第1話 切り落とされた家名
才能というものが本当にあるのなら、それはなんと残酷なものなのだろうと少年は思った。
物心がついた頃に将来を期待されていたのは少年の方だった。
飲み込みが早く、何をするにも一定レベルまで習得する様を目撃した大人たちは、幼くてこのレベルであれば、大人になったら一体どれほどの力になるだろうかと口々に語り合ったものだ。
比較対象はいつだって彼と良く似た容姿を持つもう一人の少年だった。
背格好や顔の造形もソックリで、誰が見ても彼らが兄弟であると納得した。
ただ一つ違う点があったとすれば、神童と称された少年【レオンハルト】は美しい金色の髪色で、比較対象とされていた凡庸な少年【アルフレッド】は燃えるような真っ赤な髪色をしていた事だろう。
生まれたのは同じ年だが、レオンハルトの方が1ヶ月早く生まれたので兄という立場であった。
当然、双子ではない。
二人の少年に同じ血が流れていたのは間違いないが、それはあくまで半分まで。彼ら2人は母親が違ったのだ。
兄であるレオンハルトは正室の息子。
弟であるアルフレッドは側室の息子であった。
それぞれの髪色は母親譲り。
それ以外に関しては父親譲りであった事から、見た目はよく似ていながらも、髪色が全く異なる兄弟として過ごしてきたのだった。
そんな彼らの境遇に変化が訪れたのは互が10の歳の事。
5歳の頃には様々な武器の扱いからガーラル流剣術の初歩。更には魔術の初歩まで身につけるに至っていたレオンハルトだったが、それ以上は伸び悩み、10歳になってもそれ以上の実力を身に付ける事が出来ずにいた。
対して、5歳の頃には凡庸と言われていたアルフレッドであったが、7歳を過ぎる頃に剣術に関してのみではあったものの、急激にその才を伸ばし始め、10歳を迎える頃には流派の上級にもうすぐ手が届くという所まで成長していた。
こうして彼ら兄弟の境遇は一変する。
神童と持て囃された兄は凡庸と呼ばれるようになり。
凡庸な子と評されていた弟は稀代の才覚の持ち主と持て囃される事となった。
レオンハルトはアルフレッドが扱うことの出来ない魔術を扱う事が出来たが、剣術に重きを置くガーラル公爵家にとって、それは使えれば便利程度の代物でしかない。
そういった意味合いにおいて、レオンハルトの才能は、アルフレッドの持つ才能に数段劣るとの評価を下される理由としては十分だった。
しかしながら、レオンハルトは【兄】であり、更に【正室】であるリンダの息子である。
本来であればガーラル公爵家の嫡男として扱われても不思議ではなかっただろう。
だが、先祖代々磨きぬかれ、始祖の剣術流派を後世に伝える事を家訓として掲げているガーラル公爵家にとって、実力の無い者が家督を継ぐ事など絶対にあり得なかった。
実際に、直系の子に実力が無いと判断され、傍流から腕の立つ人間に家督を譲った記録も残っている。
ガーラル家にとって最も必要なのは、血の繋がりではなく、後世に業を伝える事の出来る強い当主であったのだ。
その点、次の当主を選ぶのは非常に容易だと、当代【ガーラル】は考えていた。
10歳であの技量であれば、成人する15歳の頃にはもはや自分以外の誰も相手に出来ないのではないか……とさえ思う程に。
レオンハルトに関しては既に諦めていた。
ただ、それは愛情が無くなってしまったというわけではなく、最早覆す事の出来ない状況に陥ってしまった現状において、このまま先の見えない剣術を磨くよりは、もっと自分に適した才能を伸ばして、今後の生活に備えた方がいいのではないかと考えたのだ。
理由は、ガーラル流剣術は一子相伝である事。
そして、当主に選ばれなかった直系の肉親に関しては、【ガーラル】の家名を剥奪され、傍流として己の力のみで生きていかなければならなくなってしまう。
だからこそ、当代ガーラルは10歳のレオンハルトを呼び出し、剣術は諦め、ほかの道に進むよう話した。
しかし、そんな父の想いを、レオンハルトは頑として首を縦には振らなかった。
だから、当代ガーラルはレオンハルトに一つの課題を言い渡した。
アルフレッドが成人となる15歳の誕生日までに、アルフレッドを超える業を身につけろ──と。
もしも、それが叶わぬ時は、その場で家名を剥奪し、この屋敷からも追放する──と。
それは当代ガーラルの、父親としての最後の優しさだった。
