのか冒険者なのかよくわからない出で立ちの青年であったが、一応青年はデミル村の住人であり、丁度仕事から帰ってきたというタイミングだった。


「おうレオン。今回は随分と遅かったじゃないか」


 村の門に近づいたところでスピードを落とし、門番であろう武装した男の傍で停止した青年──レオンに声を掛けたのはよく見知った相手だった。


「ただいま。マルクス。ちょっと出先でトラブルがあってね。手間取ったせいで草原で野宿する羽目になっちまったんだ」

「トラブル?」


 苦笑しながら報告したレオンに対して、デミル村の自警団の一人であるマルクスは首を傾げながら問い返す。

 常に外で動いているからだろう、革鎧から見える肌は小麦色というよりも黒に近く、茶色い短髪に厳つい顔からはうっすら汗が流れている。

 右手には短槍が握られており、腰には短剣が下げられていた。


「ああ」


 レオンは頷く。


「今回の依頼は血仙花の採取だったんだけど、群生地があるバルバザック古戦場で一角獣の群れに出くわしてね。狩りつつ逃げてたらいつの間に知らない場所まで行っちまってこのざまだよ。せめてもの救いは3頭分だけとはいえ一角獣の角を回収できた所かな」


 寝かせて置いてある長剣の鞘を右手で軽く叩きながらそう告げたレオンの言葉に、マルクスは驚きながら荷台の中に目を向ける。

 そこに見えたのは、黒ずんだ白い布袋に乱暴に突っ込まれている白い角の先端だった。

 ちなみに、レオンが採取に向かったという血仙花とは主に嘗ての戦場や墓地などによく咲くと言われている多年草で、魔法薬の原料として重宝されていた。


「一角獣の群れが出たのかよ……。相変わらず運がいいのか悪いのかわからんが、ちゃっかり角を回収出来た所を見ると運が良かったのか?」

「さあね。ただ、運が良かったとしたら俺にはウィルがいた事かな。同じ狼種だし、種族的にも格上だしね。最初にウィルが2頭、俺が1頭片付けて、俺が素材を回収している間ウィルが牽制してくれてなけりゃ無理だったよ。実際、その後はひたすら逃げただけだし」


 一角獣とは山岳から平地にかけて生息する角を持つ狼の総称である。

 細かく分ければもう少しあるのだが、違いがあるとすれば毛色位で素材の質としてもそれほど変化もない事から、殆どの人間は一括りにしてしまっているのが現状だった。

 ちなみに、一角獣から取れる素材で最も高価なのは毛皮だが、最も需要があるのは頭から生えている角だった。

 一角獣の角は魔法薬の原料から回復薬の原料、更には武器防具の原材料としても取引されていた。


「さすがのお前とウィルでも群れに掛かっちゃダメか。しかし、一角獣の角が3本も卸されるんじゃもう少ししたら一角獣の角の装備品が武具屋に並ぶかね?」

「さあねぇ……。卸した後の事までは俺は関知しないよ。そういう事はレイドさんに聞いてくれ」

「違いない」


 世間話の間に必要な手続きは終わったのか、マルクスはレオンの話に笑って答えながら門を開く。

 成人男性の背丈ほどの高さで、せいぜい馬車がギリギリ通れるくらいしかない狭い門だったが、こんなものでも無いよりはある方が村の防衛には役に立つ。


「一角獣から逃げ回って、草原で野宿したってんなら今日はゆっくり休んだ方がいいぜ!」

「そうするよ。予定外の収入も入りそうだし、今日はこれで店じまいだ」


 開かれた門を抜けながら掛けられたマルクスからの声に手を挙げて答えながら、レオンは獣車に乗って自らの住居がある村を進んでいった。



◇◇◇




 デミル村はこの先の開拓村の中継点というだけあって宿に武具屋、更には一つの建物に寄り合いとはなっているものの、商業、冒険者、魔術師と3つのギルドの出張所まで備えられていた。


 既にこの村に自宅を持っているレオンからすれば宿に関しては余り関わりは無いが、村にきたばかりの頃は随分とお世話になったものだ。

 村に立ち並ぶ他の民家同様に粗末な作りではあるものの、値段の割には食事は満足できる味であったし、女将さんの人柄もよく、使用しなくなった今でも仲良くさせてもらっていた。


 武具屋に関しては武具屋という名前とは裏腹に、どちらかと言えば万屋とでも呼んだ方がいいのではないか? という程に雑多な品を売っている店で、やはり村に1店しかない商店だった。

 もっぱらレオンは客として訪れる場所だが、ギルドに依頼されている収集系の依頼主の殆どはこの武具屋の主人であるレイドであり、もういっそ個人間でやり取りした方がいいのではないか? と、レオンは常々思っているのだが、ギルドの決まりになっている以上仕方なく中抜きをされている立場だったりする。


 そのギルドだが、レオンに関しては一応村にある3つのギルド全てにしていた。

 しかし、レオンが受ける仕事はその殆どが素材収集の依頼のみであり、その他の仕事に関しては“ついで”でこなせるようなものがあれば受けることもある……というレベルで、本気で依頼を捌いていこうという気持ちは全く見られなかった。


 やっている事は素材の収集なので、魔法具や魔法薬の原料は魔術師ギルド、モンスターの素材は冒険者ギルド、薬の原料は商業ギルド──といった具合である。

 一応ギルドにもランクが存在し、上からA~Fまで実力と実績に合わせて割り振られているが、レオンはそれぞれ、冒険者=D、魔術師=E、商業=E。となっていた。


 日々の生活をするためだけに無理せず活動しているせいかランク的には下から見たほうが早いが、冒険者に関してだけは今回の一角獣のように予定外の討伐を行う事もある事から、他の2つに比べれば一段たかいランクとなっているが、本人的には特に気にする事柄では無かった。


 何しろ、本人は素材の収集の依頼しか受ける気がないわけで、職業としても冒険者でも、魔術師でも、商人でもなく、自分で自分の事を“ハンター”と呼んで他の冒険者や魔術師たちから一歩引いた状態で関わっているような存在だった。

 当然仲間などおらず、ずっとソロでの活動である。


 その3つのギルドが入っている二階建ての木造家屋の前まで獣車で到達すると、レオンは御者台から降りると、銀毛の狼──ウィルの手綱を引き、建物と建物の間に誘導した。


「それじゃあウィル。俺は少しギルドに行ってくるけど、おとなしく待ってるんだぞ?」

「……くぅん……」


 レオンがいいながらウィルの頭を撫でると、ウィルは小さな鳴き声を上げると甘えるようにウィルの右手に顔を擦りつけた後に地面にペタンと腰を落とした。

 その様子を確認した後にレオンはギルドの中に入っていった。


 中に入ると、正面、左手側、右手側それぞれにカウンターが備え付けたれており、それぞれのカウンターの前方には10脚前後の椅子がそれぞれ配置されていた。

 人は少なめ──というよりも、カウンターの向こう側にいるギルドの職員を除けば2人しかおらず、その2人も冒険者ギルドの前で何やら雑談をしている所だった。


 本音を言えば空いている場所から用事を済ませたかったレオンであるが、荷物的に一番かさばるのは一角獣の角である。

 レオンは少し迷った後に正面に向けて歩を進めると、二人の冒険者を躱すようにカウンターにたどり着くと、机の上に布袋に入っている素材を卸した。


「どうも。素材の買取りをおねがいします」

「ようこそ冒険者ギルドへ。おや、誰かと思えばレオン君じゃないですか。昨日今日と姿を見かけませんでしたけどどこに行っていたんですか?」


 レオンの対応をした冒険者ギルドの職員は、ヒルダという名の銀髪を背中まで伸ばした妙齢の女性だった。

 彼女はレオンがデミル村に来た時には既にこの村の冒険者ギルドの職員であったことからレオンよりも年上なのは間違いないと思うのだが、見た目はレオンよりもやや年下に……見えない事もない。


 容姿としては美人とは言えないが愛嬌のある顔で、童顔ゆえにその手の趣味を持つ男からはそれなりに人気があるようで、しばしば口説かれている姿も見かけるのだが、それが上手くいったという話も聞いた事もないので上手くあしらっているのだろう。


 ただ、レオンの個人的な好みで言えば色々と世間話を振ってくるヒルダはイマイチ苦手で、出来ればあまり相手をしたくないのが本音であった。

 最も、どこのギルドも人手不足で受付はそれぞれ1人しか存在しない為に冒険者ギルドでの対応はヒルダしかいないわけだが、それが故にこうして田舎特有のを痛感することもよくあった。


「依頼ですよ。そこで一角獣の群れに遭遇しましてね。こうして数匹狩って逃げて来たってわけです」

「依頼ですか? はて。私の方からレオン君に何か依頼をした覚えがないんですが」

「冒険者ギルドの依頼ではないですからね。魔術師ギルドの依頼を受けて素材の回収に行った。行った先で一角獣に襲われた。逃げ切れなかった奴だけ狩って、その後はひたすら逃げて道に迷って、草原で野宿をしてから帰ってきた。この説明で十分ですか?」

「魔術師ギルドですかぁ~? そんな所の依頼なんか受けてないで、こっちの依頼だけ受けてくださいよぉ~。レオン君が2日も顔を見せないものだから、こっちはひたすらおっさんの相手ですよぉ~?」

