第21話 サンタクロースのくれたもの
クリスマスイブの日にも予備校はちゃんとやっている。透くんの冬期講習があったので、わたしもバイトに精を出す。
忙しくレジを打っているその合間にふと顔を上げると、恋人同士が仲良く「寄り添って」歩いているのが目に入る。素直に、いいなぁと思う。
と、いう話を透くんにしたら吹き出して笑われてしまった。
「ボクはさ、イブにまで予備校かよ、とは確かに思ったけど、カップル見ていいなぁとか思わないよ」
「え? 思わないの? ……うらやましいじゃない」
「うらやましくないよ。ボクたち、今、一緒じゃない?」
これではどっちが年上なのかわからなくなる。
いつも行くようなお店は、どこも満席だった。それでわたしたちは、カップのコーヒーを飲んで公園にいた。日が暮れてきて誰から見てもバカなんじゃないかと思うような冷える中、ベンチに座っていた。
手袋をしたまま、コーヒーを持たない方の手を繋いで話をしていた。彼の肩にもたれかかってみる。ちょっとだけ、お互いに緊張が走ったけれど、それは一瞬のことで……。
彼はベンチに飲みかけのコーヒーを置いて、繋いでいない方の手でわたしの頬を包んだ。そして、甘く、
「……凪、すきだよ」
と言った。こんなに寒いのに、二人の間にはうっとりするような空気が漂った。呼び捨てにされたのは、今日が初めてだった。
唇を重ねる。甘く、甘く、どこかに落ちてしまいそうな底なしの甘さだった。
唇が離れて、お互いに小さいため息がもれる。
「呼び捨て、怒った?」
首を横に振る。今のわたしはどんな顔をしているのか、検討もつかない。彼の受験のこと、年の差のこと、きっとどこかにあるもっと大切なこと、そんなものはすべて捨て去って、わたしは底無しの何かに溺れていた。
「さすがに寒くなったな。並ぶかもしれないけど、ファミレス行こうか?」
「まだ時間、早めだしね」
彼がわたしの手を引いて歩く。わたしの手にはこの間もらった指輪が嵌められていて、この日の思い出をいっそう
ファミレスはいつもよりずっと賑やかでがやがやしていたけれど、行き場のないわたしたちには暖かいだけで十分だった。
「来年は、どこか予約したりできるようになると思うよ、たぶん。今年はごめん」
「ふたりでいられればいいじゃないってことになったでしょ? わたしは、十分だよ」
言って、にっこり笑う。
彼の方が照れたのか、そっぽを向いてしまった。
「あー、高校生とかつまんない。自分がつまんない。なんでもっと大人じゃないのかなぁ。もっと凪と対等に……」
「対等に?」
「……もっと年が近ければよかったって、まじで思う。ボクのサンタへの願い事はそれ」
わたしは思わずくすくす笑ってしまった。
「サンタクロースが来るのは子どものところじゃない。大人になっちゃうと来ないのよ」
「じゃあ、凪のとこには来ない?」
「来ないよ、もう何年も。代わりに大切な人ができたけど」
クリスマスイブのささやかなイルミネーションが窓の向こうに見えた。そしてその窓には、
「……凪は聞きたくないかもしれないけど」
「ん?」
透くんは頭に手をやって、気まずそうに話し始めた。
「あの日、友だちに強引に誘われて、見たくもない試合、見に行ったんだよ」
ああ、あのバドミントンの……。
「つまんないなって心底思って。スポーツ観戦とか趣味にないし。でも、相手校にさ、すごく目立つ真っ赤なTシャツの女の人がいて、とにかく笑顔で応援してるんだ」
あ、わたしだ。
あの日、わたしは先輩の教員に、チームカラーと同じ真っ赤なTシャツを着るように言われた。嫌だな、と思ったけど、そのことと生徒の応援をすることは別だと思うことにした。
「勝っても負けても、一人一人に笑顔で声かけて、試合中も声出して、生徒たちもみんな先生が大好きだったでしょう? ボクは気がついたら試合の間ずっと、あなたのことを見てた」
「……やだなぁ。大きな声出してたり、恥ずかしいところばかり見せちゃったのね」
わたしは髪を直すようなふりをして、ちょっとうつむいた。
「『凪ちゃん』はみんなのものかもしれないけど……『凪』は今、ボクだけのものだよ。周りはなんて言うかわからないけど、ボクは誰に何を言われても、ちゃんと大学には合格するし、凪を手放す気はないよ。ボクを信じて」
透くんは初めてわたしが教師だった頃の話をした。たぶん、今まではわざとしないでいてくれてたんだと思った。それが、彼のやさしさだ。
クリスマスイブにサンタクロースはちゃんと来た。サンタクロースはわたしに、「透くん」というやさしさをプレゼントしてくれた。
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