この場で諦めてくれるなら、家名を剥奪しようとも、この家の人間として今後も手助けするつもりでいた。
それはまだ10歳であるとはいえ、当のレオンハルトも理解していただろう。
それでも、レオンハルトは父親の課題を受けた。
必ず15歳までにアルフレッドを超えてみせると約束した。
その答えを聞いたとき、当代ガーラルは息子であるレオンハルトの評価が“現実を冷静に判断できない愚か者”へと変わっていったのを実感した。
◇◇◇
そして時は流れ、アルフレッド15歳の誕生日。
屋敷の裏庭に存在する修練場の中央部にて訓練用の鉄剣を振り下ろした姿勢のままで、レオンハルトは才能について考えていた。
才能というのは確かに存在するのだろう。
けれど、それは努力で埋められる類のものだと信じていた。
どんなに才能のある人間であろうと、5倍、10倍と努力しきた人間の力であれば、多少の才能など吹き飛ばせると。
しかし、ああ、駄目だ。
才能というのは、それを持たざる者にとっては、なんと残酷なものなのだろう。
父と約束して今日までの5年間。
レオンハルトはそれこそ血を吐くような訓練を寝る間も惜しんで行った。
それは、アルフレッドの5倍、10倍という程までではなかっただろう。
レオンハルトだって、弟であるアルフレッドがいかに真面目な性質であるかぐらい理解している。
それでも、少なく見積もっても倍以上は努力をしてきた自負があった。
それなのに。
ああ、それなのに。
レオンハルトが渾身の力を込めて振り下ろした剣戟は、アルフレッドが軽く打ち払ったようにしか見えない一振りでその切っ先が宙に舞い、手元に残ったのは嘗ては剣であったはずのガラクタ一つ。
クルリ、クルリと宙で回る刃引きされた刃に目を向ける。
あんなにも簡単に。
あれほどまでにあっけなく。
自身の5年間は無かった事になってしまうのか。
レオンハルトの手元にあるものは最早武器とは言えず、目の前の
ああ嫌だ。
レオンハルトは切に願う。
このまま家族と離れたくない──と。
これまでの全てを無かった事にして、たった一人で生きていきたくなんかない──。
レオンハルトは元々力なんか欲しくなかったのだ。
ただ、大好きな父親と、大好きな二人の母親と──大好きな弟とこれからもずっと一緒にいたいと願っただけなのだ。
しかし、それも終わってしまった。
才能の差というたった一言の単純な理由で、これまでの全てが終わってしまった。
手を下したのはたった一人の弟だ。
たった一人の大好きな弟が、レオンハルトから全てを奪おうとしていた。
「……我は願う」
だから願った。
大好きだった弟に、自分の全てを持っていって欲しくなくて。
剣の腕では敵わない。
だから、レオンハルトだけが使えて、アルフレッドには扱うことの出来ない力を。
「古き盟約の名において──」
振り払われようとしている目の前の剣筋に魔力の篭った右手を突き出し──。
──その腕が綺麗に宙に舞い上がった。
「……え……?」
突然肘の先から消えてしまった自身の腕を呆然と見つめながらレオンハルトの口から漏れた呟きの直後に舞い上がっていた剣の切っ先が地面に刺さり、一拍遅れたタイミングでレオンハルトの右肘の辺りから鮮血が吹き出す。
それに合わせて母であるリンダであろう悲鳴が響き、中空に飛んでいた右腕が地面に落ちる。
その音に合わせるようにレオンハルトの左手に握られていたガラクタも地面に落ちて、無骨な金属音をリンダの悲鳴が木霊する修練場に響かせた。
何が起きたか理解しきれていないレオンハルトに出来る事は見ることだけだった。
すぐ目の前にいる弟は、その美しい顔に血糊を貼り付け、驚愕の表情でこちらを見つめていた。
その手には訓練用の鉄剣が握られ、その切っ先はレオンハルトの首元スレスレで止まっている。
次に目を向けるのは悲鳴を上げながらレオンハルトに向かって駆けつけてくる二人の母親と、抜き身の長剣を下げたまま、兄弟の元にゆっくりと歩みを開始した当代ガーラルの姿だった。
「……父……上……?」
それは、兄弟どちらの呟きだったのだろう。
少なくとも、その言葉を耳に入れた兄弟双方が、自身の発した言葉だと疑わないほどに、二人の現状把握が限りなく一致していることを示していた。
「……アル……此度の試合の勝者はお前だ。直ぐに自室に戻りなさい」
「で、ですが父上……」
「聞こえなかったのか? 同じ事を何度も言わせるんじゃない」
「…………はい……」
