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1月11日

 今日も今日とて深夜に広間に行くべく部屋を出る。昨日、突然帰ってしまったから来てくれないかもとは思いながらも、来てくれたら……と思い祈るようにペタペタとスリッパの音しか聞こえない薄暗い道を歩く。今歩いている道の角を曲がると広間がある。”いつも”だったら薄い明かりがついていて読書をする彼女の姿があるはずだ。そしていつもの様に薄い光が灯っていた。ホッとして声をかけず、彼女の前に座る。

「こんばんは」

 俺から挨拶する。しないと彼女の機嫌が若干悪くなるから。

「ええ。こんばんは」

 返しながら、読んでいた本をパタンと閉じた。 

「じゃあ今日は俺から質問でいいかな?」

「そういう約束だから断らないわよ」

 昨日のことには触れずに会話を始める。そういうのも礼儀でありこの階にいる限り払わないといけないマナーだと思うから。

「もちろん。それが約束のゲームでしょ?」

「そりゃそうだ」

 彼女は少し体勢を直して背筋をピッと伸ばした。

「そんなに身構えなくても」

 少し笑みがもれた。

「どんな破廉恥な質問をされるのかと思っただけよ」

「失礼な。俺だって礼節に欠けたことはしないわ」

 反抗の意を示すと彼女はくすりと笑ってくれた。

「処女?」

 いきなり左頬に痛みが走った。

「失礼極まりないわね」

 どうやら立ち上がって俺のことをビンタしたようだ。軽蔑の眼差しで俺を見ている。

「冗談です。ごめんなさい」

 バッとすぐさま対面に土下座して謝る。彼女は鼻で笑い椅子に腰掛けた。

 ところで病衣とはどういうものか分かる人はこの状況の悪さが分かってしまうだろ。

 病衣というものはロングワンピースに形は似ているが一つ違うところがある。そう腰から下の部分がかなりゆるいのだ。


 さて。状況を整理しよう。対面で土下座――つまり机の下から彼女を見るということは。率直に言おう。下着が見えてしまっていた。

 それに気がついたのか

「死んでくれる?」

 絶対零度の眼差しで睨みつけられた。

「ごめん。わざとじゃないんだ!」

「犯人はみんなそう言うのね。次やったら殺すわよ」

 どうやら許してくれたらしい。

「前にちらっと言ってたけどキャバクラで働いてたの?」

「ええ。そうよ。そんな細かいことまで覚えてなんて私に気があるの? 変態なのね」

 ちょっと質問しただけですごいいわれのない誤解されている。これはあれか毒舌のSというやつか。コアなファンが「私にはご褒美です」って喜ぶやつか。残念ながら俺にそっちの趣味はないのでただ辛いだけだ。

 じゃあ嫌いかと聞かれれば嫌いではない。

 

 だって彼女は楽しそうに笑ってくれているから。


「なんでキャバクラ? そりゃ見た目はいいし稼げそうだと思うけど」

「今歩夢が言ったとおりよ。稼ぎたくてやってたの」

「なんでそんなにそんなに金稼ぎたかったのさ?」 

「答えたくないわ」

 彼女は冷たく拒絶の意思を示しながらも、悲しそうに天井へと視線を向けた。

「ごめん」

 一言謝ると

「理由がなく謝るのは愚か者がすることよ。私もその1人」

 視線は動くことなく天井を見つめたまま。

 そんな彼女は見たくなかった。

「愚かだと気がついている人ほど愚かではなく、愚か者だと気がついて」ない人の方がよっぽど愚かだと思うよ」

 わざと笑ってみせた。

「歩夢」

 優しい声。

「自分の話をしてもいいかしら?」

「俺に聞かせてくるのであればぜひに」

 そして美姫が語り出す。


 私が産まれた家は裕福だった。父親が脱サラして始めたフランチャイズがうまくいってたから。そしてそれは3年間も続かなかった。大本の会社が潰れて、当然父親の店も潰れた。収入はない。でも生活水準は落とせない。ありがちなダメ家庭ね。借金に借金を重ねて気がついたら一家離散。 

 もう父親も母親もどこにいるかわからない.わ。

 幼い私は児童養護施設に入ったわ。当時4歳。最初は寂しく泣いていたのに気がついたら親を憎む気持ちしかなかったわ。施設は15歳までしかいられないから生活保護を受けて家を確保して18歳でキャバクラで働くようになったわ。 

 辛かった。お酒は飲み慣れてないしうまく話すことができなくてお店を転々をしたわ。

 正直見た目だけで生きてきたの。

 そしてここに来た。

 私、なんで産まれたんだろうと思うと悲しくて夜、部屋で1人泣いていたわ。

毎日が悪夢のようで。

「誰でもいいから殺して欲しかった」

「誰でもいいから愛してほしかった」


 なにを言っていいかわからずそそのまま無言、いや彼女のすすり泣く音だけが鳴っている。

 急に抱きしめたくなった。

 いや、抱きしめなければいけないと感じた。

すっと立ち上がって彼女の隣の席に座る。そしてそのまま手をにぎる。いつか握ったときと同じ様にその手は小さく冷たくて今にも壊れていしまいそうでなんだか怖さを感じる程だった。俺は椅子を彼女の方へ向け、手を引っ張り彼女を俺の方へ身体を引き寄せt。抵抗もせず胸に飛び込んできた。そして俺の胸に当てて周りに聞こえないようにして思い切り泣き出した。

「なんでこんなに辛い人生なの。みんなは愛してくれる親がいて笑顔で過ごしてるのに。私は産まれたくなかった。こんなに辛くて頑張って生きてきた先がここだなんて。幸せになりたかった。友達が欲しかった。愛してくれる人が欲しかった」

「うん。いっぱい泣いて。

俺にその傷を治してあげることはできない。

でもその涙は受け止めてあげられるから。

泣きたいことがたくさんあるね。でもそれがあったから俺は美姫と出会えた。

いつか美姫も俺と同じ様に感じてくれるといいな」

 

 どれぐらいの時間が経ったのだろう。

 彼女は俺の胸から身体を離し

「次はセクハラで訴えるわよ」

と泣き腫れた目で嬉しそうに言ってくれた。

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