11

2月28日


 もう2月も終わり春の準備を始める頃。

 病院で大問題になる事件が発覚した。

 

 その日の前夜。

 彼女は話したいことがあると真剣な面差しで俺の部屋に来た。

「妊娠した?」

「うん。まだ確定じゃないけど市販の妊娠検査薬では陽性だったの」

 嬉しいが手放しで喜べる話じゃない。


 だって彼女か子供の命がかかっているのだから。


 沈黙を破ったのは彼女だった。

「本当に妊娠してるなら私は産みたい」

 絶対そう言うと思っていた。

「その気持はわかる。きっと俺が美姫tと同じ立場だったら同じことを言っていたと思う。でも軽々に賛成することはできないよ」

「そうよね。でもどっちかは選ばないといけないのよ?」

「うん……。ごめん1日だけ待ってもらないかな? 必ず明日までに覚悟を決まるから」

「いいわよ。

じゃあ重苦しい話はここでやめて別の話題に移りましょ」

「別の話題?」

 正直、1人で考える時間が欲しかったのだが。

「年齢的に盛り上がっちゃったのはまだいいわ。勢いで”生”でしちゃたのが問題よね?」

「すごい恥ずかしいからやめて!」

 その後も散々俺をからかって満足そうに自分の病室へと帰っていった。


 1人で考えていた。

 産むという決断をするのか? きっと美姫の身体は出産に耐えられないだろう。

 じゃあ堕ろすのか? きっと美姫の心が耐えられないだろう。


 考えはループして答えが出ない。子供と美姫のどっちかを選ぶこを俺はできない。

 突然ノックもなくすごい勢いで病室のドアが開いた。

 カーテンで遮られているから誰だかはわからないが、キレていることはよくわかる。


「お兄ちゃん! 美姫に全部聞いたからね!」

 最愛の妹様だった。めっちゃめっちゃ怒ってるよ……。

 カーテンが遠慮なく開かれた。

「おい! 今着替え中とかだったらどうすんだよ」

「お兄ちゃんの裸はよく見てるから大丈夫」

 いつ見てるのか気になったが、それは知らないほうが幸せだと思い口を閉ざした。

「あら歩夢。今のはどういうことかしら? 場合によっては極刑よ?」

 なぜか彼女もそこにいた。

「それより! どういうことか説明して!」

 妊娠させたとか言ったら殺されるだろこれ。

「お腹大っきくさせたことじゃなくて! 美姫が産みたいって言ってるのになんでお兄ちゃんが覚悟決めないの⁉」

「そんな単純な話じゃないからだよ!」


 俺には美姫がいないと耐えられない。

 美姫との間に産まれた子供を殺すことにも耐えられない。

 

 大切な命が2つあってどちらかしか選べないなんてできないよ……俺にはできない。情けないけどできないんだ。



 気がついたら涙で視界はぼやけて頬をつたって床にポタポタの流れていた。


 足をついて自分の体を強く抱きしめる。そうしないとなにかが壊れてしまいそうで。

 不意にその上から覆いかぶさるように抱きしめられた。いや抱きしめてくれた。

 こういう時に温かさと優しをくれるのはいつも彼女。俺はもらってばっかりでなにも返せないでいる。


「ねえ歩夢。私より先に死なないんでしょ? じゃあお願いがあるの。この子を任せるわ。

私、今すごく幸せなの。好きな人tが愛してくれて。その人との間に子供ができた。

きっと産んだらこの子はいっぱい苦労すると思うわ。産むという決断をした私達ことを恨むかもしれない。

でもどんなに辛くても幸せは手に入るって歩夢が私に教えてくれたから。この子にも伝えてあげたいの」

 儚いけど優しい微笑みは彼女の初めて見る顔だった。

「そっか。女のほうが強いってのは本当なんだなぁ」

 俺は今どんな表情を浮かべているんだろ。きっと笑顔じゃないだろうな。 でもすっきりした。

「美姫がそこまで望むなら叶えないとな」

 俺も覚悟を決めよう。

「お兄ちゃんの顔、今すごい輝いてるよ」

「そうね。歩夢いい顔してるわ」


 俺は覚悟を決めた。彼女を失う覚悟を。

 

 そのままどちらも口を開くことなく静かに夜が明けた。

 俺と彼女、2人で手を繋いでナースセンターに向かって歩き出す。この小さな手がある限り俺は誰にも負けない。

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