アルフレッドは初めに父を、そして、呆然とした表情で母親であるリンダに右腕の止血を任せ、同じく母親であるマーガレットに魔術で痛みを取り除いてもらっている兄の姿を見つめた後に反論を試みたが、即座に返ってきた当代ガーラルの威圧混じりの言葉に、拳を握り締め、下唇を噛んだ状態で俯きながらも承諾し、トボトボとした足取りで屋敷へと向かって歩いて行った。
後に残ったのは血を流しすぎて顔色が青くなったレオンハルトと、二人の母親。それから当代ガーラルの4人だけ。
「……レオン貴様……次代の当主を決める神聖なる立会いにおいて、魔術を使用しようとしたな?」
「…………」
当代ガーラルの問いかけに、座り込んだままのレオンハルトは答えない。
ただじっと、当代ガーラルの持つ長剣の切っ先にその視線を固めていた。
「……旦那様……」
そんなピリピリとした親子の様子に、思わず声を上げてしまったのはリンダだった。
魂の抜けたような様子のレオンハルトの顔色にも負けないくらい青い表情のまま涙を流し、その両腕をレオンハルトの顔に巻きつけ、自身の胸元に抱き寄せながら夫であるガーラルに懇願する。
「……お願いです。もうこれ以上この子を……レオンを傷つけないで……」
「リンダ。どきなさい」
「……イヤ……嫌です……」
少し冷静さを取り戻したように見えるガーラルの言葉にも、リンダは首を振りながら拒絶し、レオンハルトを守るように全身でレオンハルトに体を摺り寄せる。
「いいから聞きなさい。何も俺は戦闘において魔術を使用してはならないと言っているのではない。これが個人の戦いであればいいだろう。寧ろ、使えるものを使うことになんの不都合もない。しかし、この立会いでは駄目だ。この立会いは当主を決める為のものだ。次代に業を残す資格を持つものを決める為の戦いなのだ。その神聖なる立会いにおいて、レオンは卑怯にも魔術を使用して相手にぶつけようとしたのだ。アルであれば十分に対応できたかもしれぬ。俺が手を出さずともレオンを傷つけず対処したかもしれぬ。しかし、それでは意味がない。たとえ相手がどうであれ、自らの私利私欲のみを優先する人間に、ガーラルを名乗る資格はない」
「……それでも……それでも、レオンは私の大切な……私がお腹を痛めて産んだ、大切な子供なのです」
「違う。レオンは負けた。この瞬間、我がガーラル公爵家の男子はアルフレッド一人だけとなったのだ」
「違います。レオンはいます。ここに。今、この私の胸の中にいるのです。可哀想に右手を失った可愛いレオン。もしも、このままレオンを放逐するというのなら、私もレオンと一緒に放逐して下さい」
「ならん。レオンはもういない。気持ちを切り替えろ」
「います。レオンはいます。いなくなってなどおりません」
頑なな態度のリンダに対して当代ガーラルは大きく息を吐く。
思えば、アルフレッドの剣の才能が開花した後から、リンダの精神は不安定になりがちだったのを思い出したからだ。
勿論、それを子供達の前に出す事は無かった。
正室であるリンダと、側室であるマーガレットは非常に仲が良かったし、リンダもマーガレットの息子であるアルフレッドの事も同じように可愛がっていたこともガーラルは知っていた。
しかし、ある程度心の整理をつけていると思い込んでいたガーラルにとって、リンダのこの取り乱しようは予想外の事態であった。
正室としてガーラル公爵家に嫁いできた以上、自分の息子が放逐される可能性に関しては常に心の中に置いておいたはずだ。
それができなかったのは、リンダの目の前で夫であるガーラルが、息子であるレオンハルトの右腕を切り飛ばしてしまったからだろう。
(つまりは俺の責任……か)
レオンハルトだけではなく、自身の行動さえ軽率だった事を自覚したガーラルはもう一度息を付くと、その視線を先ほどからずっと黙ったままだった側室のマーガレットへと向ける。
ガーラルからの無言の問いかけにマーガレットは頷くと、未だ静かに涙を流しながらレオンハルトを抱きしめていたリンダの頭に自身の右手を添える。
そして、短く言葉を紡いだ直後、リンダの腕の力が急速に弱まり、レオンハルトの体に寄りかかるようにしながら、地面に倒れ込んでしまった。
そんなリンダをマーガレットは優しく横に寝かせた後、レオンハルトの頭を無言でそっと撫でた後に立ち上がる。
「直ぐに使用人を呼んで、寝室に運び込んでもらいます」
「すまんな」
