5
12月26日。夜中に目が覚めてしまいそのまま寝付くことができずふらっと院内を歩いてみようと思い部屋を出た。ナースセンターには電気が灯ったまま。その他は薄く電気がついているだけで暗いと言ってもいいほどだった。スリッパがペタペタと音が鳴るだけで静かだ。そのまま歩いていると広間に電気が眩しくない程度に付いていた。興味本位でそっちの方まで行ってみる。
そこには彼女がいた。
静かに本を読んでいる。たまに聞こえるページを捲る音だけが悲しげに聞こえた。
「あなたいつまで私のことを見てるの?」
冷たい声。
「ごめん。見惚れてた」
正直に答える。そのまま「前に座ってもいいかな?」と付け加えると、どうぞという意思表示なのだろう、手のひらですっと前を指した。
「この前はごめん。間違えたことも挨拶もできなかったことも」
彼女は本から目を離してじっと俺の目を見つめてくる。俺も目をそらすことなく見つめる。一瞬が永遠に感じるとはこのことだろうか。彼女の瞳はキレイでいてどこか諦めているような感じがした。
「あなたの名前を教えて」
「歩夢。歩く夢で歩夢」
「俺も聞いていいかな、名前」
「私の名前? 美姫。美しい姫で美姫」
「じゃあはじめまして美姫」
「そうね歩夢」
その後は会話もない。でも彼女と過ごすこの時間は心地よかった。
それから毎日この時間美姫と話すようになった。最初は本から目を離さなかった彼女もいつの間にか本を読むことなく会話を楽しんでくれた。
そうやって迎えた12月31日。年越しの瞬間、俺と彼女は顔を合わせて「新年明けましておめでとう」とお決まりの挨拶を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます