その8 少女とコーコー
突然、窓の外に閃光が走った。間髪入れずドォン、という落雷の音。
「ど、どうして不正侵入してるってわかるんですか」
口を開いたのは細田だった。
再び稲光がマトの横顔を照らす。
「同じネットワークにいるんだから、盗聴は簡単でしょ。ほら、この謎のPCはその通販サイトのサーバに接続してる」
マトがPCの画面を指す。細田が覗き込んで言う。
「このサイトのサーバとは末尾が違いますね」
「サイトのFQDNを名前解決した先はロードバランサでしょ。サブネットが同じだからオリジンサーバか、踏み台か――どちらにしろ同じネットワークのサーバね」
「それで、こいつはなにをやってるんだ?」
「一番簡単なのはフィッシングじゃないかしら」
「釣り?」
俺の頭の中には釣り針を咥えて引き摺られていくクマの絵が浮かんでいた。
「詐欺サイトよ。ホンモノのサイトに見せかけてクレジットカードの番号とか、ID、パスワードを入力させるの」
「なるほど……じゃあコレはニセモノってことか?」
俺は入力途中になっていた通販サイトのページを指す。アドレスバーには緑色で企業名まで表示されている。これがニセモノならどうやって見分ければいいんだろうか。
「ああ、フィッシングという言い方は正確じゃないか。改ざん、と言った方が正しいのかな。通常だと通信が保護されていなかったり、URLが微妙に違ったりすることが多いけど、これはスタンバイとは言ってもホンモノだから」
「カード番号入れちゃったよ、オレ……」
加藤が不安そうに細田に訴える。だが、その細田も「ボクも……」と泣きそうな声で答える。
「こっちもサーバに侵入する? いったん犯人の接続切って、間に入れば行けるよ」
「侵入してどうするんだ?」
「消したいんでしょ、クレジットカードの情報」
「できるんですか」
「たぶんね。OpenSSHのバージョンも古いし、スタンバイ側はあまりメンテされてない感じだから、入ってしまえば権限昇格に使えるエクスプロイットはいろいろありそう」
「じゃあ」
「ダメだ」
希望を見つけたかのようにマトにすがる細田たちを制するように言う。
「そんなことをしたら、俺たちが犯人にされる」
「でも、それじゃあ俺のお金が……」
「なあ、マト。このサイトが詐欺サイトだとしたら、実際にはカードの決済はされてないってことだよな」
「おそらくね。決済したふりをしてカード情報を集めてるんだと思う」
「つまり、カード番号は盗まれたかもしれないけど、まだそれは使われていないってことだ。だったらさっさとカード会社に電話して止めてもらえばいい。プリペイド式だから、先にアマゾンでギフトカードを買って全部使いきってもいい」
「そっか、なるほど!」
細田たちは慌ててスマホを取り出して電話をかけ始めた。カード不正使用窓口はこんな夜中でも一発でつながる。
それを眺めていたマトが口を尖らせて言う。
「ばれないわよ、サーバに入ったって。悪いことをするわけでもないんだし」
「目的がどうであれ、不正アクセスという時点でやばいことになる。俺たちは夜中に学校に集まって、それをやるんだぜ。状況が著しく不利だ」
「じゃあ、クレジットカードを抜かれた他の人はどうなるの? コンピュータ部の彼らは助かったかもしれないけど、他にもいっぱい被害者はいるのよ」
「犯人の方を捕まえればいい。ヤツはこの学校にいるんだろ?」
「PCがこの学校のネットワーク上にいるってだけよ。そのPCを遠隔操作しているのかもしれないでしょ」
「そうなのか?」
「そうかもしれないっていうこと」
「いや、だって、犯人のPCが誰と通信しているか、調べたんだろ? それで不正侵入してるって分かったわけなんだし」
「! たしかに……」
マトがあまりにも素直にうなずくのを見て、俺は少し驚いた。意外にも素人の俺の言葉にも気づくことがあったようだ。
「たしかにそのとおりだわ。犯人のPCはあのサーバとしか通信していない。遠隔操作じゃないんだわ」
「だとしたら、やはりこの学校のどこかにヤツがいるってことだな」
「ぞっとしない話ね。これだけの大がかりな仕掛けをするなんて、職業的犯罪者かもしれないわよ」
「つまり、ヤーさんってことか?」
暴力団と知的犯罪がうまくイメージでつながらない。
「最近は任侠よりもインテリヤクザ、経済ヤクザの方が多いんじゃないの? それに日本はどうか知らないけど、海外ではマフィア子飼いのハッカーなんて珍しくないわ」
「ちょ、脅すなよ」
そのとき、廊下の方でガタン、と音がした。
みんなが一斉にドアの方を振り向く。
(い、今廊下で音がしましたよね?)
ひそひそと細田が訊く。多少声を殺したところでなにも変わるわけじゃないが、俺も同じ気持ちだった。声を出さずに頷く。
(なんで学校の中に入ってこれるんすかね。鍵掛かってるはずなのに……)
(……あっ)
そうだ、さっきマトを探していたとき、風でドアが閉まらなくて諦めたんだった。
(悪ィ、ドアが開いたままだ)
(マジっすか、勘弁してくださいよ、もう……)
カツン、カツン――。
廊下からはっきりとした人の足音が聞こえてきた。明かりを消せ、とジェスチャで指示をし、名前をしらない部員がスイッチを切る。手のひらを下に向けて上下させると、俺以外の全員が机の陰に隠れて息を潜めた。
通り過ぎろ、通り過ぎろ、通り過ぎろ――。
カツン、カツンッ。
願いも空しく足音は部室のドアの前で止まった。俺はドアの横にしゃがんで神経を集中させる。
ガラッ。
ドアが開き、何者かが部室に入ってきた。
今だ!
俺はその謎の人物の足元にタックルした。
「おわっ!?」
男の声だった。そいつは思いっきり前のめりに倒れた。すかさず後ろから左腕を絡め取り、チキンウィングアームフェイスロックの形に極める。
「いててててて、ちょっ、ギブギブ!」
「細田! 明かりつけて!」
細田は組み合った俺と謎の男から遠回りするようにスイッチに近づく。
パチン、と音がして部屋が明るくなり、俺は自分の組み伏せている相手が大人の男であることを知った。
「……コーコー?」
顔を上げると目を丸くしたマトが呆然と立っていた。
「よ、よう、マト」
「えっ……?」
俺は男の後頭部とマトの顔を交互に見た。
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