「おいヒルダ! おっさんってのは俺たちの事か?」


 毎度のことながらスパッと仕事の話だけして終了。とならないヒルダの態度に辟易しながら答えたレオンの言葉に、不満そうに唇を尖らせるヒルダ。

 そんなヒルダの文句に対してクレームをつけたのは、先ほどヒルダにおっさん呼ばわりされたカウンターのそばで雑談をしていた2人の冒険者だった。


「他に誰がいるんですか? そんなところで喋ってないでちゃんと仕事してくださいよ。レオン君を見てください。ほら。これ。一角獣の角ですよ?」


 テーブルの上に置かれた布袋から白い角を一本引っ張り出して冒険者に見せるヒルダに対して、見せつけられた冒険者2人は角、ヒルダ、レオンの順に視線を移した。


「一角獣? って、レオンじゃねーか。昨日今日と見かけなかったが、どこまで行ってやがった?」

「…………これ、何回同じ説明しなきゃいけないんですか?」

「10回位じゃないですかぁ?」

「やめてくれないですか? リアルな数字出すの」


 冒険者のおっさんと視線を交わして思わず出たレオンの呟きに答えるヒルダ。

 しかし、その答えが納得出来るものでは到底無かったレオンはゆっくり首を左右に振ると、冒険者に向かって説明した。


「依頼で野宿。一角獣を狩ってきた」

「なるほど」


 面倒くさくなってほぼ投げやりぎみなレオンの説明だったが、冒険者の一人であるハゲヅラの冒険者は腕を組んで納得したように肯いた。


「よくあんな説明で納得できるなと不思議に思ったが、よく考えたら冒険者なんて脳筋ばかりだから気にしたらダメだとレオン君は思ったのだった」

「おい。声が出てるぞ」

「失礼しました」


 ハゲヅラだけではなく、その後ろで同じように様子を伺っていた大剣を背負った冒険者も納得したような顔をしていたからだろう。

 何が楽しいのかニコニコとわけがわからない事を口走るヒルダに一言を注意をした後にハゲヅラ冒険者に向かい合うレオン。


「ちなみに、一角獣が出たのはバルザック古戦場です。多分まだいると思うので、狩りに行ってきたらどうですか?」

「バルザック古戦場なぁ……」


 レオンの言葉にハゲヅラ冒険者は腕を組んだままうーんと唸り声を上げると一言。


「行くのかったりぃなぁ……」

「働いてくださいよ」

「働いた方がいいですよ」


 ハゲヅラの言葉に思わずツッコミを入れてしまったレオンだったが、ほぼ同じ内容で被った声に目を向けると、ニヤニヤとこちらに目を向けてくるギルド職員がいたので無視して今度はハゲヅラの後ろで同じように悩んでいる大剣使いにレオンは話を振る。


「こんなところで油売ってても仕様がなくないですか? お二人の大好きなお酒を飲むためにも頑張らないと。ほら。俺でさえこうして狩って来れたんですから」


 いいながら、先ほどヒルダが袋から出した後に机に放り出した角を指さしながら告げるレオンに大剣使いも納得したのか、ハゲヅラに目を向けると、ハゲヅラはそんな大剣使いの目を嫌そうな視線で返したあと、仕方ないとばかりに毛のない頭をガリガリ掻くと、諦めたように溜息を吐く。


「しゃーねーな。確かに一角獣2、3頭程度だったら何とでもなるか。行ってくっか」

「じゃーな。ヒルダちゃん」


 ハゲヅラの言葉に大剣使いも多少だるそうではあったものの、最後はヒルダに手を挙げて挨拶すると、ふたり揃ってダラダラとギルドを後にした。

 こうして現在職員以外でギルドにいるのはレオンだけとなったのだが、二人の姿が完全に見えなくなった頃にヒルダがポツリと一言こぼす。


「レオン君の報告では、確か一角獣の“群れ”って言ってませんでした?」

「言いましたね」

「大丈夫何ですか?」

「大丈夫でしょう。多分」

「そうですね。禿げてますしね」

「ええ。ハゲてますから」


 冒険者が出て行った扉を見つめたままそんなやりとりを交わす2人の男女の姿を呆れたように他の冒険者ギルドの職員は見ていたが、2人は漸く本来の目的に戻ったらしい。

 レオンはカウンターに向き直り、ヒルダは机の上の白い角に視線を落とす。


「それでは、こちらも仕事しますかね。買取りでしたよね? 一角獣の角3本ですが、超速で大雑把な査定と、的確で正確な査定と、的確で査定は下がるけど私のサービス付きのどれがいいですか?」

「的確で正確な査定でおねがいします」

「畏まりました」


 レオンのオーダーの後に深く頭を下げて一角獣の角をもって奥に引っ込んでいったヒルダの後ろ姿をみながら、レオンはだから冒険者ギルドには来たくなかったんだよなーと声に出さずに思ったのだった。


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