その11 エピローグ

 犯人の田村は開発会社の元社長だった。


 業績の悪化により廃業せざるを得なくなった田村は、経済的に困窮し、フィールドサービスの下請けなどで糊口をしのいでいた。そんな折り、愛帝学園の無線LAN敷設の仕事を請けた際にそこのIPアドレスが以前、自分の会社で使われていたものであることに気づいた。

 田村はそのときに、以前自分たちが構築した通販サイトからカード情報を窃取することを思いついた。それらの通販サイトには開発時に裏口を開けていたし、それがまだ残っている可能性が高かったからだ。

 だが、ほとんどのところは昨今のクラウド化によってシステムを刷新し、使えなくなっていた。唯一残っていたのが今回のHMD販売会社の通販サイトだったが、それも本番機の方はインフラ基盤をクラウドに移していて、スタンバイ機だけが残っている状態だった。

 田村はインタフォンカメラの後ろに無線アクセスポイントを仕掛けると、スタンバイ機のサイトをフィッシング用に作り替えた。スタンバイ機に改ざん検知ソフトが入っていないことは知っていた。

 あとは注目の製品の予約タイミングに合わせてストレッサーで負荷をかけ、スタンバイ機に切り替わるのを待った。サーバ上にファイルを残さないため、窃取したデータは随時PCに送り込む仕掛けになっていた。


「僕にとってはどうにも後味の悪い話だけれどもね」


 俺たちにことの真相を話し終えた鴻上は軽く肩をすくめた。田村と鴻上の間にどんな過去があるのかは知らないけれど、自分の恩人が犯罪に手を染めるのを目の当たりにするのはやりきれないものがあるだろう。被害者であれ、加害者であれ、自分の知人には犯罪に関わってほしくない。もちろん、マトにも。


 ――マトはどう思っているんだろうか。


 サイバー犯罪の現場にあるのは単なるデジタルデータ、数字の羅列でしかない。でも、その向こうには加害者がいて、被害者がいる。カード番号を入力してしまって、泣きそうな顔をしていた細田たちの様子を思い出す。


 マトは胸の前でぎゅっと手を握りしめ、不安そうな、切なそうな瞳で鴻上を見つめていた。


「っと、そろそろ雨もあがったし、僕はこれで失礼するよ。じゃあね」

「さよなら、鴻上先生」


 手を挙げて部室を出て行く鴻上に、細田たちが軽口を叩く。一瞬苦い思いをしたものの、考えてみれば鴻上は分かっていることをきちんと筋道立て、俺たち自身に答えを気づかせるということをやっていた。もし鴻上が教師なら、きっといい教え方をしてくれるだろう。


 ――梅屋が異動となり、その代わりにやってきた非常勤講師が鴻上だったことを俺が知るのは夏休み明けの始業式のことだった。

 そこにマトの姿はなかった。


(第2話 夏の嵐:完)

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