「いいえ。旦那様と結婚した時より、私の行動は全て旦那様に捧げていますから。そして、それはきっとリンダ姉さんも同じ気持ちのはずです。ただ──」
言いながらマーガレットは視線をリンダ、次に落とされたレオンハルトの右腕に向ける。
「──今回は少し。刺激が強すぎたかもしれません」
「わかっている。今回は俺のせいだ」
ガーラルの言葉が聞こえなかったのか、それともあえて答えなかったのか。
マーガレットはガーラルに一礼すると、屋敷に向かって歩いていく。
恐らく、使用人を呼びに行ったのだろう。
ならば、使用人が来る前に、ガーラルにはやっておかなければいけない事があった。
「レオン……俺を恨むか?」
「いいえ」
レオンハルトに一歩近づきながらのガーラルの問いかけに、意外にもはっきりとレオンハルトは返答した。
「寧ろ感謝をしています。もう少しで僕は……僕はアルを傷つけてしまうかもしれなかった」
「……そうだな」
実際にはそうはならなかっただろうと、ガーラルには確信に似た考えがあったが、あえて口にはしない。
どのみち自分が、レオンハルトの腕を切り落としたのは事実だからだ。
「その右腕では今後満足に剣は使えまい」
「そうでしょうね」
「そして、恐らくは魔術も」
「そうだと思います」
「だから……それを此度の免罪符にしたいと思う」
ガーラルの言葉にレオンハルトは腕を切られてから初めてガーラルに視線を向けた。
「ガーラルの家名は与えられん。しかし、最早戦うことの出来なくなった剣士に対して、秘中の業を見られた所で意味などなかろう。お前は今後も屋敷に残り、母と共に過ごすがいい。5年間。お前は本当によくやった。結果は出なかったが、行為まで無駄になどしたくはない。本来であればまだまだ母親に甘えたい盛りのお前に対して、無謀な課題を出してしまった俺からの──」
「らしくありませんね。父上」
全てを許そうと。
そう口にしようとしたガーラルの言葉をレオンハルトが遮るように止める。
「ガーラルの家訓は絶対です。それがわかっていたからこそ、僕は父上の課題を受けたし、全てを投げ出す覚悟で勝負に挑んだ。全てを投げ出す覚悟だったからこそ、安易で卑怯な行動を取ってしまいましたが、それも父上が止めてくれた。もう十分です。本当にもう十分なんですよ。父上」
そう言いながらレオンハルトは立ち上がると、布が巻きつけられた右腕を抑えながらぎこちなく笑う。
「だから…………お願いです。僕の為に家訓を破ってしまうような、ご先祖様に不義理を働くような真似を、父上がしないで下さい。父上は僕等の英雄なんです。いつでも格好よくしていなくてはいけないんです。だから──」
レオンハルトは歩く。
屋敷の門に向かってゆっくりと。
その途中でガーラルの横を通り抜けたが、決して視線はそちらに向けずに。
「──いつものように強くて、格好いい父上のままで、母上達と、アルをこれからも守ってあげて下さい。もう僕はかかわり合いになる事は無いと思いますが、どんなに遠く離れても、みんなの幸せを願っています」
レオンハルトがガーラルに顔を向けなかった理由を、ガーラルは正しく理解していた。
それは、レオンハルトの別れの言葉の後半が涙声になっている事もあっただろうが、癖や雰囲気のみでも感じる事が出来るくらいには長く一緒にいたのだから。
伊達に15年間親と息子をやっていたわけではない。
──だから。
「……我が儘を」
だからこそ、ガーラルは声をかけた。
これが最後であるのなら、お互いに悔いは残したくなかったから。
「よく考えたら、俺はお前の我が儘を聞いた覚えがない。十五年も一緒にいて恥ずかしい限りだが、今のままでは完全に父親失格だ。俺の為を想うなら、何か我が儘の一つくらいおいていけ」
父親の妙な要望にレオンハルトは足を止める。
背中合わせのまま相手の真意を探ろうとするが、ここまできて深い意味もないだろう。
だから、レオンハルトは素直に思ったことを口にした。
「ならば、我が儘とは少し違いますが、最後に一つ質問をいいですか?」
「構わん」
「では」
レオンハルトは一拍おき、続ける。
「才能とは何ですか?」
それはずっと考えていた事。
アルフレッドがレオンハルトよりも剣術の才能が優れていると知ってから…………いや、ひょっとしたらもっとずっと前からかもしれない。
レオンハルトにとっては残酷で、とても受け入れられない単語の一つ。
