第22話 今のわたしがすき

 透くんの受験は目前になって、逃れようもなくなった。1月の半ばにはセンター試験。まずはこれに合格しなければ、本試験を受けられない。


 クリスマスの後、透くんの冬期講習も本格的になったので、次に会うのはお正月にしようと約束した。イブの日に別れ際、手を繋いで約束をした。なかなかお互いに手を離せなくて、時間が経つごとに会いたい気持ちが増してきて、ますます別れられなくなる。


「お正月ね」

「うん、LINEするよ」


 年末、わたしも仕事が忙しくなるのである意味、都合が良いのだけど……毎日のように会っている透くんの顔が見られなくなると思うと、胸の奥がきゅっと切なくなった。





 イブが終わると早速、書店は年末年始の準備に入る。雑誌はこぞって年末年始号を出すし、日記帳や手帳などの季節グッズなども前に出さなくてはならない。

 新しい年を迎えるための買い物をする人たちが絶えずせわしなく行き交った。


 久しぶりにお昼に櫻井さんと、前に行ったカフェにふたりで行った。


「ここに一緒に来るの、久しぶりだね」

「そうですね、なかなかお昼の時間、重ならないし」

 いつものように櫻井さんはメニューをパッと見て店員さんを呼んでしまう。

「Aセット2つ、飲み物、ひとつはアメリカンで、凪ちゃんは?」

「え、あ、カフェオレで」

「たまには上司のおごりだよ、気にしなくていいよ」

 ……櫻井さんはこういうとき、強引だ。


「高校生、元気?」

「あ、たぶん。今、彼は試験直前なので会ってないんです」

「凪ちゃんが教えれば早いのに」

「わたしなんかとても……」

 わたしは手を振った。


「凪ちゃんはさ、もっと自信、持っていいんだよ」

「え? 何をですか?」

「元教師だってことは紛れもない事実なんだから、人から『先生』って呼ばれるくらい優秀なんだよ。それに、凪ちゃん、見た目だってかわいい。特に笑顔がかわいい。仕事も一生懸命だしさ」

「や……そんなに褒められること、全然……」


 ふっ、と櫻井さんは笑った。

「高校生は凪ちゃんがすきでしょう?」

「……たぶん……」

「凪ちゃんが残念な人だったら、ならないじゃん」

 赤くなってうつむくことしかできなかった。




 3日も置かずに、櫻井さんが参考書コーナーを指さして、見に行くと透くんが参考書を見ていた。真っ直ぐに背中を伸ばして、1冊1冊を確かめているようだった。

 声をかけたら悪いかな、と思って去ろうとした。

「……凪」

「ごめん、邪魔した?」

「……会わないと無理」

「予備校は?」

「1時間サボった」


 わたしは小さくため息をついたけれど、それは形だけだった。

「サボったらダメじゃない」

「だって、LINEでお願いしても会ってくれなかったでしょう?」

「うーん、とにかくもう少しで終わるから待ってて」

「コーヒー飲みながら勉強してる」


 ささやかな喜びに胸の中が暖かくなる。大人だからといって、自分の気持ちをどれだけ押さえつけてたのかを思い知る。

 不意に、なんの前触れもなく、彼をすきな自分をすきだと自覚する。なんの前触れもなく……。


「お疲れ様です」

「凪ちゃん、時間がもったいないから早く行きな」

 にっこり笑って、ロッカーに向かう。


 小走りにカフェに向かう。

 ガラス越しに透くんの横顔が見える。

「ずいぶん待った?」

「……約束破ってごめん。凪、怒った?」

 椅子を引いて、カバンと上着を下ろす。

「怒ってない。……会いたかったから」


「とりあえず飲み物買ってくるね」

 恥ずかしくなって席を離れようとした。透くんがわたしの腕を引いた。

「今日だけ許して」

「許すも何も……得した気分なの」


 以前のわたしなら、そんな素直なセリフはきっとスラスラ出て来なかったと思う。なんだかんだ言っても、わたしは自分がだということに縛られていた。ううん、自分で自分を縛っていた。

 わたしは今のわたしがすきだ。

 自分に素直で、彼をすきな自分が。


「今日は何を買ってきたの?」

「キャラメルラテ」

 透くんが少し、驚いた顔をした。

「仕事、忙しかったの? そんな、甘いもの飲みたいなんて珍しいよね」

「そうかな? 本当は甘いのすきなの。毎日飲みたいくらい。いろんな理由でガマンしてただけ」

「ふぅん……凪、変わったね。前より笑顔が多くなったし、今の方がいいと思うよ」

彼はにっこり笑って、わたしもちょっとだけ微笑んだ。


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