8
いつも通り深夜に広間に行く。しかし灯りはなく真っ暗なままだった。
すっといつもの席に座って彼女が来るのを待っていた。
彼女はいつも俺より先に来て本を読んでいて、俺が来ると本をパタンと閉じて他愛もない会話をしてくれた。
そして今までの会話を思い出す。思い出すだけでも胸の中が温かくなって不意に涙が出た。
美姫はもうあっちに逝っちゃのかな。
出会わなければこんな孤独感を感じることはなかったのかな。
それから1週間彼女の姿を見ることはなかった。
1月19日
俺はもう諦めていた。この階で1週間、顔を見ることがないということはそういうことだろう。
最初は期待? 希望? を持って広間に行っていたが今日はもう行かないことにした。
行って彼女の姿がない深夜の広間にいると涙が出てくるから。
そして気がついてしまった。
俺は美姫のことが好きなんだと。
美姫を妹に似ていると言い、その美姫を好きになるなんて本当に俺はシスコンなんじゃないかと笑ってしまう。
そんなことを考えていると目が冴えてなかなか眠ることができなかった。いつも彼女と話し始める頃を過ぎて30分くらい経った頃だろう。
いきなりコンコンと扉を叩く音が聞こえた。
看護婦さんかな? と思い扉を開けるとそこには見るからやせ細った彼女がいた。
「入っていい?」
声にも元気がない。
「一応病院の規則としてはダメだけど?」
「夜中に広間で話しているのも規則違反だわ」
と俺のことは気にせず部屋の中に入った。
「男の人の部屋って汚い、臭い、エロいの三拍子だと思ってたけどそんなことないのね」
どんだけ偏った考えを持っているのか……。男の部屋に入るのも初めてのようだしどんな生活を送っていたのか疑問は尽きない。聞くのも野暮なのんだ。
なにより彼女の体調が心配だった。
「ここのところ顔見なかったけどどーした?」
「ちょっとね」
どうやら答えるつもりはないらしい。だったら深掘りするのはマナー違反だ。
「どうして俺の部屋に?」
「待ってても来ないから迎えに来たのよ」
あの時間をお互いに楽しみにしてることが嬉して笑みがこぼれた。
そんな俺に気がついていないのか彼女はベッドに腰掛け足を組んで外を眺めている。
足を組むとギリギリのラインまで見えるから必死に目をそらすべく隣に座って一緒に外を眺めた。残念なことに雲が広がっていて星を見ることはできなかったけど彼女と過ごすこの時間はかけがえのないものの様に感じられた。
沈黙の時間。不意に彼女は口を開いた。
「ねぇ歩夢。あなた私のこと好きなの?」
彼女の意を決した顔。
何かを伝えようとしていることがよくわかった。
しかし答えるより先にあれがきた。
強烈な胸の痛み。なにかが気道を塞ぎ呼吸ができなくなる。ぐっと口から漏れたのは真っ赤な血。そのまま何度も血を吐き出した。
遠くなる意識。何度も俺の名前を呼ぶ美姫。
そしてそのまま世界が暗くなった。
「あぁまたか」
一度しか来ていないICU。でもその天井には見覚えがあった。腕に無数に刺された点滴。胸には心拍確認のためのコードがいくつもあった。
目を覚ましたことに看護婦さんが気が付きドクターを呼んで俺のところまで来た。
3日寝ていたことを教えられびっくりしたがその後のドクターのざっくりとした説明だったは頭の悪い俺でもよく分かる。
どうやら限界は日に日に近づいているようだ
ということで3日ぶりに自分の部屋に戻ることが許された。頭の中は正直彼女のことでいっぱいだった。心配しくれているのか、いつものように本を読んで過ごしているのか。いやでも心配してて欲しいような、それでもクールにしていて欲しいような。自分でもよく分からないので頭の中から追い出そうと努力しつつ部屋のドアを開けると
「おかえり」
クールな顔で本を読んでいる彼女がいた。
「なぜに俺の部屋にいる?」
「空き部屋をどう使おうと私の自由でしょ?」
「空き部屋じゃねえよ」
なぜか彼女は本から目を離そうとしない。いつもなら閉じているのに。もしやと思い顔を見ようとすると本で隠す。本をどかそうとすると抵抗する。そしてすねを蹴飛ばされた。結構本気に。
あまりの痛さに悶絶してると鼻をすする音が聞こえた。
「看護婦さんにはなにを聞いても教えてくれなかったわ。あなたが生きているのかも死んでいるのかも。
もし死んでいたら私はまたひとりぼっち。聞いてほしいことがあっても話す相手もいなくて。笑うことさえできないのかと思うと……。怖かった。だから、だから」
それは彼女の悲鳴の様に聞こえた。それは心からの悲鳴。孤独に生きてきたからこそ恐れるもの。
なにかしてあげたかった。その孤独な彼女に。だから
「じゃあ約束しよう。俺は美姫より早く死なない。何回倒れても必ず美姫より先に死なない。絶対美姫のこと看取ってやるから。だから泣くな!」
「できなかったらどうしてくれるのよ?」
「一緒に死んでやる。絶対ひとりぼっちになんかさせないから」
彼女は我慢できなくなったのか本をベッドに放り投げ急に抱きついてきた。
優しく抱きしめて柔らかく髪をなでてあげる。
声をあげて泣く彼女は思っていたほどよりもずっと幼く、かわいく感じられた。
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