「才能……か。それは俺の考えでいいのか?」
「父上の考えを知りたいのです」
「そうか。ならば──」
地面に敷き詰められた細かな砂利がこすられたような音がレオンハルトの耳に届く。
それはきっと、ガーラルがレオンハルトに向かって体の向きを変えたのだろう事が伺えたが、レオンハルトはそのまま背中を向けて父の言葉を聞いた。
「才能とは天からの贈り物だ。運命……と言ってもいいかもしれない。それは誰にでも存在し、等しくチャンスが与えられている。こんな事を言うとお前は傷つくかもしれないが……俺はずっとお前には戦うこと以外の何か。人に負けない才能を持っていると思っていたよ。そして、それを探して伸ばして欲しいとも思っていた。……ああ、そうか。お前は既に俺に我が儘を言っていたのかもしれないな。俺の意見に対して自分の意見を貫き通したあの時が、お前が俺に対して見せた唯一の我が儘だったんだな」
ガーラルの言葉にレオンハルトは小さく笑う。
ガーラルに聞こえない程小さな声量だったが、言われてみれがそうだったと納得できる部分があったから。
「運命ですか。ならば、僕にとってこの状況は、真の意味で正しい道なのかもしれません。今後全く違う才能を探すのなら、無意識にでも剣や魔術に頼ってしまいそうな右手の存在は邪魔でしょう。外に出て、見識を深めて、いつか本来僕が貰うはずだった贈り物を探す旅に出る事にします。だからみなさんもお元気で」
あれほど出血したのだ。本来であれば自由に動けるほどの体力は残っていないだろう。
それでもレオンハルトは自らの足で前進し、最後の言葉を届けるのだ。
「今までお世話になりました。────ガーラル様」
レオンハルトの最後の言葉が風に流れ、その姿が門の外側に消えた頃。
ガーラルの瞳から一粒水滴が生み出され……右の頬を一筋濡らした。
それは使用人が修練場に現れる頃には乾いて消えて、その姿を見たものは誰もいなかったし、見せるつもりもなかった。
何故なら、ガーラルは嘗ての息子と約束したから。
いつでも格好いい父親で有り続けると。
◇◇◇
「……ふ……ぁあああああ……あぁ」
旧魔族領から遠く離れた辺境の地──バストール地方。
その片隅に存在している比較的広い草原の一角から2本の腕が飛び出して、続いて上半身を起こしたのは金色の髪を揺らした一人の青年だった。
ナイフで適当に刈り取ったのではないかと思わせる程にチグハグな長さの頭髪は、折角の美しい金髪の良さを隠してしまっているように見える。
更に、その金髪に半分隠れたような青い瞳が潤んでいるのは、先程まで寝ていたた為だろう。
やや目つきの悪いように見える風貌だが、しっかりと身だしなみを整えれば、かなり整った顔立ちだろうと思われた。
出で立ちは冒険者にしては軽装で、村人にしては仕立てのよい代物だろう。何かしら近しい職業を当てたなら、恐らく商人が一番近いに違いない。
その証拠というわけではないだろうが、青年の傍には一台の獣車が止められており、その傍らには銀色の体毛に覆われた一頭の狼が先ほどの青年と同じように大きなあくびをしながら身を起こす所だった。
「……なんだか、随分と懐かしい夢を見たもんだな」
恐らくまだ少し眠いのだろう。軽くあくびをしながら立ち上がり、首を軽く回しながら呟く青年。
そんな青年の足元に、先ほどの銀毛の狼がその体を青年の足にこすりつけた。
何ともペットか何かのような行動だが、この銀毛の狼は草原の悪魔と言われる立派な魔物であり、通常であれば決して人間に何て懐く存在では無かった。
それでも、青年がペットどころか獣車にくくりつけ、移動手段に使っているこの状況は、見る人が見れば腰を抜かす光景に違いない。
「さて、過去を懐かしんでも飯は食えないしな。そろそろ出発するとするかね、相棒!」
青年は足元でじゃれていた狼の頭を軽く撫でると、獣車に向かって歩き出す。
そして、銀毛の狼は小走りで青年のいる獣車にたどり着くと、なんの抵抗もなく獣車に括りつけられた後、青年の掛け声に合わせて草原を風のようなスピードで駆け出した。
──時は流れ、少年は青年へと成長した。
その道程で得たものも、逆に失ったものも多くあった。
それでも青年は生きて“天からの贈り物”を探している。
それを見つける事が、自らの運命であると信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます