その13 少年は真犯人と対決する
放課後。俺はいつもの階段にいた。
「何の用なの」
微かに怒気を含んだ声は緊張を隠すためだろう。俺は壁にもたれかかると腕を組んだ。
「分からないことだらけではあったんだけどもね」
俺はそう言うと一呼吸置いて話し始めた。
「一番分からなかったのは、なぜあんたがこの試験問題漏洩事件を告発したのか、ということだったんだ。あんたが理乃を脅迫し、梅屋相手に個人撮影会をさせる。その見返りに試験問題を受け取る。理乃も梅屋も、あんたが誰なのか分からない。取引はうまくいっていた」
眼鏡の奥では俺を睨み付ける瞳が細かく揺れている。握りしめた手に力が入っているのが見てとれた。
「でもあんたはそれをやめることにした。やめるだけでなく、ぶちまけて幕を引こうとした。そのタイミングは二回。一回目のときは理乃と梅屋が援助交際しているというデマを流した。そして二回目はもっと直接的に、試験問題そのものを送りつけた」
グラウンドからかけ声が聞こえ、続けてバレーボールを叩く音が響く。爽やかな青春のすぐ隣に、俺たちは立っていた。それでも傍目にその違いは分からないだろう。
「それはなぜか。自分の正体を隠すのに細心の注意を払っていたあんたが、自分の身に危険が及ぶ、と察したからだ。つまり、ヤバい、と感じたことが二回あった。一回目はマルウェアの感染だ」
俺の言葉に眉根を寄せる。実際には感染していないはずだが、それは黙っておく。
「理乃から受け取ったUSBメモリに入っていたファイルは試験問題の圧縮ファイルだけじゃなかった。readme.mdというファイルがあった。それをメモ帳かなにかで開いたあんたは血の気が引いただろう。そこには『このUSBメモリを挿すだけでマルウェアに感染する』というようなことが書かれていたからだ」
理乃が入手したマルウェアはUSBメモリのファームウェアを書き換えたもので、メモリそのものにはマルウェアの取扱説明書であるreadme.mdが置かれていた。それ自体はなんの悪さもしないファイルだが、理乃はそれがマルウェアだと勘違いしてコピー、さらに犯人がそれをコピーした。
犯人にとってはその内容は理乃からの挑戦状のように見えただろう。
「なんのことを言っているかわからないわ。どうしてそれが私だということになるの」
後半の台詞は余計だった。本当に犯人でないなら俺の話に付き合う必要はない。犯人だから、俺を論破したいと思うのだ。
「昨夜、あんたは試験問題自体をメールで送りつけた。おそらくどこかの漫喫のPCを使ったんだろう。マルウェアに感染した自分のPCは使えないだろうからな。でも、なぜ急にそんなことをしようとしたのか。それは理乃がすべてを暴露する、ということを知り、慌てたからだ」
口を開きかけたが、すぐにつぐんだ。下手な発言はかえって首を絞めることになる。正しい判断だが、無駄だ。
「まだある。そもそも『ジュニアアイドルりさ』のことを知っている人物は少ない。だが、同じ中学で近くにいた人物なら知っている確率は高い。しかも、自分以外から漏れることがあるようであれば脅迫自体が成り立たないから、犯人は今までそのことをずっと黙っていたということになる。もしかしたらそのことを知っている唯一の人物だったかもしれない」
「そうとは限らないわ。最近になってそのことを知った、ということだって考えられる」
「『ジュニアアイドルりさ』はスルーかい?」
はっとした顔を見せる。犯人でなければ「なんだそれ」と引っかかるところだ。嘘をつくとき、「知らないはず」の情報がどれなのか、正確に把握することは難しい。
「それから、USBメモリ受け渡しの手順。ロッカーにUSBメモリを入れ、開錠キーとなるQRコードを位置情報付きで離れたところからインスタグラムに投稿させる――一見すると理乃がロッカーに戻ってくるまでの時間を十分確保できる方法に見える。だけど、そんなのは二人で協力すれば簡単に破ることができる。ネットワークを使わず、わざわざUSBメモリで受け渡しをするくらい慎重なあんたがその危険性を考えていないわけがない。もし、理乃が協力を求めてくるとしたら、それは自分だという確信があったからだ」
「――証拠は?」
「PCを立ち上げれば分かるさ。C2サーバはこちらが押さえてる。感染していればすぐにわかる。そうすれば犯人確定ってことだ」
はったりだ。証拠はなにもない。だが、俺は目の前の眼鏡の女が犯人であることを確信していた。
「チェックメイトだ、千代――いや、委員長」
委員長こと九重美和は何も言わず、ただ俺を睨み付けていた。
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